46 ベアトリスに関する二つの噂
「やぁ、ベアトリス。学園生活初めてのお友だち作り、おめでとう」
食堂で会ったフランクは開口一番にベアトリスにそう告げた。
アルバートたちが食堂へ向かう途中で一緒になったらしいトレヴァーが、提示された話題に興味津々といった様子でベアトリスを見る。
「どうしてフランク様がそのことをご存知なのです? というか、お友だち? ……で、いいのかしら??」
ベアトリスが困惑していると、他の当事者である二人が「あら」と声を上げる。
「少なくともわたくしたちはそう思っておりますわ」
そう言ったクシールド伯爵令嬢は「ね」とネヴィソン子爵令嬢と顔を見合わせて微笑み合う。
いつも食堂で集まっているベアトリスたち三人に加えて、今日は初めてお昼を共にする面子が三人も増えた。そのため、ベアトリスたちの席は珍しい組み合わせになっている。
といっても、記憶を失ったベアトリスにとっては学園でアルバートとお昼を過ごすこと自体が久しぶりだった。加えて、これ程大人数で学食を共にするのも初めてだ。それぞれ好みのランチメニューを食べながらベアトリスはフランクたちに言われた言葉を反芻する。
わたくしがクシールド伯爵令嬢とネヴィソン子爵令嬢とお友だち……
慣れない響きにベアトリスの心がふわふわする。だけど、嫌じゃない。寧ろ嬉しい気持ちだった。
今日は朝から小さな幸せが幾つもベアトリスの元に舞い込んでいて、久しぶりの学園生活が鮮やかに彩られていく。
「授業が終わる度にベアトリスたちの話題が聞こえてきてね。自然と耳に入ってきたよ」
「……まさかの組み合わせには驚いたが、耳に入った噂はそれだけではないだろう」
フランクに続いて、アルバートが不機嫌な声でそう言うと、「まだ怒っているのかい?」とフランクが苦笑いする。
「教室でも謝ったじゃないか」
「何でも謝ったら許す訳じゃない」
「忙しかったのもあるが、ベアトリスが療養していた間のお見舞いは遠慮していたんだ。少しは多めに見てほしいね」
アルバートとフランクが今朝の言い合いをまだ引きずっているのかと思ったベアトリスだったが、ムスッとしているアルバートや少々呆れ顔のフランクから険悪な雰囲気は感じられない。
不満は感じているが、本気で言い合いをしているわけではないと分かってベアトリスはホッとする。だけど、アルバートが“耳に入った噂はそれだけではない”と言っていたのがベアトリスは少し引っ掛かった。
「いやぁ~それにしても驚きましたよ。まさかフランク様がベアトリス様に熱い抱擁をされたなんて」
トレヴァーが夢見心地良な声を上げた。今の一言でベアトリスは噂の内容に気付いてハッと目を見開く。アルバートはというと、これ以上広まってほしくない噂を耳にして、顔が更に不機嫌になっていた。だが、トレヴァーはそのことに全く気付いていない。
今朝フランクと交わしたあのハグをそんな風に言われると思っていなかったベアトリスは恥ずかしさで顔が熱くなる。
「ご、誤解ですわ! トレヴァー様、わたくしたちは幼なじみです。単純にハグをしただけで、熱い抱擁などしていません!!」
ベアトリスが慌てて弁明すると「あれ? そうなのですか?」とトレヴァーがキョトンとして、ベアトリスとフランクを交互に見る。
「勿論ですわ! どなたですの!? そんな風に仰ったのは!?」
「さぁ? どなたでしょう? ですが、皆さんかなり噂されていますよ?」
けろっと答えたトレヴァーにベアトリスは一転してサァーッと顔を青くした。
わたくしはアルバート様の婚約者なのに! 皆さまに誤解されたらどうしましょう!?
今朝、ベアトリスたちのやり取りを見ていた生徒たちが周囲に言いふらしているのかもしれない。
そうだとすれば、もはや“誰が広めたか”は問題ではない。不特定多数が自身の目で見たものを大袈裟に語ったのかも知れないと、ベアトリスは思い至った。そうなれば、アルバートに迷惑を掛けてしまう。
「その噂、わたくしたちも他のクラスの方々がお話しされているのを耳にしましたわ!」
「何でもアルバート王太子殿下とフランク様がベアトリス様を取り合っていたのだとか!!」
きゃー!! と黄色い悲鳴を上げる二人を前にベアトリスは慌てふためく。
「と、取り合い!? ちょっ! わたくしはアルバート様とフランク様に取り合われている訳ではありませんわ」
「あら、それはちょっぴり残念ですわ」
そう言ったネヴィソン子爵令嬢が眉を落とす。
「ざ、残念って……」
「だって、王子様と公爵令息がベアトリス様を取り合うなんて、流行りのロマンス小説みたいな物語で素敵だと思いませんこと?」
そう言ったネヴィソン子爵令嬢と、彼女に同意するようにコクコクと頷いたクシールド伯爵令嬢の瞳はうっとりとして、恋する乙女になっている。
「う、……クシールド伯爵令嬢もネヴィソン子爵令嬢も! 噂話を本気にしないでください!」




