77 アルバート自ら尋問へ
国王陛下へ提出する報告書作成のため、アルバートは核心的な情報を入手すべく、およそ二日振りにリリアンの牢を訪ねた。
今度はリリアンに姿を隠さず、尋問担当の騎士と共に同席する。ただし、アルバートの身の安全を考慮し、普段よりも距離を取った状態での尋問だった。
「まさか、アルバート様が入らしてくださるなんて。嬉しいですわ」
リリアンが施設に収容されてから随分時間が経つ。彼女は学園に通っていた頃より痩せて、生気も減ったように見受けられた。だが、アルバートの訪問に精一杯嬉しそうな顔を作っている。
「猫被りは止めたらどうだ? 私は先日の尋問を傍聴していた。リリアン……いや、リリアと呼ぶ方がいいかな?」
低く冷酷な声でアルバートが問い掛ける。すると、リリアンは驚きから一瞬目を見開いて、作った笑顔をやめた。代わりに自嘲気味に笑いながら息を吐く。
「なんだぁ~。とっくにバレてたんだ?」
漬け込めるようならアルバートの同情心を得ようとしていたのだろう。アルバートが凛々亜の本性を知っていると分かった瞬間、リリアンは姿勢を崩して開き直った態度を見せた。それに対してアルバートは顔色一つ変えず、淡々と言葉を紡いでいく。
「単刀直入に尋ねる。君は別世界の人間で、その身体の持ち主であるリリアン嬢が幼少期の頃にこの世界にやって来た。……間違いないか?」
「えぇ。そうよ」
リリアンは徐に自身の手を弄ると、その様子を見つめながら答える。いや、正確には爪を気にしているようだ。アルバートの方は一切見ようともしない。
アルバートに対して、魅了の秘薬まで使用した相手だが、今のリリアンはもうアルバートに興味がないらしい。
彼女の不敬な態度に、尋問担当の騎士やアルバートの護衛騎士たちは内心苛立ちを募らせる。
「では、元の身体の持ち主であるリリアン嬢が今どこにいるか分かるか?」
「さぁ? ……たぶん、死んだんじゃない? 私は元の世界で死んでここに来たわけだし」
それは禁書に書かれていた“別の世界で死んで、気が付いたらこの世界で目が覚めた”と言う昔の証言と一致する。だが、リリアンが“死んだ”と言い切らなかったことにアルバートは疑問を抱いた。
「……それは、正確なことは君にも分からないと言うことか?」
「まぁそうね。だって、彼女がどうなったのか、私には確かめようがないもの」
なるほど。彼女は元の世界で自分は死んだと証言しているが、単純にリリアン嬢とリリアが入れ替わった可能性もあるということか?
それは、今日食堂でフランクに王立図書館の禁書を調べた成果を尋ねていた時のこと。ケイティ嬢が、最近“男女の中身が入れ替わる小説を読んでいる”と、トレヴァーに話していたのを耳にして思い至った仮説だった。
アルバートは本物のリリアンがどこかで生きている可能性に、少しだけ希望を見た気がした。
もしそうなら、禁書の話をしたときに悲しそうな顔をしていたベアトリスを、少しでも安心させることが出来るかもしれない。
アルバートはそんな期待を顔に出すことなく、更なる疑問をぶつける。
「では、君は自分が元の世界に戻る方法を知っているか?」
「いいえ。そもそも、どうやってここに来たのかすら分からないのに、分かるわけないでしょ? それに、ここに閉じ込められるまで、元の世界に戻りたいとも思わなかったわ」
「それは何故だ?」
見知らぬ世界にいきなり飛ばされたら、普通は不安になりそうなものだと考えていたアルバートは問い掛ける。
「何故って、私は余命宣告を受けていたのよ? 向こうの私の身体はとっくに死んでるに決まってる。そんな状態で戻ったら、本当に死んじゃうじゃない」
「……、そうか」
彼女のような理由があると、元の世界に戻ること事態が死を招く恐れがある。となると、元の世界に戻る行為は危険だろう。過去の人々もそれを危惧して、元の世界に戻ろうとすらしなかったのかもしれない。
アルバートはそう解釈を深めて、それならば……と、気になっていた疑問を口にする。
「では聞くが、君は死を恐れていながら、何故リリアン嬢の身体で極刑になる罪を犯した?」
そう、一つ前の回答からして彼女は死を恐れている。にも拘らず、全てが明らかになれば死を免れることが難しい犯罪に手を出したのだ。それは実に愚かで、矛盾した行いだった。
「極刑?」
リリアンがきょとんとした声で首を傾げる。その様子に、アルバートは眉を潜めて隣の尋問担当騎士と顔を見合わせた。
「……まさかとは思うが、極刑がどんなものか知らないのか?」
騎士が尋ねると「知らないわ」と即座に返ってきた。
「死刑じゃないなら、どうせ国外追放か無期懲役でずっと投獄生活とかなんでしょ?」
「……」
アルバートと尋問担当騎士は唖然とする。
彼女はラドネラリア王国における極刑とは何かを全く知らないようだ。発言からして、元の世界のものさしで極刑の意味を捉えて、誤解しているようだ。
「極刑とは、大半が処刑を意味している。……そう言えば分かるか?」
尋問担当騎士の言葉を受けて、リリアンが固まる。少し間があってから「え……」と、彼女は戸惑いの声を発した。辺りは静かで、その声がよく響いて聞こえた。
「う、嘘よ!! 私は人を殺めた訳じゃない!! それなのに、どうして処刑になるの!?」
焦りを滲ませて叫んだリリアンに、尋問担当騎士が冷静に答える。
「第一に、王族に危害を加えたこと。第二に、王太子殿下の婚約者に危害を加えたこと。第三に、魔女の秘薬を所持していたこと。第四に、魔女の秘薬を大勢の人々に使用したこと。主な理由はこの四つだ」
みるみるうちにリリアンの顔色が青ざめていく。どうやら、漸く自分が置かれている状況を正しく理解したらしい。
「あ……、あぁっ!! 嘘よ! そんなことで処刑されなるなんて!! あり得ないわ!!」
「それがこの国の法だ」
アルバートが告げると、リリアンはたった今明かされた事実に焦りと後悔を滲ませた。だが、自分の犯した罪を本当の意味で悔いている訳ではない。待っている未来が処刑であることを知って、後悔しているに過ぎなかった。
彼女は極刑の意味を正しく理解していなかった。だから、未来で王妃暗殺の罪をベアトリスに擦り付けたのだ。
ベアトリスを確実に処刑台へ送るために。
ギュッとアルバートは強く拳を握る。自身の利益のために他者を平気で貶め、傷付ける目の前の女を許せなかった。
「リリア。お前はベアトリスだけでなく、元の身体の持ち主であるリリアン嬢とその家族の未来を狂わせたんだぞ!」
そのせいで、未来のベアトリスは家族と共に処刑される運命を辿った。そして今、カモイズ伯爵夫妻がそうなるかもしれない立場に立たされている。
「カモイズ伯爵夫妻はまだリリアン嬢を伯爵家から除籍していない。これが何を意味するか分かるか?」
「っ、そんなの、分かるわけないじゃない!! あの人たちよりも今は私のことでしょう!? どうすれば処刑されずに済むのか教えなさいよ! 貴方、王太子なら知ってるでしょ!?」
この期に及んで彼女は自分のことばかりだった。何も反省するつもりがないらしい。
「……残念だよ」
そう呟いてアルバートは立ち上がる。そして「尋問は終了だ」と言い捨てると、アルバートは収容施設を後にした。




