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第一話   著作権侵害って何ですか?②


※2025年4/21付けで内容を一部リライトしています (/・ω・)/





「…………え?」


 常識を疑う。まるで東京の六本木で鹿に囲まれたような気分だ。はっきり言おう。おしゃれタウンの六本木に鹿はいない。深夜なのにサングラスをかけている謎の通行人はいるけど。


「まずは著作権のことを説明するね。日本は著作権においては無方式主義を採っていて、著作権を取得するにあたって申請の必要が無い。例えば、僕がいま紙とペンを用意して、思想や感情を持って絵を描いたら、その絵を基に著作権が発生するんだ」

「じゃあ漫画や小説だけじゃなくて、幼稚園の子供が描いた絵とかにも著作権があるの?」

「そうだよ」


 そうすると世の中著作権だらけになるのでは。頭の中で不思議さと違和感が喧嘩している。



「でも、それなら『悪レべ』にも著作権があって、同人誌に権利を侵害されてるような……」

「漫画の場合、作品自体は著作物になるけど、作中のキャラクターは著作物にあたらないんだ」

「うーん……?」


 首を傾げてしまう。だめだ。意識が異世界転生しそう。

 詩海は机の引き出しからタブレットを取り出すと、画面を有希に向けた。



「これは二〇二〇年に実際に起きたBLエロ同人作家が、他人のBLエロ同人のデータを違法アップしていたサイト管理者を訴えた裁判なんだけど」


 どう考えても魑魅魍魎しかいない。


「その裁判では、『漫画のキャラクターとは漫画の具体的表現から昇華した抽象的害概念であって、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから著作物にはあたらない。したがって本件各漫画のキャラクターが原著作物のそれと同一あるいは類似であるからといって、これによって著作権侵害の問題が生じるものではない』――という判断が下された」


 言ってることはよくわからないがとりあえず裁判官が適切に退魔したのだろう。裁判といえば昨日色々調べたことがあったな。仕事しなきゃ。


「ネットで調べたら過去に同人誌が著作権侵害で訴えられたケースがいくつかありましたよ?」

「ポ〇モンかドラ〇もんだと思うけど、この例だと多分ポ〇モンかな」

「そう。ネットだと有罪判決になってました」

「告訴されているからね。著作権侵害は原則親告罪だけど、悪質なものは刑事罰にもなり得る」

「だったら『悪レベ』も――」

「国内で原著作者がエロ同人誌作家を訴えた事例がない」


 詩海は再びタブレットを操作し始めた。


「同人誌の内容を見たけど、『悪レベ』の設定の改編や翻案が見受けられるから翻案権の侵害に相当すると思う。けど、実際の判決がどうなるかは分からない。裁判の争点を判断するのは法令ではなく人だから」

「つまり裁判官の解釈次第で結果は変わると?」


 詩海は小さく頷く。


「同人誌の違法性に関しては広く認識されている。その一方で、その違法性が諸般の事情で看過されているあたりがグレーゾーンといわれる所以だ」



 グレーゾーン……同人誌界隈においてよく耳に単語だ。同人誌とは本来は同好の人達で制作する個人雑誌のことを意味するけど、近年では二次創作という認識で広まっている。同人誌は即売会というイベントでやり取りされていて、その即売会の代表例がコミ〇クマーケット……いわゆるコ〇ケだ。今の仕事に就いてから何度か会場に行った。最近は国内外の企業ブースも多数出展していて、その中には出版社も存在する。同人誌には認知度指数や広告的役割もあるため例え違法同人誌があっても権利元が見逃しているのが実情だ。また、同人作家からプロに転身した作家や、プロがイベントで同人誌を頒布する例も少なくない。現代の同人誌市場はプロとアマの相互利益からなる忖度と黙認で成り立っているのだ。

