はじめに フィクションのような現実に起きた本当のお話
ーーーーーそれは、目を背けたくなるような光景だった。見ているだけなのに震え上がるような、怪我なんてしてないはずなのにじくじくと痛みを感じるような光景だった。
バイト先の雑用の一環で訪れたアニメ制作会社の一室。某映画をもじる?(なんという表現が正しいのかはわからないが)ならば作家監禁ゾーンとでも言うべきその一室。
仕事部屋という表現がピッタリだというのが第一印象。実際は違うのかもしれないが、マンションで生まれ育っていて自分の部屋を持ったこともなければ一般的な家庭の部屋割りというものを知らない私にはこうとしか表せないので許してほしい。
少し大きめの正方形の部屋には二つの大きな本棚がある。
右の本棚に詰め込まれたあらゆるアニメやドラマ原作の小説や漫画に、よく分からないがシナリオ関係の本や様々な分野の書籍。中には大学教授の論文もあった。でも一番多いのはやっぱり世界の文化や伝承に関連した本だ。私の本棚にも何冊かある。
左の本棚には年代やジャンルを問わない様々なゲームや映画にアニメ、ドラマや(よく知らないけど)特撮?なんかのDVD。古すぎてよく知らない作品や、テレビのCMなどでよく見る新しい作品もある。
ーーーーもうその全てはぐちゃぐちゃになって床にぶちまけられているが。
ともあれ、この部屋のつくりは確かに、常に新しいものを取り入れながらも古きものから学ぶことも忘れない。温故知新と不易流行を調和させたモノづくりをする人のための部屋だ。
でも、そんな部屋の調和は乱れていた。
バラバラになった本やゲームのせいではなく、
他ならぬその部屋の主によって。
本棚の間、ドアの付近のパソコンが乗った机の真向かいでそれは倒れていた。
かろうじてヒトの形を保っているだけの、ヒトだったモノ。いのちの抜け殻。ーーー死体だ。
明らかに人為的に命を奪われたのだと素人目でも分かる死体の惨状はそれはもう惨い。
人を殺したいと思ったことなんて生きていれば誰でもあるだろう。無い人間なんてのはいない。アイツが気に食わないだとか屈辱を味合わせてきてムカつくだとかコイツさえいなければ人生はもっと上手くいくのにだとか。対象だって知り合いから同僚や家族だとか様々だ。中には無関係な人にも殺意を抱ける生きにくそうなのもいる。
殺意なんてのは軽い重いに関係なく誰しもが抱く思いで、広い意味ではこんなやついなくなればいい、だとか小さな子供の言ういらない、消えちゃえなんかも殺意だ。感情ある社会生物として殺意とは無縁ではいられない。
そしてこの死体の惨憺たる有り様は正しくそんな殺意を伴って破壊された姿だ。
殴られて、蹴られて、潰されて、焼かれて、凍らされて、濡らされて、斬られて、縛られて、轢かれて、抜かれて、締められて、刺されて、溶かされて、吊られて、撃たれて、虫に喰われたこの死体の傷跡には殺意という殺意が詰まっていた。
「―――私は常々思うんだけどさ、この世界がこんなに残酷で不平等で苦しいのは誰のせいなんだろうって。もしもこの世界をこんなふうに作った作者がいるならみんなきっとその人に死刑を要求するだろうなーって」
「………そうだろうな。誰だって自分を酷い目にあわせるだけじゃなくて大切な人も社会も世界もぐちゃぐちゃにした真犯人なんてこんな目に遭わせても足りないくらいだろ」
「だよね。―――ところでさ、コレってなんかすごい死に方だよね?ここって現実なのかな?って自分を疑っちゃった」
「現実だよ。何をもってそう呼ぶかはともかく、な」
なんて不謹慎で場にそぐわない会話だろう。
人が死んでいるというのに、私もアリスも驚くほど落ち着いていた。
別に私もアリスも冷血とかサイコパスだというわけじゃなくて驚くとか気が動揺するほどのことではなかったというだけ。
例えるのなら、白紙で名前だけ書いて提出したテストは0点になるだろうという確信と同じものがあったから。
このビルまで来て作家さんに仕事の確認をしてほしいと言われた時点でなんとなく、もう作家さんは死んでいるだろうという確信があった。
別にそれに何か感じているのかといえば、せいぜいがやっぱりな、というくらい。
現実世界においてこの作家さんを恨んでいた人の存在なんて私は知る由もないけど、現実以外でこの人を恨んでいる人なら山ほど心当たりがあるから。
「それにしても、これから間違いなく色々大変なことになるよね」
「………だな」
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いま流行りのゲームの悪役令嬢に転生だとか、バドエンだらけの世界でハッピーエンド目指して頑張りますみたいな、3次元の住人が2次元の世界へ行くのは多いが、その逆もまたある。
―――物語の中の人物が現実にやってくる。
異世界転生などの現実から違う世界へ行くものと(広義では恐らく)同じジャンルであり古くから親しまれてきた内容。
そんな非日常的な内容が自分の身に起こるだなんて夢にも思わなかったけど、夢じゃないし、信じるほかに無い。
私はきっと、この日はどこかおかしかったんだと思う。いつもなら絶対にしないだろうことをした。
それは間違いなく善行で、フィクションだったら物語が始まるだろうけど、一人暮らしの女子として見れば間違いなく軽はずみで、現実なら起きるのは事件だった。
でも事件は起こらなくて、起きたのは始まりだった。
フィクションのようなことが、現実の中で起きた。
この出会いは、必然ではなくて偶然で、本来ならあり得ないもので、でもあり得てしまった出会い。
次元の差で決して出会うことも関わることもできない、そんな存在との邂逅だった。
だからこのお話はただの備忘録。
「いつか君は忘れていくんだろうな。ここで私と過ごしたこと、私と生きたこと、私と沢山の人に出会ったことーーーーここに、私がいたこと」
なんていった奴への忘れてなんかなるものかという答えであり挑戦であり、私の人生において間違いなく最も輝かしい日々の記録だ。