51 カモイズ伯爵夫人に会うために
後日、ベアトリスは正体を隠してフローレンス孤児院を訪ねていた。
子どもたちと“また直ぐ会いに来る”と約束はしたが、今日のベアトリスは子どもたちに会いに来た訳ではない。そのため、協力者である孤児院の職員以外には気付かれないよう、目立つブロンドの髪は一纏めにして出来るだけ隠していた。そして、顔はなるべく扇子で覆い隠して外部の関係者を装い、施設見学をしているフリをする。そんなベアトリスの隣にはこれまた正体を隠したアルバートの姿もあった。
ベアトリスたちが何故こんなことをしているかと言うと、カモイズ伯爵夫人がフローレンス孤児院に通っていると、施設長から聞かされたからだった。
カモイズ伯爵夫人はベアトリスが倒れた数日後から頻繁にフローレンス孤児院へ通っているらしい。眠ってしまったベアトリスの代わりに。そして、以前リリアンが孤児院に迷惑を掛けてしまったお詫びとして、支援させて欲しいと自ら名乗り出たそうだ。
リリアンの母親ということもあり、最初は施設長も夫人を警戒していたという。だけど、リリアンが迷惑を掛けたあとも彼女は孤児院を訪ねて丁寧に謝罪していた。
そして現在、何度も孤児院に通う夫人は真剣に子どもたちと向き合っている。そうやって、カモイズ伯爵夫人の人柄姿を目にした施設長は夫人の本気を確信した。
そこで、施設長はベアトリスの訪問日が確定する前に、カモイズ伯爵夫人にベアトリスが孤児院の訪問日程を調整していることを伝えて、一度会ってみないかと提案したそうだ。
だけど、彼女は首を横に振った。
『わたくしはベアトリス様に会わせる顔がありません。それに、ベアトリス様も加害者家族のわたくしに会いたいとは思わないでしょう。彼女は王太子殿下の婚約者です。犯罪者の家族が気軽に会って良いお方ではないわ』
そう答えた夫人に、自分がここへ通っていることも秘密にするようお願いされたらしい。
だけど、頻繁に施設へ通うカモイズ伯爵夫人は日に日に元気をなくしているように見えるという。本人は隠しているが、彼女は何か後悔にさいなまれているようだと職員たちは感じていた。
だからあの日、施設長は内密にベアトリスに相談したのだ。
加害者家族であるカモイズ伯爵夫人と会ってみたいと思うかは勿論、夫人が気にされていた王太子の婚約者であるベアトリスを孤児院側が勝手にカモイズ伯爵夫人に会わせて良いのかを含めての相談だった。
流石のベアトリスも自身の立場を考えると、罪人として勾留されているリリアンの家族と勝手に接触して良いのか悩んだ。だけど、ベアトリスはカモイズ伯爵夫人と会ってみたいと思っていた。
カモイズ伯爵夫人とは夜会で何度か会ったことがあり、ベアトリスは彼女の丁寧で洗練された振る舞いを見てきた。施設長が言うように、夫人は真面目な人だ。
そんな彼女の娘であるリリアンが何故魔女の秘薬に手を染め、ベアトリスに危害を加えたのか? リリアンはカモイズ伯爵夫人に育てられた令嬢としては、違和感のある令嬢に思えたからだ。
それに、ベアトリスの代わりに孤児院を支援してくていたことのお礼もしたかった。だから、悩みはしたものの、ベアトリスは直ぐに心を決めた。
翌日、ベアトリスは王城へ向かう馬車の中で早速アルバートに相談を持ち掛けた。すると、アルバートもカモイズ伯爵夫人に会ってみたいと言う。
『実はリリアンへの尋問が難航していて、有力な証言を得られていないんだ』
『そうなのですか?』
『あぁ。……ベアトリスには黙っていようと思っていたが、彼女は未だに要領を得ない発言を繰り返している。一度薬物中毒も疑って検査したが、問題はなかった。だから、何かリリアンが話してくれる手がかりがないか探していたところなんだ』
『ですが、アルバート様は公務が溜まっているのでは?』
元々、昨日の孤児院もアルバートはベアトリスに同行したがっていた。だけど、アルバートには公務に集中してもらって、少しでも彼の負担を減らそうと、ベアトリスはケイティとジェマに同行を依頼したのだ。
アルバートの負担が増えてしまえば、せっかくのベアトリスの気遣いも半分意味を失ってしまう。そう思ったベアトリスだったが、意外な答えが返ってくる。
『リリアンの件が解決すれば、結果的に毎日捌く書類の数が減る。解決の糸口があるかもしれないなら、向かわない手はないよ』
そんな事情から、アルバートも同行することになった。
ベアトリスたちは施設の中から、中庭で子どもたちに囲われて楽しそうに話をするカモイズ伯爵夫人の姿を見る。
