73 話してくれた理由と失っていた約束の記憶
「アルバート様、リリアン様の処分はどうなるのですか?」
ティルダが落ち着きを取り戻した頃、ベアトリスは敢えてこの質問をした。
リリアンは王族であるアルバートに魔女の秘薬を使用した。尋ねなくとも王族に害を成した時点で極刑はほぼ確定だ。だけど、リリアンの中の人格が本来のリリアンではないのなら、その身を罰することに意味があるのか疑問だった。
……いや、意味はある。
複雑な事情があるとしても、客観的に見ればリリアンは大罪人で間違いない。だが、その理由を公表すればこの国だけではなく、世界中の人々を不安にさせ、混乱が起こる可能性がある。
「通常の流れだと、全ての罪が明らかになった後に刑罰が決定して刑が執行される。だけど彼女はリリアンであって、リリアンではない。もしも本来のリリアン嬢の魂が何処かで生きているとしたら、彼女の帰る場所を奪ってしまうことになる。たとえ元に戻れる可能性が限りなくゼロに近いとしても、そんなことをして良いのか、私は何度も考えてしまう。……何しろ、こんなことは初めてだからね」
それを聞いて、アルバートもどうすべきか迷っていることをベアトリスは知った。だが、王族に危害を加えれば極刑は免れない。それがこの国の法だ。
ふと、ベアトリスは先ほどの話をカモイズ伯爵夫人が知ったら、彼女はどう思うのかしら? と、心配になった。
実の娘が中身は別人だった。
薄々そんな気がしていた夫人ではあったが、疑惑が真実となれば、かなり酷な話だろう。
「この話を父上に信じてもらえるかも気掛かりだ」
アルバートが大きく息を吐く。
「だから私にこの話をしたんだろう?」
肩を竦めてみせる親友にアルバートは「そうさ」と頷く。
「何かあった時はフランクの手を借りたくてね。それから、知恵も」
「構わないけれど、本来のリリアン嬢を取り戻す方法があるのか、全く見当が付かないね」
「魔女が存在した時代でさえ解決できなかったとすると、解決策があったとして、魔法が使えない我々では、どうすることも出来ないかもしれない。……一先ず、国王陛下へ報告書を纏めようと思う」
そうやってフランクと相談し始めたアルバート。だけど、ベアトリスには一つ疑問が湧き出ていた。
「アルバート様、一つよろしいですか?」
「あぁ、構わないよ」
「何故わたくしにもこの件を話して下さったのですか?」
ベアトリスの疑問に、アルバートは改まったように姿勢を正す。
「ケイティ嬢たちをカモイズ伯爵夫人との話の場に連れて行った時と同じだ。リリアンの被害にあったベアトリスには、聞く権利があると思ったんだ」
「聞く権利……」
ベアトリスは考えすらしなかった。
ベアトリスはリリアンの被害者だ。そして、王太子であるアルバートの婚約者のため、禁書に触れる権利がある。とはいえ、これほど重要な話題に混ぜてもらえたことが意外だった。
ベアトリスが記憶の秘薬を飲まされて、初めて目覚めた時、リハビリとしてアルバートは庭園までベアトリスをエスコートしてくれた。その際、アルバートは『私はその時に“変わる努力をする”と、ベアトリスに約束した』と教えてくれた。
そういう意味でも、アルバート様は婚約解消を提示されたあの頃とは変わられましたのね。
単純にベアトリスを気遣ったり、優しくするだけではなく、たとえ残酷な話題でも必要と感じれば隠さず教えてくれるのだと知った。
「まだもう一つ、君には聞く権利がある話があるんだが、これは君の信頼を取り戻したら話すと約束したからね。その時まではお預けだ」
それは、婚約解消を取り消して間もない頃に交わした約束だ。だが、記憶を失ったベアトリスはそのやり取りを覚えていない。
「わたくしたち、そんな約束をしたのですか?」
ベアトリスの問い掛けに「あぁ」と頷くアルバート。しかし、その表情は徐々に困惑に染まった。
「…………もしかして、君が目覚めた直後に話さなかっただろうか?」
「信頼を取り戻したい、とは仰っていました。ですが、約束のお話は今初めてお聞きしましたわ」
ベアトリスが正直に話すと、アルバートは“やってしまった……!”と言わんばかりに手で顔を覆った。
その様子に「はははっ。アルバートらしいね」とフランクは笑い飛ばし、ティルダは「もうっ、アルバート兄様! しっかりしてくださいませ!!」といつも調子で兄を叱咤した。それに吊られて、ベアトリスもクスリと笑う。
そこまで落ち込むほど気にされずとも、アルバート様のお気持ちは届いておりますのに。
ベアトリスがそんな風に思っていることをアルバートはまだ知らない。




