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婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!  作者: 大月 津美姫
4章

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59 いつかのエピソード~檻の中のベアトリス~

「これは、なんの真似です?」


 ベアトリスは怒りを宿した瞳でアルバートを振り返る。


「決まっているだろう。君を尋問するためだ」

「尋問ですって?」

「あぁそうだ。君は遠縁とはいえ、隣国の王家の血を引いている。そして、妃教育でこの国の中枢の知識を手に入れたんだ。そんな君に国外逃亡されては困る。それぐらい分かるだろう?」


 つまり、アルバートや王家はベアトリスを監視下に置きたいということだ。


「ふふふっ……」


 逃げ場を失ったベアトリスは自嘲気味に笑う。


「……殿下は最初から、今日の夜会でこうするつもりだったのですね」

「当たり前だ。婚約者に危害を加える人間を野放しにする訳がないだろう」


 何かがおかしい。


 ベアトリスは婚約解消を打診される少し前から、薄々違和感を感じていた。

 ベアトリスがリリアンに危害を加えた事実は何処にもない。それなのに何故か周囲はリリアンの言葉に耳を傾け、ベアトリスを非難した。こうして噂だけが独り歩きして、ベアトリスの立場を追い込み、とうとうここまで来てしまった。


 ベアトリスは数日前から、フランクに“夜会には出席しないでほしい”と、何度も言われていた。


『君のためなんだ! 頼む!!』


 心配してくれていた幼なじみの顔がベアトリスの頭に浮かぶ。

 生徒会の一員であるフランクはこうなることを知っていたのだろう。そして止めようとしてくれていた筈だ。だけど、それが叶わなかったから直接ベアトリスに夜会の参加を見送るよう言ったのだ。


 フランクを除く、生徒会のメンバーがアルバートとリリアンの傍に集まる。

 彼らがベアトリスを突き刺すような鋭い視線を送ってきた。夜会で騒ぎを起こしている同じ生徒会メンバーのアルバートとリリアンの肩を持つということは、最初からこの茶番劇は生徒会が予定の一部として組み込んでいたのだろう。


 わたくし、やましいことは何もしておりませんのに。生徒会の皆さまからこんなに嫌われていましたのね。


 こんなことならフランクが言っていた通り夜会に参加しなければ良かった、と思ってしまう。だけど、それはアルバートとリリアンから逃げるみたいでベアトリスは嫌だった。だから夜会に参加した。

 そんなベアトリスを唯一助けようとしてくれたフランクは今日に限って体調不良らしく、今朝から姿が見当たらない。


「連れて行け」


 アルバートの無情な声が響くと、騎士たちがベアトリスへ距離を詰め、無抵抗の腕を掴んで縛り上げた。痛いぐらいの拘束にベアトリスは一瞬顔をしかめる。


「洗いざらい全て話してもらうつもりだ。覚悟しておくように」


 アルバートの冷たい視線に見下されたベアトリスは自由を封じられている。だが、彼女は侯爵令嬢として毅然とした態度で言葉を返す。


「わたくしは何もしていないのですから、話すことは何もありませんわ」

「強がれるのも今のうちだ」


 その会話を最後にベアトリスは王家が管理する収容施設へ雑に連行された。中でも環境が一番劣悪な檻にベアトリスは入れられた。


 それでも彼女は希望を見いだして心を強く保つ。


 大丈夫。きっと、お父様がわたくしの潔白を証明してくださるわ。それに、王妃様はわたくしを認めてくださっていた。だから、婚約解消のことも残念に思ってくださっていたし、婚約を解消した今でもリリアン様を差し置いて、わたくしをお茶に誘ってくださっているんだもの。

 それでも両親や王妃様、それからティルダ様とエルバート様には心配を掛けているのでしょうね。


 ベアトリスは自分を大切にしてくれる親しい人々の顔を思い浮かべると、心が痛くなった。


 ここを出たら心配を掛けてしまったこと、皆さまに謝罪しなくてはいけませんわね。

 特にフランク様にはお礼も沢山しなくちゃ。


 その日、ベアトリスは人生で初めて硬い床で眠った。そして次の日から早速尋問が始まった。ベアトリスは尋問担当騎士に事実を語る。だけど、騎士はベアトリスの言葉を信じない。


「嘘を吐くな! こちらはベアトリス嬢の悪行を全て把握しているのだぞ!!」


 そんな風にベアトリスが何を言っても「それは嘘だ!」と否定される。おまけに、食事の時間になっても何故かベアトリスには水のみが配られ、食事が一切配膳されない。それを見回りにきた看守や尋問の時に騎士に訴えても「嘘を吐くな!」と怒鳴られるだけだった。


 施設へ収容されてから食事にありつけなくなったベアトリスは、あっという間に気力と体力を奪われた。そして、四日目は立つことすら難しくなっていた。

 引きずられるように尋問室へ連れて行かれたベアトリスは、尋問を担当する騎士が何か話していることだけは理解できた。だが、それだけだった。


 五日目。ベアトリスはとうとう力尽きて起き上がれなくなった。硬い床に身体を預けて、虚ろな瞳で天井を見つめる。


 わたくし、死ぬのかしら?

 施設の外は今どうなっているの? お父様、お母様は? 夜会の日に欠席していたフランク様は元気になったかしら? 王妃様やティルダ様、エルバート様はわたくしを心配されている?

 それから、それから……


 ベアトリスの脳裏に何故かアルバートの顔が浮かぶ。


「っ……!」


 ベアトリスをここに放り込んだ張本人にして、ベアトリスに婚約解消を言い渡した。それでも幼い頃はベアトリスを助けてくれた。優しくて大好きな王子様だった。


 でも、もう好きじゃない。その筈だ。それなのに一度アルバートを思い出すと、ベアトリスの枯れた筈の涙が溢れてくる。


 どうして? 彼には酷いことを言われたのに。今だって、彼の指示で酷い仕打ちを受けているのに。何故わたくしはアルバート様を嫌いになれないの?


 静かに泣くベアトリス。そんな彼女の檻がチャリと音を立てて開けられた。


「処刑の時間だ。出ろ」

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◇完結済みの連載作品はコチラ
悪役令嬢にされてしまった公爵令嬢は未来の旦那様を探す旅に出たい〜それなのに、婚約破棄だと言ってきた王太子殿下が止めてきます〜
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