第七話 パブリシティ権って何ですか?①
「はぅ……眠い」
有希が眠気まなこをこすりながら出社する。
「やば……シャドウ崩れちゃう」
化粧の仕方は芽衣に教えてもらったけど未だに慣れない。コロナの時はマスク着用がほぼ義務になっていたため化粧せずに済んでいたが、今は打ち合わせで社内外の人と会うことも多い。学生時代は部活中心で生活していてメイクする習慣が無かったため、生態系が男性に近いのだ。朝早く起きて化粧をするなんて日本の女性は大変だなと思いつつノベル・コミック編集部に到着すると、先客がいた。
「おはよう、深夏さん」
「先輩、おはようございます!」
先輩……良い響きだ。学生の頃は憧れていたのに下級生含め誰も呼んでくれなかった。この幸せな気分にいつまでも浸っていたい。
「先輩、急に立ち止まって……どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもない。深夏さんも立たなくていいよ。座って、座って」
お辞儀をしてから着席した女性は深夏結子。今年秋灯社に新卒で入った女性で、三か月の社内研修の後、先月付けでノベル・コミック編集部に配属された新人だ。長身でオフォスカジュアルな私服を着こなしていていかにも仕事のできそうなパリッとした雰囲気をまとっている。
「良い作品あった?」
「二作品声かけしたけど他社さんに取られていました」
「最近は競争が激しいからね」
「声かけしたい候補もいくつかあるんですけどコンテストにエントリーしてるんですよね」
「それだと声かけできないからもんね」
「なので今月の新規の案件ゼロです」
結子は朗らかに笑う。配属したての頃に結子と同じ目に遭い、給料をもらっているのに何の奉公もできない自分に嫌気がさして辞表の書き方をネットで調べた自分とは大違いだと有希は思った。窮地で笑える人はどんな環境でも強いのだ。
「初年度は出版点数のノルマは無いから気にしないで」
「そうは言っても今のうちに慣れておかないと後になってもできないと思います」
志も意識も身長も高い。年上にもはっきりと意見する。ここが普通の職場なら彼女は間違いなく出世するだろう。
しかし漫画編集とは不思議な仕事で、自己の努力や能力が必ずしも成果に直結するかと言うと否だ。良い作品に巡り合えるかは運であり、パートナーとなる作家も全員商業作品づくりに協力的かと言ったら違う。必死になって単行本発売に漕ぎ着けたとしても売れるかどうかは市場によって判断される。とある漫画で『マンガ家は博打打ち』というセリフを耳にしたが、編集だって博打を打っている。ヒット作が無かったら異動させられて作品制作の機会を奪われてしまう。
「先輩はすごいですよね。今だってノベル六作、コミカライズ七作担当してるから」
「私の場合は先輩が辞めちゃって引継ぎが多かっただけだよ」
「新規の作品も多いじゃないですか。尊敬します」
尊敬という言葉を聞いて身震いした。部活のときは年下に思いっきり舐められていた自分がちゃんと先輩をやれている。感動して涙が出そうだ。泣いてもアイシャドウは大丈夫だろうか。
「作品選定のことでちょっと相談乗ってもらえますか?」
「うん。何でも言って!」
有希は鼻高々な様子で返答する。
「この作品、声かけしても大丈夫ですか?」
有希は結子のパソコン画面を覗き込む。『なれる』の作品ページ。そのトップ画面に『馬男』というタイトルが映し出されていた。
「『馬男』は実在する競走馬をイケメンに擬人化した作品でPV数、UU数も共に多く、ファンもコメント欄でアニメになったらどんなイケボが担当するかで盛り上がってます。作家さんはこの作品が初めての投稿作品らしくて、才能もあるからできれば早めに捕まえたいけど、実在する馬の名称を使うのって出版社的には大丈夫ですか?」
正直分からない。しかし何でも言ってと言った手前、簡単に白旗を上げるわけもいかない。先輩としての面子を保ちつつ後輩にベストアンサーを提示する最良策とは何かを考えた末に、有希は席から立ち上がった。
プリティダービーとは何の関係もないよ!(/・ω・)/
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