子どもとの接し方が上手いのだろう。夫人は主に女の子たちから慕われているように見えた。彼女の姿を見れば、子どもたちと向き合っていることが分かる。
暫くして、子どもたちのお昼寝の時間が近づいたため、ベアトリスたちは一度馬車へ戻った。そして、ベアトリスは髪をほどいて普段の身なりに戻ると、施設の職員が呼びに来てくれたのを合図に、別の馬車に乗っていたケイティとジェマ、それからリリアンの尋問を担当している騎士を連れて施設内へ戻った。
ケイティたちを連れてきたのは、リリアンの傍にいた彼女たちなら、話の中で何か気付くことがあるかもしれないからだ。それに、リリアンに裏切られたようなものである彼女たちには、リリアンに関する話を聞く権利がある筈だと、ベアトリスは考えていた。
いよいよその時が来たのね。
ベアトリスは気を引き締める。ケイティたちも表情を固くしていて、緊張しているようだった。
ベアトリスたちは職員の案内で施設の奥へと進む。そして、ある部屋の前で立ち止まった職員がノックすると、中から「どうぞ」と声がした。
「失礼します」
部屋に入るとソファーに腰かけていたカモイズ伯爵夫人が驚き顔で立ち上がった。
「アルバート王太子殿下!? それに、ベアトリス様まで!?」
カモイズ伯爵夫人が部屋の中にいた施設長へパッと視線を向けた。
「申し訳ありません。やはり、黙っているのはカモイズ伯爵夫人とベアトリス様のためにも良くないと判断して、相談させて頂きました」
深々と頭を下げた施設長にカモイズ伯爵夫人は「別に施設長を責めたわけではありません。少し驚いただけです」と落ち着いて告げると、ベアトリスたちに向き直る。
「アルバート王太子殿下並びにリュセラーデ侯爵令嬢、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。カモイズ伯爵の妻でございます」
夫人の丁寧な挨拶を受けてベアトリスたちも丁寧に挨拶を返した。そして、後ろにいたケイティとジェマを呼び寄せると、夫人は彼女たちとも挨拶を交わす。
「突然、大勢で押し掛ける形を取ってしまい、申し訳ありません。カモイズ伯爵夫人はわたくしが孤児院を訪問出来なかった間、孤児院を支援してくださっていたとお聞きしました。ですので、直接お礼を言いたいと思っていたのです」
そこで言葉を区切ると、ベアトリスは一礼する。
「夫人のお心遣いに感謝申し上げます」
「いえ、……わたくしはお礼を言われるようなことは何もしていません。娘が犯した罪でご迷惑をおかけしたので、少しでも償いになればと思った次第です」
「夫人、私はそのことで貴女に話をお聞きしたい」
アルバートが前に出て、カモイズ伯爵夫人に訴え掛ける。
「現在、あなたの娘はここにいる尋問担当の騎士に対して、要領を得ない発言を繰り返しています」
アルバートが簡単に尋問担当の騎士を紹介すると、騎士がサッと一礼した。
「彼女の聴取が進まないため、刑罰の確定は愚か、余罪の確認も進んでいません。どうか、夫人のお力をお借りできないでしょうか」
アルバートの言葉にカモイズ伯爵夫人は一瞬、息を呑んだ。
「っ、……そうでしたか。ですが、わたくしの力を借りたいと言われても、何が出来るのでしょう」
「夫人から見た彼女のことを教えて下さい」
「え? ……そんなことで良いのですか?」
「はい。尋問する人間の生い立ちや性格を知ることは、解決の糸口に繋がる可能性があります」
アルバートの言葉を耳にして、夫人は少し考える素振りを見せた。だけど、大きく息を吸うと「分かりました」と頷く。
「わたくしの話が参考になるか分かりませんが、お話しします。あの子と仲良くしてくれていたケイティ嬢とジェマ嬢を連れていらっしゃったのも、そのためでしょうし」
了承してくれた夫人にベアトリスとアルバートはお礼を告げると、ベアトリスたちは室内に用意されていた席に着く。
「先ずは、皆さまに大変なご迷惑を掛けてしまったこと、あの子の母として心から謝罪します。本当に申し訳ありません」
ベアトリスたちはカモイズ伯爵夫人の謝罪を受け入れた。
騎士団の調査の結果、今のところ伯爵家自体は今回の件に関わっておらず、リリアンの単独計画だと言われている。伯爵夫人は罪に問われるようなことはしていないが、自分の子が犯した罪の大きさ故に、親として世間から非難を浴びていた。
「カモイズ伯爵夫人のお気持ちは十分伝わっています」
ベアトリスが微笑みを向けると、夫人の表情が和らいだ。
「何から話せば良いのか分かりませんが、あの子のこと、お話しします」
そう前置きして、カモイズ伯爵夫人はリリアンのことを語り始めた。




