56 リリアンにとっての現実とゲームの世界
病室に戻ったリリアンは母親の言葉が引っ掛かっていた。
『そんなのどこで覚えたの? もしかして、貴女が最近ずっとやっていたゲームで??』
「ゲーム……」
リリアンにとって“ゲーム”と言えば、パッと思い浮かぶのはトランプなどのカードゲーム、それから身体を動かす遊びやスポーツの試合といったものだ。
だが、“ゲーム”という単語を呟いた途端、リリアンの頭の中にそれらとは別の物が浮かんだ。それは両手を使って操作する小さな板のような物だ。凛々亜にとって“ゲーム”と言われて真っ先に思い浮かぶ物は、ゲームをするための機械本体のことらしい。
……凛々亜がずっとゲームをやっていたなら、何処かにある筈、よね?
リリアンは側に置いてあった家具の引き出しを上から順番に調べようとして、最初に開けた引き出しの中に目的の“それ”を見つけた。
探し回ることも覚悟していたが、あまりにもあっさり見つかって、リリアンはクスッと笑ってしまう。
ゲーム機の隣には可愛らしい絵が描かれたゲームのパッケージとパンフレットも入っていた。
パッケージのタイトルには『彼と紡ぐLOVE STORY』と書かれていて、パンフレットの方は「カレラブ新シリーズ発売決定!!」と大きな文字で書かれていた。
どうやら、このパッケージの中にある“カセット”と呼ばれる小さな板を本体のゲーム機に差すと、パッケージに描かれている内容を楽しめるらしい。
リリアンは一目見ただけで、凛々亜の持っていた知識からゲームの楽しみ方を理解した。だが、気になるのはそのパッケージに描かれた絵だ。何故か見覚えがある気がして、リリアンは目を凝らす。
「……これって」
思わず裏面をひっくり返すと、主要キャラクターの紹介が美しいイラスト付きで簡単に載っていた。
【攻略対象キャラクター】
ラドネラリア王国の王太子、アルバート
エセッレ公爵令息、フランク
サルア伯爵令息、トレヴァー
バルテセル子爵令息、マキシミリアン
「……やっぱり! 気のせいじゃないわ!!」
アルバートとフランクはリリアンが王城で開かれたお茶会で実際に会った人物だ。そして、マキシミリアンはカモイズ伯爵邸で開かれたお茶会で一度見かけたことがあった。
パッケージではリリアンの記憶に新しい彼らよりも大人びて描かれているが、何処と無く面影がある。
他にもパッケージにはアルバートの弟として、エルバートという名前があった。彼はリリアンの知るアルバートに良く似た顔をしている。アルバートと九歳差というエルバートは、リリアンがいた世界ではまだ生まれていない。何しろリリアンたちはまだ八歳だからだ。
ここに書かれている内容が本当なら、王妃様はもうエルバート様を身籠られている可能性があって、あと一年程でアルバート様に弟が出来るということ!?
自分がいた世界の未来を予期させる情報にリリアンは驚いた。だが、最後のキャラクター紹介が目に入った瞬間、言葉を失うほど驚いた。
【ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢】
リュセラーデ侯爵令嬢、ベアトリス
「っ!?」
ベアトリス様が悪役!?
「どうして!? ベアトリス様はとっても素敵な方なのにっ!!」
憧れの人を悪く書かれていて、リリアンは心をざわつかせた。そもそも、凛々亜が夢中になっていたゲームは、何故かリリアンがいた世界が舞台になっている。
これは一体……どういうこと?
リリアンは混乱しながら、もう一度パッケージを見る。そして主人公には名前がないことに気が付いた。どうやら自分で自由に名付けられるらしい。だけど、そこには“カモイズ伯令嬢”と記されていて、描かれていたのは──
「もしかして、これは未来のわたくし……なの?」
アルバートたちと同様に主人公の絵は何処か自分に似ている気がした。
まさか!? と、信じたくない思いが溢れて、気持ちが追い付かない。リリアンは目を泳がせながらも、暫くそのパッケージから目が離せないでいた。
「あ! いたっ! 凛々亜ちゃん!!」
明るい声が凛々亜を呼んだことで、リリアンは弾かれるように顔を上げた。
「えっと、……貴女は誰?」
歩み寄ってきた女の子にリリアンが問いかけると、彼女は苦笑いを浮かべる。
「凛々亜ちゃんが記憶喪失って話、本当なんだね」
「……ごめんなさい」
リリアンは反射的に謝ってしまう。すると彼女は「別に良いよ。気にしないで」と笑った。
「私の名前は愛依。凛々亜ちゃんとは入院仲間で、ゲーム仲間だよ!」
そう言うと彼女はにっこりと笑って、背中に隠し持っていたゲーム機を見せた。