「それに日本において訴訟はネガティブなイメージが根強いし、プロの作家が同人作家を訴えたとなると確実に騒ぎになるよ」

「確かに……」


 たとえ訴訟に正当性があったとしても、人の情熱に水をかけるような行為は反発を招く可能性が高い。漫画を描かないけど担当編集として作品づくりの大変さは認識している。


しかしである。



「先生が納得するかな……めちゃくちゃ怒ってたし」

「芸術肌の人間にリスクを説くのはおすすめしないよ。喧嘩になるから」

「じゃあどうしろと。というか、法務部の見解がそれでいいの? 『悪レベ』ってこの会社に年間数千万の利益をもたらす、とーっても価値ある商品なんですけど!」


 つい逆切れしてしまい、すぐに謝った。他人に当たっても物事は解決しないのだ。


「このままでいいとは言ってないよ」

 詩海は再びタブレットを操作して、画面を有希に見せた。


「これ、何だかわかる?」

「Jプラットパット? ……知らない」

「国内での出願情報や登録された知的財産を検索するための専門サイトだよ。ここに漫画のキャラクターを守る手段が載ってある」

「教えて!」

「机を叩かないで」

「お願い……教えてくれたら何でも言うこと聞くから……」

「エロ同人みたいなこと言ってる」


 不名誉なワードを浴びせられた気がするけどこの際気にしない。詩海の目元をじっと見た。あれ、目元の大半が前髪に隠れているけど、この人もしかしてイケメンでは……。


「商標登録」

「ごめんなさい!」

「何で謝るのさ……漫画のキャラを守るなら商標として登録するのが一番だ」

「商標……?」

「企業のロゴマーク等や、自他商品、役務(サービス)を識別するための標章のこと」

「標章……?」

「もしかしてわざとやってる?」

「いやいやいや、だって本当に分からないんだよ!」

「文字、図形、記号、色彩、音、立体的形状とか人の知覚によって認識できるものが標章」

「つまり立体的形状で他者の商品と区別できるものが商標?」

「急にまともになった……」

「フフ、真実はいつも一つだから」

「後は頑張って」

「だめ。ネクストコナンズヒントください」


「要はキャラクターを商標として登録すればいいんだよ。同人界隈で、任〇堂の二次著作は避けたほうがいいって話、聞いたことない?」

「あるある。でもそれって、さっきのポ〇モン事件があるからじゃないの?」

「任〇堂はポ〇モンに登場するモンスターの一部を商標登録しているんだよ」


 タブレットには有名なモンスターのイラストが商標として掲載されていた。


「漫画系だとスラムダ〇クのキャラも商標登録されてるよ」

「ほんとだ……桜木と流川のイラストがある」

「商標登録は基本的に版権元の企業が登録する。商標侵害なら企業対同人作家の構図になるから作家のソーシャルイメージは守られるし、著作権侵害と比べて争点をより排除できるから炎上のリスクも低くすることができる」


「じゃあ今すぐ作家さんに商標登録の相談を――」

「商標は一区分につき十年間で約五万円かかる。区分は基本的に複数抑えて登録するから、実際には数十万の資金が必要になるよ」

「その額は企画提案書レベルだから経費精算だと無理かな……」

「有力商品とはいえ作家の気持ちを満たすためだけの登録だからコスパは悪いね」


 海賊版に対抗するにもお金がかかるのか。社会は世知辛い。いっそのこと、右バランス先生に商標登録を勧めるべきだろうか。


 そんなことを考えていたら有希の社用スマホが着信音を鳴らした。


「うわ……右バランス先生から電話だ……どうしよう」

「受話以外に選択肢ある?」

「このままだとうるさいし、スマホをフリスビーにするとか……あっ」


 

 詩海が取り上げたスマホをスピーカーモードにする。そして自身のスマホを有希のスマホの隣に置いて録音を始めた。誤魔化すことすら許されない環境が整うと有希は「うあぁ……」とうめき声を漏らした。

覚悟を決めるしかない……最悪の事態になったら辞表を上司の机に叩きつけてニートにジョブチェンジしよう。有希は恐る恐る受話ボタンを押した。


「――」

 相手側の声がしない。この間は何だ……胃がキリキリする。こちらから切り出すべきか。


 有希が口を開いた瞬間、電話口から「……もしもし」とか細い声が聞こえた。

 右バランス先生の声に間違いないが妙にテンションが低い。


「おはようございます、先生!」

 有希はつとめて明るく挨拶した。


「……おはようございます」

「どうかしましたか?」


 足が震える。返答次第では数千万の利益が無くなるのだ。責任をフリスビーのようにぶん投げたい。



「先日の著作権侵害のことですけど――」

「――はい」

「無かったことにできますか?」

「――――はい?」


 反射的に詩海を見やる。

 詩海は片手を差し出して話を続けることを促した。



「天宮さんにメールを送ったあと、同人誌を渡してきた作家さんのことを調べたんです。そしたら『悪レベ』のノベライズ一巻が発売された頃から注目してくれていたみたいで、作家さんのSNSにも数年前からレジーナのイラストがアップされていました」

