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婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!  作者: 大月 津美姫
6章

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90 魔女と魔力の存在

 リリアンの処刑が明日に迫っていた。

 ベアトリスとフランクは今日も禁書庫で有力な手がかりを探している。だが、ティルダはあの件があってから、フランクが来ているのに図書館に来なくなってしまった。その事にベアトリスは少し責任を感じなから、今の自分に出来る最善の行動を取っていた。


 二人で探しても、入れ替わった人の魂がどこに行ってしまったか書かれている本は一向に見付からない。どの書物も“病気や怪我で生死を彷徨った者たちはその後、それまでのことを思い出すことなく生涯を終えた”と記されている。


 だが、様々な書物を調べていて分かったことが一つある。

 世界を流れる魔力は、魔女たちが持つ魔力が身体から溢れて、大気に溶け出した結果だと記されている文献があった。つまり、魔女が数を減らすと共に世界を流れる魔力量が減ったというのは、魔女が減った結果から生まれている。

 だとすると、今は魔女が存在しない時代と言われているが、大気中には魔力が溶け出していることになる。つまり、自分が魔女だと知らずに魔力を有している人間が、今も世界のどこかに数名存在していることになる。


 この記述を発見したベアトリスはフランクと内容を確認し合って、それからアルバートの元へ急いだ。


「これって、かなり凄いことですわよね?」


 アルバートの執務室で机を挟んでソファーに座ったベアトリスたちは、アルバートに内容を確認してもらいながら尋ねる。


「あぁ。……厳密に言えば、魔法の使い方を知らないだけで、今も魔女は存在することになる」


 アルバートが唾を飲み込んだのが分かった。


「つまり、禁書に残された魔術書を用いれば、魔法の復活も夢ではないかもしれない、ということだね」


 フランクの言う通り、魔力を持つ人を見つけて禁書で魔法を学ぶことが出来れば、実現可能な話だ。だけど、ベアトリスはゾッと身体を震わせた。


「……ですが、危険もありますわ」


 アルバートが「そうだな」と同意する。


「まず、世論がどう傾くか分からない。魔女の復活を喜び崇めるのか。それとも恐れ、忌み嫌うのか……」


 今の時代では魔女の秘薬は危険なものとして、世界的に製造や販売が禁止されている。不完全な秘薬はリスクも大きいからだ。だが、それらは闇取引されて出回っている。そのため、魔女の秘薬は一般的には世界中でマイナスのイメージがこびりついてしまっていた。


 実際に魔力を持つ者がいたとして、自分は魔女だと名のれば、“魔女=危険な秘薬を生み出す者”として、迫害や非難の対象になりかねない。


「文献の内容を整理すると、大気中に溶けた魔力が何らかの理由で作動して、病気や怪我で生死を彷徨った者たちに影響を与えるということになりますわね」

「そうだね」

「では、その“何らかの理由”とは何か? それが最大の謎だねぇ」


 フランクにベアトリスは「えぇ」と頷く。そして、アルバートと揃ってあれこれ考えて黙り込んでしまう。


「二人とも、このところ禁書とにらめっこを続けていた私の推理を聞いてくれるかい?」


 その言葉にベアトリスとアルバートは同時にフランクへ視線を戻した。


「何か分かったのか?」

「分かったと言うか、さすがに憶測になってしまうんだが……」


 そう前置きをして、フランクが話し始める。


「病気や怪我で生死を彷徨った者にのみこの現象が起きるというのが、ポイントであるのは二人も分かるね?」


 その問いかけに、ベアトリスとアルバートはそれぞれ「えぇ」「勿論だ」と頷く。


「最初、私は身体が弱っているからそういった状態になりやすいと考えていたんだ。だが、魔女に関する文献の多くにはこう記されていた。“魔法とは魔力の他に、思いや感情の強さによって力が発揮される”と」

「思いの強さ、ですか?」


 思わず尋ねたベアトリスにフランクは「あぁ」と頷く。


「若い魔女や感情が昂った魔女は魔力がコントロールできず、時に魔力を暴走させたそうだ。その内容は様々だが、嵐を呼んだり、雷を起こしたり、炎を辺りに撒き散らしたり、逆に大量の水を産み出すこともあったようだ」

「つまり、病気や怪我で生死を彷徨った者が、そうなるのは思いや感情の強さによって魔力が暴走した結果と言いたいのか?」


 アルバートの問い掛けにフランクは「うーん」と少し考え込む。


「……少し違うかな。もっとシンプルな、おまじないとかの類いだと思うよ」

「つまり、魔力を持つ者が何かを願ったということかしら?」

「そうだね。もしくは、強い願いに大気中の魔力が反応したのかもしれない。死に際を悟って“生まれ変わったら”とか、周囲の人間が“助けたい”、“目を覚ましてほしい”と願った結果かもしれないね」

「でしたら、どうして本人が目覚めるのではなく、他の人の魂が?」


 自分で問いかけたものの、ベアトリスはアルバートに禁書庫へ初めて案内された日の会話を思い出す。


『身体の持ち主が死んでしまったが故に、別世界の人の魂がその身体に宿った可能性もある』


「っ、まさか……」


 ゾッと顔を青くしたベアトリス。アルバートも同じ答えに行き着いたようで、その表情を険しくしていた。


「……今までの全員がそうだったのかは分からない。だけど、高い確率で元の身体の持ち主は命を落とし、誰かの願いによって発動した魔法が他の世界の魂をその身体に宿したとするなら、一応辻褄は合うだろう?」


 そう推測したフランクですら、心痛な顔をしていた。

 元の身体の持ち主であるリリアンの魂は死亡した可能性が高い。その答えに行き着いた三人は暫く、一言も話すことが出来なかった。だが、アルバートはリリアンの尋問中に彼女が言っていたことを思い出す。


「二人とも、これはリリアンが言っていたことなんだが、……彼女は向こうの世界で余命宣告を受けていたらしい」


「えっ?」とベアトリスとフランクの声が重なる。


「私の憶測でしかないが、こちらの世界とあちらの世界で病気や怪我で生死を彷徨った者がいて、文献に書かれていたように彼らが“別の世界で死んで、気が付いたらこの世界で目が覚めた”のであれば、その別の世界でも同じことが起きている可能性があるとは思わないか?」


 その発想にベアトリスとフランクはハッとさせられる。


「確かに、向こうの世界の彼らの身体も魂が抜けている訳だから、彼らが入れ替わった可能性も十分考えられるな」

「そうだ。本来のリリアン嬢もリリアとして生きているかもしれない。……残念ながら、私たちにそれを確認する術も立証する術もないが、こちらの世界で生死を彷徨った者が日常生活を送れるほど元気になったのだから、希望はあると思わないか?」

「……アルバート様が仰る通りですわね。わたくしもそう思いたいです。……そうだといいですわね」


 アルバートが言うように、この世界の人間に確かめる術はない。だが、本来のリリアンが生きているかもしれない。そんな希望を見出だしたことで、ベアトリスはどんよりと重くなっていた心が少しずつ晴れていく気がした。

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悪役令嬢にされてしまった公爵令嬢は未来の旦那様を探す旅に出たい〜それなのに、婚約破棄だと言ってきた王太子殿下が止めてきます〜
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