表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

第六話   恋って何ですか?①



「お気を付けて!」



 秋葉原の昭和通り方面にある一角。

 スーツ姿の有希は喫茶店の前で女性を見送った後、ノベル・コミック編集部に電話をかけた。


「お疲れさまです。右バランス先生との打ち合わせが終わりました」

「お疲れさま。何か変わったことは?」

「特にないです。打ち合わせも『悪レベ』の今後のストーリー展開について話しただけです」

「そっか。今から再出社するのもなんだし、今日は上がっていいよ」



 有希は携帯電話を顔から離す。ディスプレイには午後の五時半を表示していた。ノベル・コミック編集部も裁量性の働き方ではあるものの、原則は夜七時が定時となっている。


「さてと」


 有希は周囲を見渡す。東京都千代田区秋葉原。オタクの聖地と呼ばれるだけあってアニメやゲームの広告が多い街だが、最近はインバウンドの影響もあって外国人の観光客が多い。それに様々な衣装を身にまとった女性が路上にちらほら立っていて、さっき道を歩いていたら急に「お嬢さま」と囁かれたときは正直怖かった。あれはキャッチなのだろうか……。

 とはいえ久しぶりの秋葉原だ。時間もあるし行きたいところがある。



「よし、バッセだ」


 ネットで調べた情報だと秋葉原のバッティングセンターには今永と則本がいて、縦のカーブと高速スライダーを投げるらしい。左のバッターボックスもある。地方だと右打席しか用意されていないこともあるが、そのあたりは問題なさそうだ。その後は本でも買って帰ろう。


 有希は意気揚々と線路沿いの道を進む。高架下の横断歩道が赤信号だったため足を止めた。

 大勢の通行人と共に青信号を待っていると、向かい側に見知った顔を見つけた。



「詩海くんだ……」


 駅構内から出てきた詩海は横断歩道を横目に御徒町方面へ歩いていく。


「法務部は五時が定時だっけ。でも、どうして秋葉原にいるんだろう」


 信号が青に変わり、雑踏が動き出す。

 このまま直進すればバッティングセンターがあるヨドバシカメラにたどり着く。

 有希は横断歩道を渡りながら詩海の方を何度も見た。


 先日、詩海の連絡先を入手したため、その流れで自分の連絡先を伝えた。後になって自分は異性と連絡先を交換したのだと理解した。大学に入った頃は色々な出会いがあって連絡先を交換したけど男性特有の主導権を握ろうとする感覚が苦手で誘われる度に理由をつくって全て断っていた。それが青春を部活に費やした影響なのか元々の気質なのかは分からない。最近は恋人がいない人が多いと聞くが自分みたいな人もいるのだろうか。


 有希は横断歩道を渡り終える。雑踏の向こうに詩海の背中が見えた。

 

 詩海は大学生ながら博識だ。特に同人誌とBLにおいては漫画編集者である有希より造詣が深い。それはつまり情報に触れる機会が多い可能性を示唆する。

 好奇心で人の生活を覗こうとするのはよくない。

 しかし日本のコンテンツにおいて家政婦ものが人気なのは、人の深層には悪しき欲が存在していることに他ならない。だが今日は作家との打ち合わせ準備そっちのけで、如何に鋭い変化球に対応するか入念にプランニングしてきた。

 

 そう。今の自分の使命は、今永と則本を打ち崩すことだ。

 詩海のことは見なかったことにしよう。

 ---------------------------------------



 詩海はガードレール沿いの歩道を進んだあと十字路を左に曲がる。商業ビルが立ち並ぶ道の先に総武線の線路下をくぐる架道橋が見える。


 道を進む詩海の十メートル後方に有希がいた。

「うぅ……これじゃあ尾行だよ……」


 綿密に計画した対今永&則本プランを捨ててまで同僚の後を追っている。自分は何をやっているのだろうと悩むも、プランニングしていた自分もどうかと思えてきた。

 とはいえ犯罪的なこの環境は耐えられなかった。


「詩海くん」

 有希は小走りで距離を詰めると詩海の背中に声をかける。


 振り向いた詩海の表情はいつもと同じで驚きはなかった。

 詩海はスカート姿の有希を見た。


「作家さんと会ってたの?」

「そう。さっきまで作家さんと打ち合わせしてたんだ」

「経費精算の申請を忘れないでね」

「知ってるから! 私、これでも先輩だからね」


 有希は胸を張って喫茶店の領収書を見せる。


「申請はレシートで大丈夫だよ。導入した経費管理ツールの関係で、むしろレシートで頼むと先週社内メールで連絡があったから」



 そんなメールあったかな。メール検索を行う。……あったよ。


「領収書でも大丈夫だと思うよ」

「……知ってるよ」


 嘘で虚勢を張ることが有希の精一杯の返答だった。



「これからどこか行くの?」


 有希は話題を切り替えようと尋ねる。


「アニメ〇ト。欲しいガ〇ダムの商品があるんだ」


 ガ〇ダムか。男の子は好きだよねと内心で思いつつ妙に安心した。


「そう言う天宮さんは僕のことを尾行するのが目的なの?」

「ええっ⁉」

「さっき駅前にいたでしょ。距離があったから声はかけなかったけど」

「確かにいたよ……でも、私もアニメ〇ト行こうかなと思っててこっちに来たの」


 再び虚勢を張ってしまった。良いことなどないのになぜ自分は虚勢を張りたがるのか。情けない自分にため息が出そうだ。



「それならさ、一緒に行く?」

「え?」

「アニメ〇ト」


 思わぬ提案を受けて、虚勢を張ったばかりの有希の胸が一瞬跳ねた。




2025年4/21付けで1~5話を少しリライトしました。

有希が連絡先を交換した件に関しては第五話②を見ていただけると幸いです(/・ω・)/ケシテ―



※本作品は実在の法律的根拠ならびに過去の判例を参考に作品を執筆しているエンターテイメント作品のため、

 法律または法律的助言の提供を目的としたものではありません。

 法解釈における正確性や妥当性に関しては努めて配慮しておりますが、

 作品外における作品内容の利用に関してはご自身の判断でご利用ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