82 禁書探しを手伝うベアトリスが目撃したもの
アルバートがベアトリスに想いを伝えた翌日。妃教育の後、ベアトリスは王城の図書館へ足を運んでいた。馬車の中でアルバートが“ベアトリスの負担にならない程度なら、フランクの禁書探しを手伝ってもいい”と認めてくれたのだ。
「どうやらフランクが城の禁書庫に出入りしているのを知って、ティルダも禁書庫に出入りしているようなんだ」
馬車の中でアルバートはそう言っていた。
「ティルダ様が?」
それを聞いて、あれ? とベアトリスは疑問を抱く。
「だとしたら、わたくしが行けばお二人の邪魔になりませんか?」
「邪魔? どうしてベアトリスが邪魔になるんだい??」
「え?」
「寧ろティルダがフランクに迷惑を掛けたり、邪魔していないか心配だよ」
そう呟いて、アルバートがため息をこぼす。
「アルバート様、もしかして……」
ティルダ様がフランク様をお慕いしてらっしゃることをご存じない!?
ティルダの想い人はエルバートですら知っている様子だったため、ベアトリスはアルバートも知っているとばかり考えていた。だから、ベアトリスは顔に出さないよう気を付けながら、内心驚いた。
「もしかして、何かな?」
純粋に不思議がっているアルバートの様子に、ベアトリスは「ええと……」と、言葉に詰まる。
これはわたくしからアルバート様にお伝えして良いのかしら? でも、ティルダ様はわたくしにもご自分のお気持ちを隠しておられた訳ですし……。兄妹とは言え、知られたくないこともありますわよね?
「なんでもありませんわ」
笑顔で答えて、ベアトリスはアルバートの追求を躱した。だけど、禁書庫に行けばフランクとティルダがいる。
せっかくの二人だけの空間にベアトリスが入っていけば、邪魔になるのは確実だ。かと言って、「アルバートを手伝いたい」と言い出した手前、「やっぱりやめる」とは言いづらい。それに、アルバートの役に立ちたいのはベアトリスの本心だ。
こうなったら、出来るだけお二人の邪魔をしないように資料探しを頑張るしかありませんわ!
司書に声をかけて禁書庫の中に案内してもらったベアトリスは、意を決して中に入る。パッと目につく場所に人の姿がなくて、ベアトリスはホッと息を吐いた。その時、ガタッと物音がした。
「きゃぁっ!?」
悲鳴が聞こえた直後、ドサッと大きな音がして、後を追いかけるようにバサバサッ! と本が数冊落ちる音がした。
「!?」
ベアトリスは音がした方に駆け寄る。
「大丈夫ですか!? ……っ!?」
そして、ベアトリスは本棚の間で、ティルダを庇うように抱き抱えて蹲るフランクの姿を見つけた。
ベアトリスの存在に気付いたティルダは、赤くなっていた頬を益々赤らめた。
「っ!? ベ、ベアトリス様!?」
パチッとベアトリスとフランクの視線がぶつかる。一瞬驚いたように目を見開いたフランクは、「あ、あぁ、……ベアトリス、来てくれたんだね」と口を開くと体勢を立て直す。
「ティルダ王女殿下、立てますか?」
手を差し出したフランクにハッとしたティルダは、「あっ! ご、ごめんなさい!!」と慌ててフランクの手を取って立ち上がった。
「っ、わたくし、ケイティ様たちの様子を見てきますわ!」
「えっ!? ティルダ様!?」
恥ずかしそうに下を向いて顔を隠したティルダは、慌てて禁書庫から出ていく。ベアトリスはフランクと共に取り残されてしまった。
傍に転がっていた梯子をフランクが元に戻す。ベアトリスも落ちていた本を拾うために屈んだ。
状況からして、梯子を使っていたティルダが何かの拍子でバランスを崩し、それを受け止めたフランクが落ちてくる本からティルダを庇った。そのことはベアトリスにも推測が付いた。
だけど、部屋を出る直前に見せたティルダの何処か傷付いた顔と、ベアトリスを見たフランクの驚いた顔に疑問を抱いた。
ティルダ様は出て行ってしまわれたし、やはりわたくしがここへ来るのは良くなかったかしら……
気まずい気持ちになったベアトリスが残り二冊の本を拾おうとして、それがフランクの手と重なった。「あっ」と漏れた二人分の声が重なる。思わず引っ込めようとしたベアトリスの手をフランクが掴んだ。
「えっ? フランク様?」
「あっ! すまない。重いだろうから残りの本は私が片付けるよ」
フランクは無意識だったらしく、手は直ぐに離された。そして、二冊の本を拾い上げて立ち上がる。ベアトリスも既に拾っていた四冊を抱えて立ち上がった。普段とは違う様子のフランクに、ベアトリスまでどぎまぎしてしまう。
「……どの本を確認されようとしていたか、分かりますか?」
ベアトリスが尋ねると、本に視線を向けたフランクが口を開く。
