影を封じる師
「うぅ…はぁ…はぁ…」
儀式が始まってから小一時間ほどだろうか。魔方陣の輝きが消えた。
「浄化完了。さすがに疲れた」
男が浄化完了といった。恐らくは俺の中にも居たような何かが水瀬の体から出ていったのだろう。
「リング、付けさせてもらうわね」
俺の時と同じように水瀬の右手の人差し指に指輪をはめる。俺とは違い、まだ水瀬に意識はない。
「後で色々説明してもらえますか」
「えぇ、もちろんそのつもりよ」
俺は水瀬に目をやりながら
「こいつが目を覚まして、あなた方の疲労をとった後で構いません」
「ありがとう。そうしてくれると私たちとしても助かるわ」
水瀬が目を覚ますまで全員休憩をとることになった。
「う……何が……」
「お目覚めね」
「ここは……、えっと……襲われて……」
水瀬が目を覚ました。すぐパニックに陥ると思ったが、案外落ち着いていて状況を少しずつ確認していた。確認しながら水瀬の意識がゆっくりとはっきりしてきたようだ。
「意外と落ち着いてるんだな」
「あんたほどじゃない。それにとんでもないことに巻き込まれたのは想像つくわよ」
「説明はじめてもいいかしら」
「お願いします」
俺の言葉に俺と水瀬に指輪をはめた女性が話しはじめる。
「まず初めに行っておくけど、あなたたちは半分死んだわ」
「「…へ?」」
思わず素っ頓狂な声が出た。そりゃそうだろう。突然訳のわからないことを言われたら誰だってこうなる。
「あなたたちに取り憑いていた黒いもの、あれを私たちは【影】と呼んでるの。その【影】は現世に未練を残したまま死んだ怨霊の成れの果ての姿と言われているわ」
「怨霊…影…」
「で、影に取り憑かれたあなたたちはそのまま放っておけば体中を蝕まれて最後にはあなたたちも影になっていた。でも影に堕ちる前に私たちが浄化したから完全に影になるまでには至らなかった。ここまでは大方二人の予想してる範疇かしら」
影に取り憑かれたままなら影になっていた。そして影になる前に浄化した。ここまでは分かる。ならばなぜ彼女は半分死んでいるというのだろう。
「そこは大体わかるけど、浄化したんでしょ?浄化したのに何で半分死んでるなんて言うのよ」
やはり水瀬も同じところを疑問に感じていたようだ。
「それは影をすべて取り切れているわけではないから。あなたたちも感じているはずよ。自分の体の中に何か不思議な、黒い何かがある感覚を」
「…」
「それは、影の残滓なの」
「この感覚…やっぱりそうなんだ…」
「…」
水瀬が観念したようにつぶやく。大方の予想はついていたが言葉として欲しかったようだ。自分の体の中に残っている違和感。それは影の残滓だと彼女は言った。だから俺たちは半分死んでいる、と。
「あんまり驚かねぇのなアンタら」
「あたしもそこまで馬鹿じゃない」
「なんとなくは予想できてましたから」
「たくましい方々ですね」
「それでこの指輪は?」
俺の手にはめられた指輪を見ながら言う。
「どうしてかはわからないけど影って残滓に強く反応して襲ってくるの。だから影がその残滓に気づかないようにする道具ってところね」
まとめると、黒いものは【影】という。その影に俺と水瀬は襲われた。俺たちはそこを助けられて影の浄化もした。だが体の中にはその影の一部が残っている。その残滓に影が強く反応するらしく、影が寄って来ないように右手の人差し指にしている指輪で防いでいる、ということらしい。
「で、ここからが大事な話なんだけど、あなたたちは『影封師』というものにならないといけないの」
「かげほうし?」
「影を封じる師、と書いて影封師よ。私たちもその影封師なんだけどね」
「それは分かるわよ。でも影封師になれってことは影と戦うの?あの気持ち悪いものと?」
「そうよ。むしろ私たちのように影に一度取り憑かれた者は影を封じないと生きていけないの」
「それってどういう……」
『私たちのように』彼女はそう言った。つまり彼女たちは三人とも影に襲われているってことか。
「生きていけないって……どういう……ことよ」
「あなたたちの人差し指にさせてもらったリング、私たちのもなんだけど力が有限らしいのよ。で、そのリングに力を蓄えられる方法が影を封じることしかないみたいでね」
「……?影を封じると力がたまる?どういうことですか?」
「影を封じたときに発せられるエネルギーを勝手にリングが吸収しているらしいの」
先ほどの影の説明とはうって変わって『みたい』やら『らしい』やらリングの説明についてはいまいちパッとしない説明が続いている。
「さっきから説明がハッキリしないんだけど?」
「私たちもそこまで詳しい仕組みはわかってないの。目に見えてるわけじゃないから。私たちもあなたたちと同じような目にあって、私たちを助けてくれた影封師の人たちに教えられただけなのよね」
「そうですか」
要するに、生きていたいなら影封師になれ…か。
「わかりました。引き受けます。というか、生きていたいなら必然的にやらなければいけないんですよね」
「そういうことになるわね」
