6 婚約者、アルバートの変わる努力
翌日になると、リリアンが話の続きをするためにベアトリスを一人で訪ねたことが早速噂になっていた。だが誰もその内容までは知らないらしい。リリアンがはぐらかして答えなかったようだ。
それから数日間、生徒たちはリリアンとベアトリスに様子を窺う視線を寄越していた。おそらく、ベアトリスがリリアンに謝罪するか気になっているのだろう。
だが何も起こらない。それどころかリリアンを気にかけていた筈のアルバートが、ベアトリスを気に掛ける素振りを見せている。
「ベアトリス、今日も妃教育だろう? 放課後迎えに行くよ」
「これからは昼食も一緒に食べないか?」
「君の好きなそうな本を見つけたんだ。良かったら読んでみてくれ」
といった具合に誘われて、その度に遠回しに断ろうとするベアトリス。だが、婚約者であり王太子である彼の誘いを理由もなく何度も断るわけにはいかない。
最終的には押しきられる形でベアトリスは誘いを受け入れていた。
「殿下。無理してわたくしに気を遣わなくて大丈夫ですよ。いつもお城には侯爵家の馬車で向かっていましたし、昼食も今まで一人でしたから問題ありません」
王城へ向かう馬車の中、ベアトリスはアルバートにそう伝えた。すると彼は一瞬、驚いた表情をして、それから罰が悪そうにこう返す。
「そうだな。……気を遣っているか、いないかで言えば私はベアトリスに気を遣っている。だが無理はしていない。私は君を傷付けてしまった分……いや、それ以上に君を大切にしたい。そう思っているからね」
「っ」
“傷付けた”と言う自覚がアルバートにあったことにベアトリスは驚いた。それと同時に“大切にしたい”と言われて、不覚にもドキッとしてしまう。
だけどそれは婚約者としての義務感、それから婚約解消騒動の罪悪感から来るものだろうと思い至って心が沈む。そんなベアトリスに気付いてかは不明だが、アルバートは言葉を続けた。
「ベアトリスが私に不信感を抱く気持ちは分かる。だから、私は君の信頼を取り戻すために変わる努力をしているところだ。少しずつでいい。私を許してくれないだろうか?」
それを聞いて、ベアトリスの脳裏に以前アルバートから言われた言葉が甦る。
『私はこれから変わる。……変わる努力をする。だから傍で見ていてくれ。君じゃなきゃ駄目なんだ。ベアトリス……』
殿下は……本気で変わろうとしてくださっているの?
期待するかのように、ベアトリスの胸に温かい気持ちが広がっていく。
すぐには無理でも彼を信じてみても良いのかもしれない。
ベアトリスがそう思い始めていた、その矢先のことだった。クシールド伯爵令嬢とネヴィソン子爵令嬢が学園でベアトリスを訪ねてきたのは。
「ベアトリス様! 王太子殿下にリリアン様と関わらないように迫られましたわね!?」
「お昼休みにリリアン様が教えて下さいましたわ! 王太子殿下から“二人きりでは話せない”と言われたと!!」
授業終わりに二人が勢い良く席を立ったかと思うと、ベアトリスに詰め寄ってきた。
「……ええと、殿下にリリアン様と関わらないようお願いしたことはありませんが、二人きりで話さないように気を遣うのは、婚約者がいる身として自然なことではありませんか?」
当たり前のことを問い詰められて、ベアトリスはキョトンとしながら答えた。
「なっ!? 殿下とリリアン様は真面目に学業に励んでおられましたのよ!? ベアトリス様はそれに嫉妬してリリアン様に嫌がらせを行ったのでしょう!?」
「殿下に愛想を尽かされた腹いせで八つ当たりだなんて、酷いですわ!!」
確かに、わたくしが殿下に愛想を尽かされたという噂はどこかで耳にしましたわね。と、ベアトリスは最近耳にした自分の噂を思い出す。
「真剣に学業に励むうちにお二人がお心を通わせるのは必然! それをベアトリス様が嫉妬なさっただけですわよね!?」
「ベアトリス様の行いでリリアン様がどれほど心を痛めていらっしゃるか分かりますか!?」
段々と早口になっていく彼女たちを落ち着かせるよう、ベアトリスはゆっくり話しながら二人の言い分を整理する。
「つまり、アルバート王太子殿下が婚約者のわたくしを差し置いて、リリアン様と心を通わせた結果、浮気されたと仰いたいのかしら?」
ベアトリスが尋ねると、クシールド伯爵令嬢が顔を真っ赤にした。
「う、浮気ですって!? リリアン様と殿下は真実の愛を見つけられたのです! 浮気ではありませんわ!!」
「……」
アルバート王太子殿下には、わたくしという婚約者がいる。にも拘らず、“真実の愛を見つけた”と仰るのなら、それはもう……浮気ですわね。
ベアトリスは笑顔を張り付けながら冷静に判断する。
「第一、人に嫌がらせを行うような方が王太子殿下の婚約者だなんて、おかしいですわ!!」
「その通りよ! ゆくゆくは王太子妃、そして王妃になる女性にはリリアン様のように理不尽に立ち向かう強く優しいお方が相応しいですわ!!」
ベアトリスは二人から睨み付けられる。
気が付くと周囲の生徒たち数名がベアトリスに軽蔑と嫌悪の視線を向けていた。