44 アルバートとお揃いの嬉しい気持ち
フランクが去った後、ベアトリスはアルバートに「行こうか」と促されて校舎を目指した。
ベアトリスが目覚めて以来、アルバートは心配性になったらしい。王城で庭園や温室を散歩した時のように、ベアトリスが転ばないよう、いつでも身体を支えられるエスコートしようとした。
だが、流石に人の目がある場所なので、気になったベアトリスは通常のエスコートを所望する。それでも、アルバートとの距離が近いことにはあまり変わりないが、幾分かベアトリスの気恥ずかしさは軽減された。
「アルバート様、先ほどは申し訳ありませんでした。フランク様はわたくしにとって幼なじみとはいえ、わたくしがアルバート様の婚約者である以上、軽率でした」
歩き始めた直後、ベアトリスはフランクとハグを交わしたことを謝罪する。
「いや、あれはフランクの方からしたことだ。ベアトリスに悪気がないことは分かっている。それに、フランクが君を心配していたことも、その時の彼の気持ちも知らない訳じゃない。だからベアトリスが謝る必要はないよ……」
少し歯切れが悪いアルバートは複雑な表情をしていた。
フランクに対して怒りはしたものの、ベアトリスが眠っていた間、アルバートとフランクは生徒会でも一緒に動くことが多かった筈だった。だから、あの場の雰囲気もあって思わずムキになったが、フランクの様子を知っているからこそ、複雑な気持ちになったのだろうとベアトリスは解釈した。
「わたくしが眠っていた間、フランク様は先ほどのように落ち込んでらっしゃったのですか?」
ベアトリスの問い掛けにアルバートは「え?」と拍子抜けしたような声を上げた。思わず、ベアトリスも「えっ?」と聞き返す。
「だ、だって、先ほどいつになく弱々しいご様子だったので……」
頭にハテナを浮かべながら尋ねるベアトリスにアルバートは「……いや?」と首を捻る。そして、生徒会室でトレヴァーも交えた三人で会話していたときのことを思い返す。
「どちらかと言えば、凄く怒っていて怖かったな」
「そうなのですか?」
「私もフランクのあんな姿は初めて見た気がする。だから驚いたよ」
そう言って、アルバートは何やら考え込みだした。
フランク様の様子がいつもと違っていたから、何か思うところがあるのかもしれませんわね。
そう考えたベアトリスは学園の敷地内に意識を向けた。
久しぶりに登校してきたベアトリスに他の令嬢や令息たちは声を掛けて来ないものの、驚いた顔を見せていた。だけど、ベアトリスは学園の様子が以前と少し違うことに気付く。
「何だか……今日は生徒の数がいつもより少ないように見えますわね」
「ん? あぁ……それはリリアンが起した件に関わった生徒が謹慎処分になったからだ」
「えっ?」
ベアトリスは思わずアルバートを見る。そして、自身が記憶の秘薬を飲まされた一件のことだと即座に理解した。何も覚えていないベアトリスだが、被害者とはいえ一応当事者でもある。そのため、申し訳ない気持ちになって視線が下がった。
「そうですのね……」
「最短で二ヶ月の自宅謹慎が設定されている。だから、あと一ヶ月すれば少しは元の学園の様子に近づくと思うよ」
そこまで言って、アルバートが弾かれたように「あっ」と声を上げる。
「だが、君が不安に思うことはない! 彼らはベアトリスたちに直接危害を加えていない生徒だ。それに、ベアトリスに危害を加えた生徒は最長で来年度まで自宅謹慎の予定で進級出来ないことも決まっている。だから彼らが卒業する私たちと学園で顔を合わせることはないよ!」
早口で語るアルバートは慌てた様子だった。不安な思いをさせまいと、ベアトリスを気遣ってくれる。その不器用な優しさにベアトリスは「ふふっ」と笑ってしまう。
「アルバート様が丁寧に教えてくださったから、良く分かりましたわ」
「それなら良かった」
ホッとしたアルバートは落ち着きを取り戻すと、ベアトリスに視線を向ける。
「私は……こうしてまたベアトリスと学園内を歩くことができて嬉しい」
重ねた手がアルバートによって強く握り返される。ベアトリスが彼を見ると、優しい表情をしたアルバートがベアトリスを見つめていた。それは久しぶりのことで、ベアトリスはドキドキと胸を高鳴らせる。
……なんだか、夢みたい。アルバート様がまたわたくしを見て下さっていることが、信じられないわ……
アルバートがリリアンに魅了の秘薬で心を惹かれてからのベアトリスは、学園で孤独になった気分だった。
そう言えば、最初の頃はフランク様がよく励ましてくださったのよね。
「アルバート様……わたくしも──」
“アルバート様と学園内を歩くことができて嬉しいです”
アルバートと同じ気持ちであることを伝えたくなったベアトリスがそう言いかけた時、「アルバート様ーー!!」と大きな声が聞こえてきた。
「トレヴァー?」
淡い水色の髪を振り乱して、トレヴァーがアルバートとベアトリスの元へ走ってくる。
「アルバート様! おはようございます!! 歩いていたらアルバート様たちのお姿が見えて、今日からベアトリス様が復学なさることを思い出しました! せっかくですから、一言お祝いをしたくて走って追いかけてしまいました!!」
「……そうか、それはわざわざありがとう」
アルバートは何か言いかけていたベアトリスの言葉を聞き損ねた。フランクといいトレヴァーといい、タイミングが悪いヤツらだと顔をひきつらせる。
一方のベアトリスは記憶を失っているので、恐らく初めましてであろう青年に目を瞬かせる。
「あの、……殿下、こちらの方は?」
アルバートに尋ねたベアトリスだったが、トレヴァーは食い気味に前に出て自己紹介を始めた。
「初めましてベアトリス様! 生徒会で書記をしているトレヴァーと申します! 本日は復学おめでとうございます!!」
「あ、ありがとう、ございます」
何やら興奮気味のトレヴァーのペースにベアトリスもアルバートも呆気に取られる。だけど、こそこそ噂するだけで話しかけてこない生徒たちに比べると、人懐っこくて元気な方だわ。と、トレヴァーの存在はベアトリスに良い印象を与えた。
こうして、ベアトリスたちは途中までトレヴァーを交えた三人で教室を目指すことになった。
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44話に突入し、『婚冷え』は遂に10万字達成となりした!!
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