78 アルバートが下した決断
国王陛下の書斎にノックの音が響く。中から声がして、入室許可を得たアルバートは部屋に入った。
アルバートが最後にリリアンの尋問に立ち会ってから三日が過ぎていた。昨日纏め終えた報告書は既に国王陛下へ提出済みだ。
「父上、お忙しいところ申し訳ございません」
「いや、構わんよ。お前も最近忙しくしていたと聞く。……カモイズ伯爵令嬢の件だろう?」
言わずとも、国王はここ最近息子がどういった案件で動いているかしっかり把握していたようだ。
アルバートが「はい」と返事をすると、国王はふぅっと息を吐いて息子を見据えた。
「報告書はご確認頂けましたか?」
「あぁ。だが、まだ中身を理解した訳ではない。何しろこの件は複雑過ぎるのでな」
無理もない。王太子とその婚約者が危険に晒されて被害に遭い、その他にも王立学園の生徒やカモイズ伯爵家の使用人と、被害者は多数に上る。更には魔女の秘薬に関する情報や禁書絡みの事案まで出てきたのだ。
そして、この件でリリアンの刑罰を決定するタイミングによっては、カモイズ伯爵家の運命が大きく左右されることになる。
「まさか王立学園の揉め事がここまで大きな事件に発展するとはな……」
「生徒会長として私の管理が行き届かず、申し訳ございません」
「お前だけのせいではあるまい。第一、お前も被害者じゃないか。……まぁ、だからと言って、リュセラーデ侯爵令嬢と婚約を解消したいと言われたときは、流石に参ったがな」
ははは……と、乾いた笑いを溢す父にアルバートはなにも言い返せない。
「それはさておき、お前はどうするつもりだ?」
国王は敢えて、息子に決断を迫る。
王太子のアルバートはいずれ国王となり、このラドネラリア国を引っ張っていく存在だ。この先、これより難しい判断を迫られる事態はいくらでもやってくるだろう。そんな時、現時点で最善と考える判断をいかに早く出せるか? そんな、迅速な対応が大切だと国王は考えていた。
「まず、カモイズ伯爵令嬢の処刑を免れることは出来ないと考えます。中身が全くの別人であるため、本来のカモイズ伯爵令嬢が戻れる場所を失くしてしまう点に関しては、心苦しく思います。ですが、冤罪の恐れもないため、国の決まりに則ればこれが一番最善です。それから、別世界の人の魂が宿る件については、事例も少ないことから国民を混乱させないためにも公表しないつもりです」
「そうだな。それが良いだろう」
国王は静かに頷いた。
「ですが、カモイズ伯爵夫妻にはリリアンの刑罰を発表する前に、彼女がどういった状態であるか話すつもりです。その上で伯爵家からの除籍について話を聞きたいと考えています」
「話して何になる? 彼らも貴族だ。娘を早々に除籍するのが定石であり、最善であることは理解している筈であろう? にも拘らず、未だ放置している。今やカモイズ伯爵家の評判は下がる一方で、カモイズ伯爵家を良く思っていない貴族も多い」
「はい。承知しています。恐らくはカモイズ伯爵夫妻、特に夫人がリリアン嬢を思って除籍を先延ばしにされているのでしょう。しかし、娘の中身が偽者だとしたら、夫妻の考えも変わる可能性があります」
それを聞いた国王は顎に手を当てる。
「ふむ。……カモイズ伯爵夫妻にとって、リリアン嬢は長年望んでようやく授かった子だったな」
国王は思い出を懐かしむように、目を細めていた。
「良いだろう。カモイズ伯爵令嬢の件は任せた」
「ありがとうございます」
アルバートは一礼して感謝を伝える。だが、そのすぐ後、「……ですが父上、一つだけお願いがあります」と続きを述べる。
「もしも、リリアンの処刑の前に本来のカモイズ伯爵令嬢を取り戻せたら、その時は彼女の処分を僻地での幽閉としても宜しいでしょうか」
「何?」
国王は意味が分からないと言いたげに眉を歪めた。
「本来のカモイズ伯爵令嬢は何も犯罪を犯していません。反対の意見も出るでしょうが、“大罪人には死よりも生きる地獄を”とでも理屈を捏ねて、せめてリリアン嬢に静かな暮らしを与えたいのです。それに、処刑の話をした時にベアトリスが悲しそうにしていたので」
それを聞いた国王は面食らったように目を見開いた。直後に「はぁ~」と深い溜め息を吐く。
「お前というやつは……」
処刑すれば、カモイズ伯爵令嬢が帰って来る場所を失くしてしまう、と気にしていることもそうだが、出来るかも分からないことに対して、なんと甘いことを……と国王は思った。だが、アルバートは昔から優しい子だ。
本人は無自覚のようだが、ベアトリスが関係するとそれはより顕著に現れていた。だからこそ魅了の秘薬に犯されていた頃のアルバートは、普段と様子が違っていたため、国王は父親として心配していた。
「可能性は低いが、……良いだろう。好きにしなさい」
「ありがとうございます」
呆れながら許可してくれた国王にアルバートは再び一礼する。
「……しかし、良く分からんが、本当にこの世界はゲームの世界なのか?」
「彼女の言葉を全て信じるのであれば、そうなります」
「だとすると我々の運命は、……元から何者かによって決定付けられているのだろうか……」
悲観するような国王の呟きにアルバートも視線が下がる。しかしながら、アルバートは今とは違う未来を体験してきた身だ。
この先がどうなるのかは分からない。だが、リリアンを勾留した時点で、あの最悪の未来は回避された筈だと考えていた。
「そうとも限りません。もしそうだとしたら、ベアトリスと婚約解消した私は、リリアン嬢と婚約していたようです。ですが、私はベアトリスとの婚約を継続しています。大丈夫ですよ、父上」
「そうか……」
「そうならないよう、私が変えてみせます」
宣言したアルバートの瞳に、強い意志が宿っているのを国王は見逃さなかった。
アルバートはまだまだ甘いとばかり思っていた。だが、息子はいつの間にこんなにも、逞しい瞳をするようになったのだろうか。
国王は知らぬ間に成長していた息子にフッと笑いかけた。
「アルバート、頼りにしているぞ」
そう声をかけると、「はい」と返事したアルバートが退出する。
漠然とした不安が薄まると、国王は再び目の前の書類に向き合い始めた。




