83 ある恋の終わりと始まり
「ありがとう」
そう呟いたフランクから解放されたベアトリスは、ティルダの様子を思い出した。そして、ティルダが禁書庫を出て行く時に言っていた言葉を思い出す。
「……そう言えば、ケイティ様もこの図書館に来ているというのは本当ですか?」
「あぁ。トレヴァーと一緒に私の禁書探しに便乗して来ているよ」
「トレヴァー様も?」
「王立図書館の禁書庫へ行った初日に、食堂でアルバートと話していたのをトレヴァーが聞いていてね。二人とも“手伝う”と言って、私の図書館通いに着いて来たんだ」
「え? ですが、お二人は禁書庫には入れませんよね? トレヴァー様に説明されましたか?」
ケイティは一度、ベアトリスたちと王城図書館に来たとき、禁書庫に入る条件を聞いている。そのため、入室に関する決まりを知っている筈だが、トレヴァーはあの時不在だった。もしかすると、フランクがいれば中に入れると思っている可能性がある。
ベアトリスが確かめると、フランクが「あぁ」と頷いた。
「以前話したことがあるから、トレヴァーも禁書庫へ入る条件は知っている。それでも来ると言ってね。……あれはデートための言い訳だね」
「デッ! デート!? ケイティ様とトレヴァー様が!? お二人の仲はそこまで進んでいますの!?」
「はははっ、ベアトリスは面白い反応をするね」
驚くベアトリスの反応にフランクが笑う。そこには数分前まで暗い顔をしていたフランクはもういなかった。
「ケイティ嬢はともかく、トレヴァーは無意識かもしれないね」
そう告げたフランクの言葉を聞いて、ベアトリスは以前ジェマが言っていたことを思い出す。
『ケイティ様、今までわたくしが目にした中でも随分楽しそうですわ。もしかするとこれは……恋の予感……!!』
ジェマ様の予感、的中かもしれませんわ!
だとすると、ティルダがケイティたちの元へ向かったのであれば、二人の邪魔をしてしまう可能性があるとベアトリスは考えた。それに、先程のティルダの様子も気にならないわけではない。
ベアトリスにとって、禁書探しも大切だけれど、友人とティルダの恋も大切だった。
「フランク様、わたくしティルダ様が心配ですので、様子を見に行ってきます! もしかすると、本日は禁書探しに参加できないかもしれませんわ」
ベアトリスの反応にフランクは驚いた。だけど、ベアトリスは周囲の人々を気遣う優しさを持っている。そんなところも含めてフランクは彼女が好きだったから、よく知っている。
「……構わないよ、行っておいで」
「ありがとうございます!」
柔らかく微笑んでくれたフランクに感謝を告げると、ベアトリスは身体の向きを変えて急ぎ足で去っていく。
ベアトリスがティルダを気に掛けたことで、フランクもベアトリスが禁書庫に入ってくる直前の出来事を思い出していた。あの時、ティルダは恥ずかしそうに真っ赤な顔でフランクを見ていた。
いつも王城で会うティルダはフランクを見つけると驚いたり、恥ずかしそうにしながら挨拶をしてくれる。その表情が、先程ベアトリスが“アルバートからずっと欲しかった言葉を貰ったと”報告してくれた顔と重なった。
「……」
ティルダはこの国の王女でアルバートの妹だ。
幼い頃は、よくアルバートとフランクの後を追いかけてきていた。フランクにとっても、ティルダは可愛らしい妹のような存在だ。
「いや、……まさかね」
呟きながら、フランクは自嘲気味に笑う。
フランクはアルバートに確かめたりはしなかったが、ティルダとエルバートが婚約者探しをしていたという噂も耳にしていた。だから、近日中に婚約者が発表されるだろうと考えていた。
ジェマ嬢には半分冗談で『お試しで恋人なんてどうだい?』と、言ったフランク。だが、そろそろ本気で婚約者を作らないと、みんなに置いていかれそうだと感じていた。
そうは思うものの、フランクは今まで密かにベアトリスを想い続けていた。
ベアトリスは王太子であるアルバートの婚約者で、自分にその機会が回ってくる可能性が低いことも分かっていた。だが、フランクは婚約者を作る気になれなかった。
恐らく、二人を応援しながらも、心の何処かでベアトリスに幼なじみではなく、異性として見て貰える日が来るかもしれないと、淡い期待を抱いていたのだろう。だから、アルバートがリリアンを優先して、ベアトリスを蔑ろにしていた時、一瞬心が揺らいだ。
だが、ベアトリスのアルバートを想う意思は強かった。たとえあのまま彼女が婚約解消していたとしても、アルバートがベアトリスの心から居なくなるのには時間がかかった筈だ。下手すると、数年はフランクを異性として見ようとしなかったかもしれない。
「……」
次期公爵になる身としても、叶わない恋をいつまでも引きずる訳にはいかない。次へ進むために、私も婚約者を探さなければな。
フランクは密かにそう決めた。