「ベアトリスの手元にある、表紙が赤い二冊だよ」
言われた本以外をベアトリスは棚の空になっていた部分に戻す。どうしてかフランクと視線が合わなくなった。堪らずベアトリスは問い掛ける。
「……ティルダ様を、追いかけなくてよろしいのですか?」
「どうしてだい?」
「えっ?」
どうしてかと問われると、ベアトリスは答え難かった。アルバートの時もそうだが、フランクがティルダの気持ちに気付いているのか分からないからだ。
「少し前までお二人で調べ物をされていたのですよね?」
「あぁ。ここへ来た二日目から王女殿下が手伝ってくださっているんだ」
「そうでしたか」
“二日目から”ということは、きっとティルダ様は使用人かエルバート様から、フランク様が王城にいらっしゃっていることを聞かれたんだわ。
フランクが王城にいることは珍しい。幼い頃はアルバートの親友として良く出入りしていたらしいが、ベアトリスの妃教育が始まって暫く経った頃から、夜会以外ではあまり来なくなったからだ。その理由はベアトリスも聞いたことがない。
だからこそ、この間ベアトリスたちが禁書庫を訪れた日、ティルダはフランクが王城に来ていたことに驚いたのだ。
「食堂へ向かう前にアルバートから聞いたんだが、ベアトリスも今日から一緒に禁書を探してくれるんだよね?」
「えぇ。馬車の中でアルバートから許可を頂きましたわ」
「……」
「……」
それきり会話が続かず、二人揃って黙り込んでしまう。ベアトリスがフランクと一緒にいて、気まずいと感じたのは今日が初めてのことで、どうすれば良いのか分からなかった。
昔から一緒だった幼なじみと、仲良くさせてもらっている王女様とのあんな場面を目撃してしまった。それだけのことだが、フランクの醸し出す雰囲気はいつもと違っていた。
ベアトリスとフランクは揃って本棚から机へ移動すると。ベアトリスが手元の本を机に置いたところで、「ベアトリス」とフランクに呼ばれて振り向く。
「アルバートと何かあったかい?」
“何か”と言われて、ベアトリスは昨日の馬車での出来事を思い出す。それだけで頬が熱を持った。
「その反応を見るに、良いことがあったんだね」
フランクが微笑ましそうに笑顔を向けてくる。だけど、何処か悲しそうな笑顔だった。ベアトリスはそれを不思議に思いながらも、恥ずかしさでそれを指摘する余裕がなくて、小さく頷いた。
「えぇ。その、……ようやくアルバート様からずっと欲しかった言葉を頂きました」
ベアトリスがそれだけ伝えると、幼なじみは全てを理解してくれた。
「そうか。おめでとう、ベアトリス」
「ありがとうございます」
フランクはベアトリスとアルバートの仲をずっと応援してくれていた。だからこそ、幼なじみからの祝福の言葉がベアトリスは嬉しかった。
すると、フランクがベアトリスの身体にそっと腕を回して優しく抱き締める。
「えっ!? フランク様!?」
フランクの行動の意味が分からず、ベアトリスはドキッとする。
「…………少しだけ。……ささやかだが、喜びを分かち合わせてくれ」
喜びと言う割に、フランクの声は小さかった。だけど、そう言われてしまえば、断る理由もない。
「……分かりました」
流石のベアトリスもフランクが何か寂しさに近い、マイナスの感情を抱いていることを悟る。
しかし、それがベアトリスに対する恋心から来るものだとは思わなかった。いや、正確には一瞬頭を過った。だが、長年幼なじみとして傍で見守ってくれて、ベアトリスの気持ちがアルバートにあることを知っているフランクに限って、そんな筈は無いという思い込みが、ベアトリスをそう思わせた。
【フランク推しの読者様へ】
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
フランクにはベアトリスに恋心を抱きながらも、キューピッド的立ち位置で動いてもらっていました。
自分や他人の恋心にかなり鈍感な親友と、自分に向けられる好意に鈍感な幼なじみを見守っていたので、さぞ大変だったはず……
私としても、Ifの世界線を考えなかった訳ではありません。ですが、婚冷えを構想した段階からこの流れは決めていました。お話が膨らんでからは内容の関係もあり、尚更その方向で進めてきました。
フランクは好青年で、ぶっちゃけ超優良物件です!私も婚冷えの中では好きなキャラです。
フランクを好きな読者様も多いはず!!と思い、このようなあとがきを設けました。
どこまで書けるかは分かりませんが、フランクもハッピーになるように考えています。
長くなりましたが、これからも見守ってくださると嬉しいです。




