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89 カモイズ伯爵家の再会

 カモイズ伯爵夫妻と話をしてから、およそ二週間が経過した。

 フランクとベアトリスはまだ禁書を探している。だが、本来のリリアンを取り戻すための記述を見つけられないでいた。


 成果は未だ無いまま。だが、もうあまり時間が無い。


 以前、アルバートがリリアンの尋問に参加して話を聞き出してから尋問は順調に進み、余罪を含めて刑が確定した。そのリリアンの処刑日が明後日に迫っている。


 この日、アルバートは収容施設に話を取り付け、カモイズ伯爵夫妻の案内を尋問担当騎士に依頼した。

 尋問担当騎士は収容施設に入る前に、「貴婦人には耐え難い環境かもしれませんが、宜しいですか?」と事前に忠告を行い、了承した二人をリリアンの牢の前に案内した。


「面会だ」


 看守がリリアンが入っている牢に向かって淡々と告げる。


「……面会? それも今頃? ここに面会なんてものがあったのね?」


 今まで食事の配膳と尋問の知らせ以外で、看守がリリアンに声をかけてきたことはない。


「カモイズ伯爵夫妻と王太子殿下の計らいに感謝するんだな」


 看守はリリアンの質問には答えることなく、それだけ言うと、くるりと身体の向きを変えて、カモイズ伯爵夫妻に一礼した。それに倣って伯爵夫妻も一礼を返すと、看守は少し離れた場所から親子の対面を見守るように待機する。


「リリアン」


 カモイズ伯爵夫人が鉄格子から中を覗き込む。

 薄暗い室内には、使い古した質素な囚人服を身に纏ったリリアンの姿があった。最後に会った時よりも痩せた顔色の悪い娘の姿に、夫人は息を呑む。


「っ! リリアン……いいえ、リリア。私たちは貴女に会いに来たのよ」


 夫人にリリアと呼ばれて、リリアンが驚きに染まった顔で目を見開く。


「どうして、貴女たちが私の名前を知っているの!? っ! ……あぁ、そっか。アルバート様の仕業ね」


 直ぐに思い当たったリリアンは冷静に呟いた。すると、「そうだ」と伯爵が頷く。


「私たちは君が娘のリリアンではないと知っている。それでもリリア、君に会いに来た」


 伯爵は思いを伝えるように、真っ直ぐリリアを見て宣言した。伯爵夫人も胸の前で手を組んで、心の内を明かす。


「どうしてもあなたに謝りたかったのよ」

「は……? 謝る?」


 意味が分からず、低い声で聞き返したリリアンに伯爵が「そうだ」と頷く。


「一体何を謝ると言うの?」

「今まで貴女と向き合ってこなかったことよ」


 伯爵夫人が言うと、リリアンは「今更、母親面するってこと?」と鋭い視線を向けた。その言葉に、伯爵夫人は一瞬怯みそうになったが言葉を続ける。


「……貴女がまだ八歳の頃、高熱で倒れて目覚めたあの日、貴女はリリアンとして目覚めたのでしょう?」

「そこまで分かっているのね」

「えぇ。何しろ、目が覚めてからの貴女は話し方や動作、立ち振舞いがすっかり変わってしまった。……まるで別人になったみたいな気がして、どう接して良いか分からず、わたくしたちは随分戸惑ったわ」

「だったら、どうしてその時に指摘しなかったのよ!」


 リリアンが堪らず声を張り上げた。

 カモイズ伯爵夫妻は、凛々亜がリリアンとして生活するようになって暫くすると、彼女の面倒を見ることや教育に関することを使用人や講師に任せた。

 親子が面と向かって会うのは夕食の時だけ。その時も、当たり障りのない話題ばかり繰り広げていた。

 だから、リリアンは貴族の家族はさっぱりした関係なのかと思った。凛々亜の母親は、些細なことですぐ凛々亜を心配したため、その違いに驚いた。


 だから、リリアンは家族から疎まれている訳ではないが、愛されているとも思えなかったのだ。

 両親が足りないものはないかと聞いてくるので、試しに高価なものをお願いすると、直ぐ様手配された。現金で用意してほしいと頼めば、伯爵夫妻はどんな金額でもリリアンに与えた。