「そうですね……そのあたりは私も確認しています。ファンの中でも古参みたいですね」

「違法なことはよくないです。けど、貴重な時間を割いてイラストを創作している。それって善行に近いんじゃないかと思って。もしも秋灯社さん側で問題ないのであれば、今回のことはスルーしてもらえませんか?」


 思ってもない返答に有希は目を丸くする。クリエイターは気分屋が多く、意見が変わることもしばしば起こるが、ここまで様変わりするのは珍しい。でもどうしよう。上司には伝達済みで、法務部に報告してしまった。私の一存でどうにかしていいのだろうか……。


「一度、法務部に確認を……」


 有希が返事をする最中、詩海が首を振った。どうやら今回の件を不問にするらしい。



「承知しました。備前(びぜん)には報告したのですが、春野さんのご意向を伝えれば問題視することもないと思います」

「備前さんには私からも連絡しておきますね。前の担当さんですから」

「ありがとうございます!」


 通話中、何度も頭を下げてしまった。社会人特有の脊髄反射がひどいがひとまず安堵だ。


 しかし春野が「そういえば」と言った瞬間、体が弓なりになる。まだ何かあるのか。

「な……何でしょうか?」

「作家さん、女性でした」

「えっ?」

「女性でも男性向けのえっちな同人を描くんだなと思って」

「そ、そうなんですね。あはは……」

「変なことを言ってすいません」

「いえいえ。確かに驚きですよね!」

「兄妹で創作活躍されているみたいで、ファンミに来たのが男性だったから私も驚きました」


 創作と外回りが分担されているパターンか。確かに最近はそのケースも多い。



 その後は今後の打ち合わせの確認を行い、挨拶を交わして通話を終了した。


「はうぅ……」


 有希はソファにもたれかかる。一件落着したもののとてつもない疲労が押し寄せてきた。これから仕事が始まるのに。有給使おうかな。


 「鎮火できて良かったね」

 「はい……同人作家さんも誠意ある人で良かった」

 「そうかな。この人、色んな作品のエロ同人をアニメ化された直後に販売しているから多分同人ゴロだと思うけど」

 「知らない、知らない、聞きたくない」


 平穏イズベスト。波風立つのは創作の中だけでいい。



 有希は立ち上がると、詩海にお辞儀をした。


「何はともあれありがとうございました!」

「別に何もしてないけど」

「法務部として相談に乗ってくれたじゃないですか」

「僕は法務部の人間じゃないよ」

「え……じゃあ誰なの?」

「知的財産管理技士として今後新設予定のIP部に所属しているただのバイトだよ。普段は大学に通っているからいつもいるわけじゃない」


 知的財産管理技能士? IP部? 大学生? 疑問符が多いが、一番気になるのは私にため口をきく点だ。ひょっとして「こいつポンコツだな」って思われてる? 違う、違う。今日はトラブルが発生して大変申し訳ございません、みたいな謝罪オーラがにじみ出ているけど、いつも頑張って仕事してるよ!


 相談に乗ってもらったとはいえまだ初対面だ。リカバリーできるはず。有希はわざとらしい咳をしたあと、自分の名刺を詩海に差し出す。



「何かあったら連絡して。困ったことがあったら相談に乗るよ」


 名刺は社会的ステータスを表す。詩海はまだ自分の名刺は持っていないはずだから、これで私は列記とした君の先輩だよと伝えられたはずだ。陰でポンコツ女扱いは怖いからね!


 詩海は名刺を眺めたあと両手で挟むように受け取る。片手で取られたらどうしようと思ったけどビジネスマナーの対応が返ってきて有希は胸を撫でおろす。


「それなら一ついい?」


 意外と素直だ。氷が解けたのかもしれない。


「エロ表現があるデータを添付する際は必ず件名に注意書きを添えて。さっきもらった件名なしのメールが社内セキュリティでスパム認定されていたから開封するか迷ったよ」



 確信した。

 私はこの青年にポンコツ扱いされていることを。



著作権が発生しない場合は商標登録の方がいいかもね!

ちなみに作中の伏字は商標登録されているからです!



※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に作品を執筆しているエンターテイメント作品のため、

 法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。

 法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、

 作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。


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