62 リリアンの攻略計画は長いプロローグから
凛々亜がリリアンとして、転生して数年が経過した。
あの日からリリアンは風邪を引く頻度が減り、高熱で三日間寝込むこともなくなった。つまり、凛々亜がリリアンになってからは、病弱な少女から健康的な少女へ変化したのだ。
ゲームの知識があった凛々亜はリリアンとして振る舞うことに早い段階で慣れていった。それでも、所作を身に付けるのには時間がかかった。幸い、リリアンは幼い子どもだったため、周囲にそれほど怪しまれることはなかった。再教育を受けたリリアンは一通りの所作をマスターし終えた。
そして時は流れ、いよいよ王立学園に入学式する日がやって来た。
やっと今日からゲームのストーリーが始まるのね!
と言っても、最初の一年間はプロローグの内容なので、物語としては殆ど動かない。だけど、同年代の攻略対象者たちに、リリアンが真面目に勉学に励む姿を見せておくことで、二年生に上がってからアルバートと仲良くなったときに、生徒会へスカウトしてもらえるのだ。
そんな、長く地味なアピール期間が『カレラブ』のプロローグだ。当たり前だが、このプロローグはゲーム内ではサラッと終了する。それでも、この時点でアルバートとある程度関わりを持っておく必要があった。何しろ主人公に生徒会を紹介してくれるのがアルバートだからだ。
「ふふふっ」
リリアンは早めに王立学園へやって来ると、多くの生徒が馬車の乗り降りを行う場所に立っていた。ここにいれば、次期に攻略対象たちが登校してくるからだ。
リリアンの狙い通り、早速王家の馬車が見えてくる。そして、中から出てきたアルバートの姿にリリアンは心の中で「きゃー!!」と悲鳴を上げた。
これが本物のアルバート!! なんてイケメンなのっ!! 見た目も完璧な王子様だわ! やっぱり攻略するならアルバートかしら?
ここでハンカチを落としたら、それに気付いて拾ってくれたアルバートと会話できるのよね!
リリアンはポケットに手を入れて、それからわざとハンカチを落とす。だが、タイミングが悪かった。
ベアトリスが乗るリュセラーデ侯爵家の馬車が丁度到着したのだ。そのため、アルバートの視線はそちらに向いていて、リリアンがハンカチを落としたことには気付いていない。
僅かな差だった。
リリアンがアルバートに見とれていた分、ゲームのプロローグとタイミングがズレてしまったのだ。しかし、リリアンがそのことに気付く訳もなく、彼女はアルバートが拾ってくれるを待っていた。
そうこうしていると、従者のエスコートで馬車から降りてきたベアトリスがアルバートと挨拶を交わす。そして、アルバートのエスコートで二人は歩き始めた。
「え……?」
あれ? わたくしのハンカチは?? ここでアルバートが拾ってわたくしに渡してくれる筈よね?? それなのに、どうして?
楽しそうに会話しながら遠ざかっていくアルバートとベアトリス。そんな二人を目にして、リリアンは悔しさと苛立ちが募った。ギュッと作った拳を握り込む。
因みに、リリアンのハンカチは近くを通った先輩女子が気付いて拾ってくれた。
それからもリリアンは攻略対象者の近くにいるように心がけた。だが、どれだけリリアンが彼らの傍にいても、彼らと一向に視線が合わない。それどころかリリアンを気にする素振りもない。本来であれば、攻略対象がリリアンを密かに目で追う描写がプロローグにはあるのに、だ。
こうして気付けば半年以上の月日が経過した。
どうしてゲーム通りに進まないの!? このままではプロローグ後のエピソードに支障が出てしまうわ!
そう判断した瞬間、リリアンはここにきてゲームに出てくるアイテムの存在を思い出した。
そういえば、プロローグの登校初日にヒロインが香水を振りかけるシーンがあったわね。……もしかして、あれは魅了の秘薬だったのかしら? だとしたら、スタートの時点で後れをとっていたことになるわ!
その週の休日。焦ったリリアンは魅了の秘薬を求めて、正体を隠して闇市を目指した。
ゲームの知識で店の場所は把握していたため、迷わず辿り着くと店主にお金を積んで交渉し、三週間後に完成した魅了の秘薬を受け取った。ついでに記憶の秘薬も購入した。店主には定期的に来るので、次の分も作成しておくよう抜かりなく依頼済みだ。
そうやって、ようやく手に入れた魅了の秘薬は、不思議なことにゲームでは香水として出てきたのに対して、小瓶に入っていた。
リリアンは中身を香水瓶に入れて、それを伯爵家の使用人で試すことにした。結果、秘薬の効果は抜群のようで、香水を吹き掛けた侍女は日を追うごとにリリアンに従順で甘い態度を見せるようになった。従者もうっとりした視線をリリアンへ送るようになり、リリアンの我が儘を何でも叶えてくれるようになった。
魅了の秘薬は控えめな甘い香りで、匂いもキツくない。そこでリリアンは部屋の中に香水を振り撒いてみることにした。すると、直接振りかけた使用人より時間はかかるが、効果を得られることがわかった。
だが、魅了の秘薬を攻略対象者や空間に定期的に振りかけるのは至難の技だ。毎回学園でそのような行動をしていては、目撃した他の人間に怪しまれてしまう恐れがある。それを懸念したリリアンは速効性は低くなるが、自分自身に魅了の秘薬を振りかけることにした。
こうして、リリアンはそれまでの時間を取り戻すように日々を過ごした。秘薬を常に持ち歩き、タイミングを見計らって追加で香水としてつけたり、周囲に誰もいないタイミングやアルバートと二人きりになれ時は、背中で隠して直接空間に香水を振り掛けたりした。
そんな努力が実を結び、二年生に進級してすぐの頃、リリアンは漸くアルバートと接点を持つことができた。
本来は一年生の間にアルバートと接点を持てる筈だったため。実際のゲームよりプロローグが長引いてしまっていた。
だが、魅了の秘薬を使用してから、アルバートの好感度は順調に上がっている。それに、攻略対象者だけでなく、男女問わず同学年の生徒からもリリアンは徐々に好かれていた。これは思わぬ副産物だったが、リリアンは丁度良いと考えた。
魅了の秘薬の力でわたくしの味方を増やして、ベアトリス様を孤立させて差し上げましょう。
そんな考えがリリアンの頭に浮かんだ。
もうアルバートはリリアンに夢中になり始めている。あとはフランクを虜にすることが出来れば、友人がいないベアトリスは学園内に気を許せる相手がいなくなるも同然だった。




