42 久しぶりの学園は婚約者のエスコートから
翌日、ベアトリスは予定通り学園へ登校した。
ベアトリスの体感としては約二週間ぶりの学園だが、眠っていた期間を含めるとほぼ一ヶ月も休んでしまったことになる。しかも、ベアトリスの記憶にある学園生活からは四ヶ月も経っている。そう考えると、ベアトリスは通い慣れている筈の学園生活に緊張を覚えた。
ベアトリスの護衛騎士はベアトリスが王城を出た昨日から本格的に護衛を再開している。
彼らはベアトリスが眠りにつき、目が覚めてからリハビリに励んでいた間、二度と同じ失敗を繰り返さないために警護方法の見直しや訓練に励んでいた。
ベアトリスが久しぶりに会った護衛騎士に労いの言葉を掛けると、あの日、危険に遭わせてしまったことに対して謝罪を受けた。そして、学園の中でも、学園の外と同じように先に護衛が狙われるリスクも考慮して警護に当たると誓った。
今まで以上に頼もしくなった護衛騎士を思い出すと、見守られている安心感にベアトリスは少しだけ緊張が和らいだ。
それから暫くして学園に到着した。ベアトリスが馬車を降りるため扉に近付くと、窓ガラス越しにアルバートの姿が見えた。「えっ?」と驚くベアトリスを他所に、扉を開けたアルバートが手を差し伸べる。
「おはよう、ベアトリス」
「アルバート様!?」
アルバートの爽やかな笑顔が朝から眩しい。まさかアルバートがベアトリスを出迎えて、エスコートまでしてくれるとは想像もしていなくて、ベアトリスは驚いた。
「お、おはようございます。……あの、どうしてアルバート様がわたくしをエスコートしてくださるのですか?」
慣れないことにベアトリスは困惑する。ベアトリスが覚えている限りで、アルバートが学園でエスコートしてくれたのは、彼がリリアンを気にかける前、つまり二年生に上がってすぐの頃が最後だった。
あの頃ですら、馬車を降りた先でアルバートが待ってくれていただけなので、馬車のドアを開けて出迎えてくれるなんてことは初めてだった。
そんなベアトリスの心情を察したのだろう。アルバートが言葉を紡ぎだす。
「リリアンが捕まったとはいえ、君のことが心配なんだ。まだ足元だって不安定だろう? それに、……ベアトリスと少しでも長く一緒にいたいから……」
アルバートは照れたのか、最後の一言は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「っ……!」
アルバートの頬がほんのり赤くなっている。ベアトリスは彼のそんな顔を見るのは久しぶりだった。だからなのか、アルバートの恥ずかしさが移ったみたいにベアトリスも顔が熱くなる。
一度は裏切られた相手。それなのに、この数日間でアルバートは忙しい時間の合間を縫ってベアトリスのリハビリに付き合ったり、様々な場面でベアトリスを気遣って、尽くしてくれている。
そんなアルバートの姿にベアトリスは短期間で心を掻き乱されていた。何しろ婚約解消を言い渡されたあの頃とは、態度も言葉も何もかも違っていて、昔のアルバートに戻ったみたいに……いや、それ以上に優しくしてくれるからだ。
だから照れた顔をされると、“アルバート様は本当にわたくしを好いてくれているのでは!?”とベアトリスは思わずにいられなかった。
「……ありがとうございます」
ベアトリスはアルバートの手に自身の手を重ねて、そっと馬車から降りる。ベアトリスは自分でもドキドキしているのが分かって、指先が震えた。
恥ずかしい。でも、好きな人に優しくして貰えて嬉しい。
そんな甘酸っぱい感情がベアトリスの心を埋め尽くす。ふいにアルバートとパチッと目が合って、吸い込まれるように手を重ねたままお互いに見つめ合う。
「二人して、そんなところでいつまで固まっているんだい?」
その声でハッとしたベアトリスが振り向くと、幼なじみが優しい笑顔を見せてこちらに歩いてきていた。