俺は頷いた。普段から漫画やラノベを読んでいた身としては、こんな非現実的な展開への憧れは少なからずあった。恐れも少しはあるがそれ以上に俺の心はどうしようもなく期待に踊っていた。
「あたしは……」
水瀬は呟くと考え込むように黙りこんだ。
「影法師をやっている私たちから言わせてもらえばできるなら影法師をやって欲しいの。理由は……」
「理由は想像できるわよ。影法師の戦力強化と影法師にならないと指輪の効力が切れて影に襲われて、影になっちゃうんでしょ」
「そうですね。影法師にならなかった人を私たちが殺さないといけないんです」
「殺す……って……」
「影封士にならないならあとは……」
「確かにそう……ね。ねぇ……、一つ訊いてもいい?」
「なに?」
「影封師になって影のところへ早く駆けつけられれば、あたし達みたいな運命を辿る人達を減らせるのよね」
水瀬の表情は真剣だった。確かに、影封師になって影に取り憑かれる前に襲われた人を助けることができれば、同じ運命を辿る人間は減らせる。だが、それは……。
「確かにそうだけど簡単なことじゃ……」
「ならあたしも影封師になる」
女性の言葉をさえぎった水瀬の言葉と表情には静かな決意が感じられた。
「ま、まぁとにかく二人ともやってくれるのね?」
「「はい(うん)」」
「なら!え~と、丞、今日何曜だっけ?」
「水曜」
「じゃあ二人も学生みたいだし、明後日の放課後から影封師としての特訓するから覚えておいてね」
明後日の放課後。つまり金曜日の放課後から休日を使って特訓するのだろう。しかし影封師の特訓とはどんなことをするのか。戦闘訓練だとは思うがついていけるだろうか?
「遼子さん、私たちまだ影封師ということを伝えただけでまだ名乗ってませんよ」
「そうだった。忘れてたわ!私は城嶋遼子。よろしくね」
「私は斜間奏といいます」
「俺は瀧本丞。穂咲学園の1年だ」
「え!?穂咲学園の1年ってことはあたし等の後輩じゃん!」
「ま、マジで…?」
「そうよ。あたしは穂咲学園3年、水瀬 菫」
「同じく木梨 真殊」
ん?穂咲学園の生徒がいるということはここは学園の近くなのか?アイリスも学園からそう遠くは離れていないが。
「そういえばここってどこなんですか?」
「あぁ。ここは穂咲教会の地下よ」
「穂咲町にこんなところあったんだ」
「さて、それじゃあなた達は今日のところは家に帰りなさい。教会からは帰れるわよね」
「うん」
「じゃあまた明後日ね」
穂咲町ときいて思い出した!大事なことを確認していない!
「あっ!待ってください!一つだけ聞いておきたいことがあるんです!」
「突然どうしたの?」
「マスターは無事なんですか!?」
「そういえば!アイリスで襲われたから!」
「あぁそれなら大丈夫よ。心配ないわ」
「よかった……」
それを聞いて俺たちはホッと胸をなでおろした。
俺と水瀬は帰路についた。教会を出るときに時計を確認したが21時をまわっていた。
「そういえば……さ、ありがと」
水瀬が突然礼を言ってきた。
「なにがだ」
「アイリスで襲われたとき庇ってくれたでしょ」
「俺はなにもできなかった」
「それでも庇ってくれたことに変わりはないでしょ。……ずっと嫌な奴だと思ってたけど、あんたのこと見直した。ちょっとカッコよかったよ。惚れたかも」
「言ってろ」
「ちょ、少しは照れたりしなさいよ」
「誰がするか」
「……にしても、とんでもないことになったなぁ」
「影封師か」
「みんなを守らなきゃ……」
水瀬は噛みしめるように呟いた。その姿がなんとなく、背負っているものが影封師のことだけではない気がした。
「背負い過ぎないほうがいいと思うぞ」
「なに?気遣ってくれてんの?」
「背負い過ぎた想いなんて、影が好みそうだ」
「怖いこと言うな!」
頭を小突かれる。
普通に会話していた。冗談すら交えるほどに。数時間前はお互いに嫌悪しあっていたのに。これが吊り橋効果というやつか?マスター以外とこんな暖かい会話をしたのは久々だ。
「いつもつるんでるやつらに言ったらどうだ?少しは楽になるんじゃないか?」
「……バカなの?」
「なに?」
本気で心配する目で見てきやがった。
「そんなこと言えるわけないじゃない。”どんなドラマ観たの”で終わりよ。……それにみんなを巻き込みたくないし」
「……そうか」
水瀬なりに考えているのか。しかし"みんなを巻き込まずみんなを守りたい"か。
「まるでヒーローだな」
「せめてヒロインって言いなさいよ」
また頭を小突かれる。
「それじゃあたしはこっちだけどあんたは?」
「俺はまっすぐだ」
「じゃあここでね」
「気をつけろよ」
「…………」
返事は返って来ずかわりにじっと見つめる視線が返ってきた。
「なんだ?」
「あんたさ、自分が思ってるより人がいいんじゃない?」
「さぁな。正直、自分でも戸惑ってはいる」
思ったことをそのまま水瀬に伝えるくらいには。
「そう。…それじゃあね。あんたも気をつけなさいよ」
「ああ」
そう別れを告げそれぞれの家路についた。心に少しの温かさを感じながら。




