49 また直ぐ会いに来る約束を子どもたちと
一週間後、ベアトリスは予定通り孤児院を数件訪ね回っていた。但し、一人ではない。
ベアトリスは復学してから全ての授業が終わるまで学園内でいつも傍にいてくれるケイティとジェマに、思いきって相談したのだ。孤児院を訪問したいが、心配性のアルバートが一人で行くことをまだ許してくれない、と。
『それでしたら簡単に解決できますわ!』
頼もしく胸を張るケイティにベアトリスが『まぁ! 本当ですか!?』と食い付くと、二人は声を揃えてこう言った。
『わたくしたちがベアトリス様にお供致します!!』
そんな訳で、ベアトリスの手伝いという形でケイティとジェマも孤児院の施設での話し合いや、子どもたちの遊び相手をしてくれることになった。
子どもたちの方も珍しくベアトリスが連れてきた友人に興味津々で、ケイティたちは元気な子どもたちに振り回されていた。
孤児院を数件回り終えたベアトリスたちは、最後の訪問先であるフローレンス孤児院に到着した。すると、久しぶりのベアトリスの訪問に気付いた子どもたちが「あっ!」と声を上げて駆け寄ってくる。
「ベアトリス様!!」
「本当にベアトリス様だぁ!!」
「どうして先月は遊びに来てくれなかったの?」
「ずっと待ってたんだよ?」
「僕たちのこと嫌いになっちゃった?」
続々と集まってくる子どもたちが、次々に言葉を発する。
「みんな、心配掛けてごめんなさい。少し忙しくしていて、来るのが遅くなってしまったの。みんなのこと、嫌いになったりしないわ」
子どもたちを心配させないように、ベアトリスは“忙しくしていた”と嘘を吐く。
施設長たちはベアトリスが記憶の秘薬を飲まされたことも含めて、来られなかった理由を知っている。そのため、話を合わせてもらっていた。
「ねぇねぇ、お姉さんたち、誰?」
一人の女の子が、ベアトリスの後ろからやってきたケイティとジェマに目を向けていた。
「彼女たちは、わたくしの学友よ」
ケイティたちは簡単に自己紹介を行った。すると、早速元気な子どもたちがケイティとジェマの手を引いた。
「お姉さんたちも遊ぼう!」
「今日は鬼ごっこがいい!!」
誰かが言い出した一言で、周囲はあっという間に鬼ごっこの流れになる。
まだ走れるほど身体が回復しているか分からないベアトリスは「え……」と、固まってしまった。だが、それはベアトリスだけではない。貴族令嬢は普段走ることなんて、余程のことがない限り滅多にしないからだ。
「みなさん、ベアトリス様たちはここに来るまで他の施設も訪ねていてお疲れです。走る遊びはいけませんよ」
施設長の一言に「えぇ~」と不満げな声がする。その一方で、「じゃあ」と別の案を提示する子が出てきた。
その後、ベアトリスたちは遊びたい内容ごとに各々分かれて、子どもたちの相手をした。施設長のお陰で走ることを回避できたベアトリスたちは内心ホッとした。
お茶の席が完成する頃合いを見て中庭のテーブルに集合すると、ベアトリスは子どもたちから前回読んだ本の読み聞かせの続きをせがまれた。
前回読んだ本をマリーナがベアトリスに渡してくれる。それは町で流行っている子ども向けの冒険譚だ。今のベアトリスは読み聞かせをした覚えがない本だが、以前、次の読み聞かせ候補として、探し集めた中にこの本があったことは覚えている。
孤児院を訪ねる前にベアトリスは本の内容をチェックしたが、幸いにも栞を挟んでいるため、どこから読めばいいかは直ぐに分かった。読み聞かせる側として、前回読んだ所まで予習したベアトリスは男の子は勿論、女の子も楽しめそうな内容になるほどと感じた。
ケイティやジェマも子どもたちの間に座って、みんなでお茶とお菓子を楽しみつつ、物語の中に入り込む。子どもたちはドキドキワクワク、時にハラハラしながら耳を傾けてくれた。
ベアトリスは読んでいる途中で夢の世界へ旅立ってしまった子を数人確認すると、キリが良いところで読み聞かせをやめた。本の厚みでいうと、もう少しで半分に差し掛かりそう、といったところだろうか。
「今日はここまで。続きはまた今度ね」
「えぇ~! また良いところで終るの?」
「早く続きも読んで!!」
せがむ子どもたちに「それは次に来た時のお楽しみよ」とベアトリスは微笑む。すると、子どもたち数人がシュンと肩を落とした。
「ベアトリス様。……今度はまた直ぐに来てくれるよね?」
「もう来ないのかと思って、……寂しかった」
「次も絶対に来てね?」
「っ、……みんな……」
記憶の秘薬を飲まされて眠ったり、リハビリしていた間、わたくしはこの子たちをこんなにも不安にさせてしまっていたの?
想像していたよりも寂しい思いをさせていたことが分かって、ベアトリスは少し胸が苦しくなる。
「勿論、また直ぐ会いに来るわ」
ベアトリスは柔らかく微笑んで答えた。
「ケイティ様とジェマ様も、また来てくれる?」
「えっ!? わたくしたちですか?」
突然話題を振られた二人は驚いた顔で助けを求めるようにベアトリスを見た。恐らく、次も一緒に同行して良いかを尋ねられているのだろう。ベアトリスとしても、今日はケイティたちに沢山助けられた。何より、子どもたちが望んでいるのなら断る理由はない。
ベアトリスが頷くとケイティが答える。
「分かりましたわ。ベアトリス様と一緒にまた来ますね」
「本当? ベアトリス様もケイティ様もジェマ様も! 絶対だよ!? 約束だよ!?」
「えぇ。勿論ですわ!」
ベアトリスは子どもたちにまた直ぐに来ると約束をした。
その後、子どもたちのお昼寝の時間がやってきた。ベアトリスたちは施設の職員と共に、既に眠ってしまった子や小さな子たちを施設の中に誘導する。
それが一通り終わった頃、施設長が控え目にベアトリスに声を掛けてきた。
「ベアトリス様、少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
普段と違い、言い難そうに切り出した施設長の表情は固かった。それを珍しく思いながら、ベアトリスが了承すると、別室に案内された。




