第六話 恋って何ですか?②
アニメ〇ト秋葉原店。青色を基調とした外観で、電気街通りに面した一角に建つアニメ系の商品を専門的に取り扱う販売店だ。一号館にはアニメやキャラクターグッズを中心とした商品を集め、二号館には書籍を中心に取り扱っている。
歩道にいた有希は口をぽかんと開けていた。
「女の子が多い」
一号館に出入りする客の多くは若い女性だった。その容姿もあか抜けていて、渋谷にいてもおかしくないようなキラキラオーラをまとっている。ビジネススーツを着た女性客も多い。少なくとも自分が店内で浮くことはないと思った。
「アニメ〇ト来たことないの?」
詩海が珍しそうな表情を浮かべていた。
「別の店舗ならあるけど秋葉原店は初めてかな……大学卒業するまではアニメは少し見るくらいで、『悪レベ』がアニメ化したときもグッズのサンプルは会社に届いていたし」
「天宮さんオタクっぽくないよね」
「詩海くんもそう見えるけど」
「そう見えるだけだよ」
詩海が一号館に向かう。有希もその後を追った。
途中で大きなバッグを持った女性客とすれ違った際、有希はぎょっととした。
女性客のバッグは表面がシースルーになっていて、そこに同じ絵柄のバッジが三十個ほど並んでいた。
「何あれ……」
「痛バ知らないの?」
「知らない」
「好きなキャラのバッジを並べて愛を表現してるんだよ」
「家族人質に取られてやらされてるとかじゃないんだ……」
「そんな真剣な顔で心配しないでよ」
二人は階段を昇って四階にやってくる。
フロアには放送中のアニメ作品から昔流行った作品のグッズが大量に並んでいた。
有希は子供のような目で店内を散策する。時おり女性客たちが小さな悲鳴を上げる。何事かと思ったが、どうやら物欲を刺激する好きなキャラの素敵な商品を見つけたらしい。
有希は感情が迸る客たちの隙間を縫うように移動し、そしてガ〇ダムの商品棚を見つける。
「あれ……プラモデル無いよ」
有希は首を傾げる。ガ〇ダムと言ったらプラモデルという認識しかなかった。もしかしてスーパーでたまに見かける食玩みたいなものがあるのだろうか。そんなことを考えながら左を見やる。アニメキャラのグッズをカゴにぎっしり埋めた詩海がやって来た。
「発売日だったから残ってるか心配だったけどあって良かった」
相変わらずテンションは低かったが今の詩海はどこか嬉しそうだった。
「ねえ、詩海くん……それ全部買うの?」
「そうだけど」
カゴの中の商品をよく見ると同じ商品が複数存在していた。買い間違いなのかと思って聞いてみたけど間違ってはいないらしい。
「この子、『水星』シリーズの主人公でスレッタ・マーキュリ―っていうんだ。作品のビジュアルが解禁したての頃は何とも思わなかったし、むしろ麿眉変だなって思っていたけど放送が始まってから表情が豊かで本当に可愛くて。性格もちょっと天然なところがあるんだけど友達想いで、絶対に信念を曲げないで突き進む姿勢がほんと好き。服も最初は緑色だったけど、後に白色になってそれが茶褐色の肌の色を良い対比になってて、装飾も多分これジオンのデザインを思い起こさせるような感じで配置されてると思う。僕はガ〇ダムは富野作品しか認めない原理主義のスタンスだったけど『水星』だけは特別で、スレッタ・マーキュリーちゃんに関しては理想のお嫁さんだと思ってる」
急に摩訶般若心経が聞こえてきたと思ったけど残念ながら日本語だった。これが世に言う『ガチ恋』というやつか。ネットでまことしやかに噂されている頭にアルミホイル巻いている電波嫌いガチ勢が本当にいるような気もしてきた。世界が崩壊したと言われても今なら信用する。
「でもミオリネも好きなんだ」
それは愛の告白なのか異常者アピールなのかは分からないが今日の詩海くんは饒舌だ。
「天宮さん?」
「と、とにかくたくさん買えて良かったね……おめでとう!」
有希は混乱醒めぬ中、とりあえず祝福した。
詩海が会計を行っている中、有希は周囲にあるアニメグッズを手に取った。商品のパッケージの裏には作品名や使用上の注意の他、検査の認証や製造国の情報が記載されていて、そのほとんどが中国製だった。日本は昔から企画や設計は日本で行って製造は人中国で行うOEMが盛んでアニメグッズはその最たる例でもある。
「終わったよ」
両手に大きな青い袋を携えた詩海が合流する。フィギュアの箱の上部が袋からはみ出ていた。
「そういうフィギュアって職人みたいな人が一つ一つつくってるの?」
「ハンドメイドでつくっているものあるけど、大量生産されるやつは金型があって、そこに材料を流し込んでつくるのが主流だよ。着色は手作業らしいけど」
「ということは同じものをいくらでも作れちゃうんだね」
「たまにショッピングサイトでアニメグッズの海賊版が売られていることもあるからね」
「日本は属地主義ってやつなんだよね。仮に外国で海賊版が製造された場合は放置するしかないのかな」
「そんなことはないよ。サイトの運営会社に取り扱わないよう打診したり、あとは関税法で知的財産権の侵害物品が日本に輸入されようとする場合は税関長に申立てを行うことで海賊製品の没収や廃棄を行うことができるんだ。最近だと個人が描いたイラストを勝手に使用して海賊製品を作る事例もあるね。そういったケースでも申立てを行うことができる」
私たちが単に売買しているアニメグッズも誰かの権利であって、目に見えない形で守られているのか。有希はここにある商品一つ一つに壮大なストーリーがあるように思えてきた。
二人は店外に出る。空はすっかり暗くなったが、仕事帰りの時間もあって歩道の混雑は依然として解消されていなかった。
詩海はふうと息を吐く。上半身には買ったばかりのキャラもののシャツを着ていて、両手には大きな青い袋を携えている。どこからどう見ても古き良き秋葉原を体現する立派なオタクだ。有希は衝撃を受けて何も買えなかった。
「楽しかった」
愉悦に浸っている詩海の目はキラキラと輝いていて法務部の書架を嬉しそうに眺めていたものと同じだ。もしも印象が違うというのなら、それは本人に変化があったのではなく見ている側の問題に他ならない。
「詩海くん……ガ〇ダムって面白いの?」
「僕は面白いと思ってる。特に富野作品に関しては表面的にはロボットものだけど、いつも人と人の相互理解と、人間の可能性を描いていて、人の本質を漫画っぽく描いているところは最高のエンタメだと思う」
一つの質問に対して十倍の熱量で返答するところは如何にもオタクっぽい。でも、二次元産業はそういう人たちのおかげで成り立っている商売だ。普段と違う雰囲気をまとってガン〇ムを語る詩海はどこか嬉しそうで、とても眩しい。
私も誰かに感動を与えられるような作品を作れるようになれるかな。
有希は遠い将来を見据えつつ、明日からの仕事を頑張ろうと思った。
古の頃に、帆布性のリュックに缶バッジ20個付けて歩いていた自分が割と先見の明があったことに驚きました。痛バほしい(/・ω・)/痛
※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に作品を執筆しているエンターテイメント作品のため、
法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。
法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、
作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。