 お金で結ばれた関係。お金さえあれば、リリアンの機嫌が損なわれないことを分かっての対応だと考えた。


 だが、実際は少し違っていた。伯爵夫人は「それは……」と声を振り絞る。


「あの日以来、貴女が風邪を引くことが減ったからよ」

「風邪ですって?」


 リリアンは昔、よく風邪を引いて寝込んでいたことを使用人たちからも聞かされていた。


「いつもなら貴女は直ぐに熱を出して寝込んでいたのに、それがなくなった。それに、時折貴女が浮かべる表情が大人びて見えて、成長したのだと思って嬉しかったの」

「まぁその分、我が儘は増えたがな。それでも、私たちはお前が健康的な身体になったことを喜んでいたんだ」


 夫人はそう付け足した伯爵を見て、伯爵と目が合うと二人が微笑む。まるで、その事に後悔はないというような仕草だった。


「それでも歳を重ねると、貴女がが何を考えているか分からなくて。わたくしはいつの間にか、貴女と向き合うことが怖くなった。だから、貴女がわたくしたちに隠れて闇市を出入りしていたことも、魔女の秘薬に手を出していたことも知らなかった。貴女が何をしているのか、知ろうともしなかった。もっと貴女と話せていたら何かが違っていたかも知れないのに」

「私も家やリリアンのことは妻と使用人に任せきりだった。もっとお前と話をすれば良かったと、後悔しているよ」


 カモイズ伯爵夫妻の思いを聞いたリリアンは「なにそれ……」と小さく呟く。


「……話をすれば良かったなんて、今更だわ。そう思うのなら、私をここから出して! この状況を何とかしなさいよ!!」


 リリアンは鉄格子に詰め寄った。それに合わせて、格子がガシャンと音を立てて、揺れる。


 その時、この施設に来て初めて伯爵夫妻は、久しぶりに会う娘の顔をはっきりと見ることが出来た。


 痩せた顔をしたリリアンの瞳は潤んでいる。


 何だかんだ、リリアンに寂しい思いをさせてしまっていたのだと両親は思い知る。

 中身は違っても、距離があったとしても、それでも数年間、親子として共に暮らしたのだ。カモイズ伯爵夫妻にとって、リリアもまた娘のように思っていた。


 だけど、その願いだけは夫妻にはどうすることも出来ない。伯爵夫妻は揃って眉を歪めた。


「……すまない。……私たちでは、どうすることも出来ないんだ」

「どうしてよ!?」

「王家の決定は覆すことが出来ない」

「親ならそこを何とかするものでしょう!?」


 声を荒らげるリリアンに伯爵は「すまない」と再び口にして、リリアンに頭を下げた。夫妻もそんな夫に合わせて深く頭を下げる。


「領主として、領民を見捨てることは出来ない。……これ以上、彼らに不安な思いをさせる訳にはいかないんだ!!」

「なっ!? 娘を見捨てるの!?」


 その言葉は伯爵夫妻の胸を深く抉った。


「……リリアン。貴族として生まれた私たちには優先すべきことがある。勿論、最初から希望を捨てていた訳ではない。私たちは王太子殿下から話を聞くまで、ずっとお前をカモイズ伯爵家から除籍しようとは思えなかった。…………だが、領民を思うのなら、今日がタイムリミットなんだ」


 そう告げると、カモイズ伯爵は涙を堪えて前を向く。


「今この時を以て、リリアン・メアリー・フレッチャー! お前をカモイズ伯爵家から除籍する!!」


「な……!?」


 驚きでリリアンは呆気に取られた。伯爵夫人は伯爵の隣で大粒の涙を流した。


 嗚咽混じりの声で夫人は「リリアン」と、彼女の名前を呼ぶ。そして、抱き締められない代わりに、彼女の頬を両手で包み込んだ。


「わたくしたちを許す必要はないわ。親として不甲斐ないわたくしたちを恨んでも構わない。だけど、リリアンもリリアも……わたくしたちの大切な娘よ。それだけは忘れないで」

「もしも輪廻転生という概念が本当に存在するのなら、次の人生は真っ当に生きなさい。そして誰よりも幸せになりなさい。……それから、叶うならまた私たちの娘になってくれ」


「カモイズ伯爵、伯爵夫人、お時間です」


 看守にそう告げられた。これがカモイズ伯爵夫妻とリリアンの最後の会話になった。

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