86 マキシミリアンが訪ねてきた理由
「トレヴァー、最近の君はやたら早く帰って行くが、何を隠している?」
食堂で昼食を摂るベアトリスたちの席に、珍しい男子生徒が訪ねていた。生徒会の会計を担当しているマキシミリアンだ。彼は機嫌が悪く、何やらピリピリした雰囲気を纏っている。
「やぁ、マキシミリアン。何って、フランク様のお手伝いですよ~」
いつもの調子で言葉を返すトレヴァー。アルバートとフランクは大して気にしていない様子だったが、ベアトリスは勿論、ケイティとジェマは内心ハラハラしていた。
マキシミリアンは明らかに怒っている。だが、それを分かっているのかいないのか。それともわざとか。トレヴァーの態度は火に油を注ぐようなものだった。しかし、フランクの名前が出た途端、彼は困惑の表情を浮かべ始めた。
「……フランク様の手伝い?」
「王立図書館と王城の図書館で魔女がいた時代の文献を探しているんです」
「そ、そうなのか?」
理由を聞いて怒るに怒れないと思ったのか、マキシミリアンから怒りの感情が薄れていく。
「騙されてはいけないよ、マキシミリアン。私は別にトレヴァーの手伝いを必要としていない。何か言いたいことがあるなら、言ってみると良い」
フランクの言葉を聞いて、マキシミリアンが再びトレヴァーに目を向ける。その瞳は再び怒りに似た感情が濃くなっていた。
「なるほど? フランク様の手伝いと言えば、私が納得すると思ったんだな?」
カチャと音を立てて、マキシミリアンが中指でメガネのブリッジ部分を押し上げる。
「ま、まさかぁ。そんなことありません……よ?」
半分図星だったトレヴァーは「ははは……」と乾いた笑い声を漏らして、視線を逸らした。
「では遠慮なく言わせて貰おう! トレヴァー! 君は今日から暫くの間、生徒会室に籠って資料作成に取り掛かるんだ!!」
ビシッと人差し指を向けて宣言したマキシミリアンに、トレヴァーが「えぇっ!?」と声を上げた。
「どうしてですか!?」
「君も学園主催のパーティーが近付いていることは知っているだろう?」
「それは勿論。王立学園の生徒なら誰でも知っています」
「その件を進めるためには、会計として予算を出す必要がある。そのためにも、昨年までの関連資料が必要だ。それに、次の会議ではパーティーの議題を今期初めて取り上げることが決まっている。だから書記として、君も資料作成に取り掛からなければならない筈だ」
「それはそうですが、まだまだ日はありますよ?」
学園主催のパーティーは毎年、主に生徒会が中心になって準備を進めている。他の生徒たちがやる準備と言えば、各々で衣装を用意することと、ダンスの練習をしておくことぐらいだろう。
「この数日、トレヴァーがいないお陰で急遽決まった教師や関係各所との打ち合わせに同じクラスという理由で、副会長の指示で私が代わり議事録を取る羽目になっているんだ!」
マキシミリアンは声を荒らげて続ける。
「お陰で会計の通常業務が遅れている!! だから、今日という今日は逃がさないぞ! トレヴァーッ!!」
「ヒッ!」
物凄い剣幕にトレヴァーが悲鳴を上げる。マキシミリアンの様子からして、かなり追い込まれているらしい。
「それならそうと、言ってくれたら良かったじゃないですか!」
「話をする前にさっさと帰宅するトレヴァーが悪い!!」
「どうして私だけ! ……フランク様もアルバート様も会議の日以外は先に帰宅されているのに」
ポロッとトレヴァーが漏らすと、マキシミリアンが目を光らせた。
「フランク様は広報だから、具体的な内容が決まっていない今、まだそこまで忙しくない。それに、フランク様もアルバート様もいつも忙しい時は生徒会の仕事を持ち帰ってこなされている! お前も知っているだろう!?」
いつもより賑やかな昼食の席に、それまで静観していたアルバートがため息を吐いた。
「マキシミリアン、その辺にしてやってくれ」
アルバートの一言に「ですが、副会長からもどうにかするように言われています!」と、マキシミリアンが告げた。すると、「……なるほど」と呟いたアルバートが考えを巡らせて顎に手を当てる。
「会計の仕事はどのくらい遅れているんだ?」
アルバートの質問にマキシミリアンが答えていく。そんな中、ケイティは肩身を小さくして罪悪感に苛まれていた。
「……あの、マキシミリアン様。……トレヴァー様が生徒会室を不在にされていたのは、わたくしのせいでもあります。申し訳ありません」
ケイティが軽く頭を下げると、マキシミリアンが一瞬狼狽えた。
「えっ!? っ、いえ! これは生徒会所属のトレヴァーの問題です。貴女が謝る必要はありません」
「そ、そうです! ケイティ嬢は関係ありません!」
トレヴァーはケイティに迷惑をかけまいと声を張り上げた。だが、ケイティは「いいえ」と首を横に振る。
「わたくしはトレヴァー様と図書館で過ごす時間を楽しんでおりましたもの。関係大有りですわ」
ケイティはトレヴァーに淑女らしく微笑むとマキシミリアンを見た。
「何かわたくしにお手伝い出来ることはありませんか?」
「あっ、あの! 計算でしたら、わたくし得意です! お役に立てると思いますわ!!」
ケイティ言葉の後にジェマも手伝いに名乗りをあげた。そんな友人たちの様子にベアトリスも何か役に立ちたい気持ちが込み上げる。だが、妃教育があるベアトリスは、そういうわけにはいかない。
「マキシミリアン様、わたくしもお手伝いしたいのですが、申し訳ありません。妃教育を勝手に休むわけにはいかず……」
「そんな! 気にしないでください。アルバート様のご婚約者であるベアトリス嬢の手を煩わせる訳にはいきません! ですから、気にやむ必要はありません!! ケイティ嬢もジェマ嬢もです! お気になさらず! しかしながら暫くの間、トレヴァーはお借りします!!」
マキシミリアンは慌てた様子でそう告げると、トレヴァーに「放課後、引きずってでも連れていくからな!」と宣言してその場を去っていった。
◇◇◇◇◇
その後、マキシミリアンから“気にしなくて良い”と言われていたケイティとジェマだったが、放課後になると共に生徒会室へ足を運んだ。一向に折れる様子の無い二人に、「それなら……」とマキシミリアンは彼女たちに手伝いを頼んだ。
ケイティには書類整理を。ジェマには試しに会計の仕事を渡してみた。すると、ジェマは宣言していた通りに会計の仕事で力を発揮し、マキシミリアンを驚かせたのだった。
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さて、次のお話から6章へ移ります。
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