61 悪役令嬢のシナリオ
『リュセラーデ侯爵令嬢、ベアトリス・スコット・プラックローズ!! 貴女には失望した!!』
ゲーム画面に現れたのは悲しそうな表情をしたリリアンを抱き寄せるアルバートの美しいイラストだった。アルバートの表情は怒りに満ちていて、本気でベアトリスを非難していることが窺える。
「っ……」
パッケージでベアトリスの紹介は【ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢】と書かれていたため、リリアンはベアトリスが窮地に立たされると予想し、ある程度の覚悟をしていた。
それでも憧れの人がお似合いだった王子様に非難されている姿を見るのは、例え画面越しであってもリリアンは心苦しかった。しかも、自分が王子様の腕の中に収まっているのだから尚更だ。
だけど、わたくしが恋い焦がれていたのは“王子様”という肩書きであって、アルバート様ではなかった筈だわ。それなのに画面の向こうのわたくしはどうしてアルバート様の腕の中に?
Aボタンを押すと、ゲームの文章が進む。
『ここにいる私の新しい婚約者、カモイズ伯爵令嬢に対する様々な仕打ち! 貴女の子どもじみた嫌がらせで彼女が怪我をした! 私の元婚約者とはいえ、これは度が過ぎた行いだ!! これ以上、貴女の悪行に目を瞑る訳にはいかない!!』
「……」
アルバート様はどうして、ベアトリス様を信じていらっしゃらないの? お茶会のあの日、ベアトリス様を信じることで彼女を救ったのはアルバート様なのに。
ストーリーが進むに連れ、リリアンの気持ちは沈んでいく。だけど愛依は違った。
「はぁ~。やっぱりクライマックスの断罪劇は何度見てもスッキリするよね~!」
夢見心地な声で呟いた愛依にリリアンは「えっ?」と声を漏らしてしまう。
「だって、悪女がいなくなってやっと攻略対象と結ばれるんだよ!?」
「ベアトリス様が……悪女……」
どこか歯切れの悪いリリアンの呟きに愛依が首をかしげる。
「凛々亜ちゃん、もしかして数少ないベアトリス推しだった?」
「推し?」
「好きなキャラのことだよ」
好きなキャラ……
リリアンにとって、ベアトリスは憧れの存在だ。
そう言う意味では、ベアトリス様はわたくしの“推し”なのかも知れませんわね。
リリアンはそんな風に考えながら、ボタンを押してストーリーを進めていく。今はベアトリスが投獄され、直後にベアトリスの侍女が王妃を暗殺したことが語られていた。それはベアトリスの命令だったという筋書きだ。
『これにより、リュセラーデ侯爵家は一家全員処刑が決定し、家族の後を追ってベアトリスも処刑されることになった』
ゲームのナレーションでそれが語られると、背景が変化した。そして、断頭台の上に登ったベアトリスが描かれる。それは痩せ細り、生気を失ったベアトリスの姿だった。
「っ!」
只でさえ、リリアンにとっては辛い描写だ。だが、これから訪れるであろう憧れの人の末路を予感して、リリアンは画面を直視出来なかった。だから、反射的に電源ボタンを押して画面を消してしまう。
「えっ!? 良いところなのに!! どうして消し……って、……凛々亜ちゃん?」
突然画面が消えて驚きに声を上げた愛依だったが、凛々亜の顔を見て戸惑いに変わった。
「……愛依、ごめんなさい。私、今はこれ以上見られそうにありませんわ」
「えっ?」
リリアンは自分が青い顔をしているだろうと予想して、それを愛依に見られないよう顔を俯かせた。そして、冷や汗が滲む手をきゅっと握る。
「もしかして気分悪くなった? 看護師さん呼ぼうか?」
愛依が凛々亜の背中を優しく撫でた。背中越しに彼女がオロオロとしているのが気配で伝わってくる。恐らく、愛依には凛々亜が病気か熱のせいで体調不良になっているように見えたのだろう。
「大丈夫ですわ。でも、少し横になりたいから、一人にしてもらえないかしら?」
リリアンの気持ちに答えるように、愛依は「じゃあ、またね」と言葉を残して病室を去っていった。
少ししてリリアンは深呼吸すると、再びゲームの電源を入れる。少し前まで読んでいたエピソードが自動保存されたらしく、“続きから”を選ぶと、セーブデータのタイトルが変化していた。
何度見ても、自分が生きていた世界が掌に収まるゲームの中に存在していることが、リリアンは信じられなかった。
このゲームのベアトリス様とわたくしが見てきたベアトリス様は別人なのかしら? だとしたら、どうしてこんなことになってしまったのか、気になりますわね。それに、わたくしはまだこのゲームを全然理解できていませんわ。
リリアンは先ほどまでプレイしていたセーブデータを選択した。そうして現れたメニューの中に、“本編を進める”があり、これを選択すると先ほどのストーリーの続きが読めることは把握済みだ。だけど、その下に“ストーリーログ”と書かれた項目を見つける。
ログというからには、これまでのことが分かる仕様になっている筈ですわよね?
知りたい。そんな単純な思いから、リリアンはストーリーログを選んだ。
プロローグから現在読破済みのエピソードまでを一気に読めるストーリーログで、リリアンはカレラブのアルバートルートを読み進めていく。
物語は主人公が学園に入学式した時からスタートしていた。本来は間で発生するイベントで攻略対象の親密度を上げたり、途中で表示される選択肢を選ぶ作業がある。だが、ストーリーログではそれらがカットされ、これまでのプレイ履歴をなぞって物語が進んでいく。
婚約者がいると分かっていながら、王太子であるアルバートと仲良くなっていく主人公。そして、イベントやストーリーの中で度々現れるベアトリス。
彼女はゲームの中で悪役令嬢とされているが、自分の婚約者が誑かされていることを考えると、当然の反応と考えられる発言と行動をしていた。だが、ベアトリスの去り際はほぼ必ずと言って良いほど主人公が足を引っ掻けられたり、背中を押されたり、転んだりと何かしらの表現がされていた。
「わたくしが知るベアトリス様は、そんなことなさらないわ……」
それに、よく文章を読んでいると明確にベアトリスの行いだとは書かれておらず、彼女の仕業だと匂わせる程度の表現になっていた。
リリアンが最後のストーリーログを読み終えると、“本編を進めますか?”という質問が現れた。
ストーリーログで大体の事情を把握したリリアンは、思いきって“はい”を選択する。
ジジジッ……
画面に砂嵐が吹き荒れる。
本来、カレラブにそういった演出は存在しない。だが、何も知らないリリアンはそのままエンディングに向かって物語を進めていく。
ゲームに変化が起ころうとしていた。




