8 ベアトリスの信頼を取り戻したら
お話の都合上、短めの回となります。
「アルバート王太子殿下。失礼を承知でお聞きしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
王城へ向かう馬車の中。向かい合って座る婚約者に、ベアトリスは思い切って話を切り出す。
「あぁ。構わないよ」
頷いたアルバートを確認して、ベアトリスは問いかけた。
「リリアン様のこと……あれで良かったのですか? 殿下は『勘違いをさせてしまった』と仰いましたが、少なくとも殿下はリリアン様に心惹かれていらっしゃいましたよね? ……だから一度はわたくしに婚約解消を申し出られたのでしょう?」
リリアンは護衛騎士に連れ行かれて、事情を聞き出すことになった。
彼女が嘘を吐いていたとはいえ、アルバートはリリアンと親しくしていた。ベアトリスとしては認めたくないが、婚約解消を申し出る程には彼女に想いを寄せていた筈だ。
なのに、その相手を簡単に切り捨てるなんて……
もしかして、殿下は気持ちが移ろいやすいお方なのかしら? そうだとしたは、この先もまた同じことを繰り返すかもしれないわ。
ベアトリスにはそんな懸念が浮かんで、探るような視線をアルバートに向けた。アルバートは、それを受け止めると、少し俯いて複雑そうに顔を歪めた。
「返す言葉もないよ。確かに私は一度リリアン嬢を慕っていた」
それを聞いて、ベアトリスはきゅっと胸が締め付けられた。“……やはり、そうだったのね”と思ったベアトリスに彼は言葉を続ける。
「だけど、それは間違いだったんだ。一度失敗してそう思い知らされた」
「失敗……ですか?」
首をかしげるベアトリスに、アルバートは顔を上げて肩を竦める。
「いや、一度じゃないな。私は何度も失敗した。だが、それに気付いたのは最後に失敗した時だ」
そう言って、真っ直ぐにベアトリスを見つめた。
「私は君にとても酷いことをしてしまった。君を手離すべきじゃなかったんだ。だけど、それに気付いたのは君を失って何年か経ってからだ」
「……わたくしを……失って?」
話が見えななくて、ベアトリスは困惑する。
“君を失って何年か経ってから”なんて言い回し、まるで本当にわたくしたちが婚約を解消したか、わたくしが死んでしまったみたいだわ。
「私は愚か者だ。今の私は同じ過ちを繰り返さないように動いているに過ぎないんだ。だから、ベアトリスに軽蔑されても文句を言えない。君を追い込んだのは他ならぬ私自身だから、文句を言う資格なんてないんだ」
「あの、アルバート王太子殿下? 先程から抽象的すぎて話が見えませんわ。きちんと説明してくださいませ」
ベアトリスが促すとアルバートがハッと息を呑んだ。それから考えるように視線を彷徨わせて、「いや……」と呟く。
「今は話したところで、君に信じてもらえないだろう。……それに、この話は馬車の中でするような内容じゃない。だから今はまだ言えない。でもいつか、私がベアトリスの信頼を取り戻したら必ず話すよ。だからそれまで待っていてくれないか?」
今はまだ話せない内容なの?
いまいち腑に落ちないベアトリスだったが、アルバートの言う通り、ベアトリスが彼の言葉を素直に信じられるかは微妙なところだった。
ベアトリスはモヤモヤとする胸中を押さえるように、キュッと手を握り込む。
「……分かりましたわ。その代わり、いつか必ずお話ししてくださいませね?」
「あぁ。約束する」
頷いたアルバートの瞳は真剣そのものだった。だからベアトリスもそれ以上追求することはなかった。