38 療養中のベアトリス
数日後、ベアトリスはアルバートにエスコートされて庭園を目指していた。アルバートと一緒にいるのは気が引けたベアトリスだったが、これはベアトリスのリハビリのためだった。
ベアトリスが目覚めたあの日、起き上がろうとして身体に力が入らなかったのは、一時的なものと考えていた。しかし、三日目の朝になっても状態が回復しない。そのため、改めて宮廷医に詳しく診て貰ったのだ。
『恐らく、二週間眠っておられたことも一つの要因だと思いますが、記憶の秘薬を飲まされる前に嗅がされた眠り薬の影響を受けていると考えます』
『眠り薬?』
『はい。眠り薬の中に身体に力が入りにくくなる成分が含まれていたようでして、記憶の秘薬の副作用も相まってその効果が長引いているのではないかと』
“兎に角、しっかり食事を摂って、できるだけ身体を動かして様子をみましょう”と宮廷医はベアトリスにアドバイスした。
二週間眠っていたベアトリスの食事は具のないスープから始まった。徐々に細かく刻まれた野菜がそこに足されて、三日目にようやく形のある食事が出てくるようになっていた。
そして、目覚めてから四日目。今日が本格的に身体を動かすその初日で、今に至るという訳だ。
まさか眠り薬まで嗅がされていたなんて……
自分に一体何があったのか? 魔女の秘薬を飲まされるほど誰かに恨まれていたのか? 兎に角、事態は想像しているよりも大事だったのではないかと推測して、ベアトリスは周囲にそれとなく質問したが、誰も答えてくれなかった。
……殿下なら、答えてくださるかしら?
ベアトリスは、身体を寄せて支えて歩いてくれているアルバートをちらりと盗み見る。
婚約解消したがっていた筈なのに、アルバートはベアトリスの身体のことを聞いて、自らリハビリのエスコートを願い出てきたのだ。
ベアトリスは療養のため学園を休んでいる。だが、アルバートは学園で授業を受け、生徒会の仕事をこなし、王城に帰れば公務が待っている。学園の生徒の中では誰よりも忙しい人だ。そんなアルバートの時間をリハビリで奪ってしまうことにベアトリスは気が引けていた。
なにより婚約解消騒動の件もある。そのため、ベアトリスはなるべくアルバートに会いたくないとすら考えていた。だが、見舞いに来たティルダが「兄様にベアトリス様のリハビリでエスコートするよう言いつけましたわ!」と話したことで、これがティルダの根回しだったと判明する。
ベアトリスが部屋のベッドから出て立ち上がるまではマリーナが手伝ってくれた。だが、そこから先は迎えに来たアルバートがベアトリスを支えてここまで歩いて来た。
歩く歩幅や手の位置など、アルバートは細かく気を遣ってベアトリスをエスコートしている。
「……」
アルバート様は、どうしてここまでしてくださるのかしら? わたくしと婚約解消して、リリアン様と婚約したかったのではないの?
そんな疑問が次々に出てきては、ベアトリスの胸をキュッと締め付けた。
「ベアトリス」
考え事をしていたベアトリスは、アルバートに名前を呼ばれてハッとする。
「私のエスコートは、やはり不満だっただろうか?」
「え?」
ベアトリスは突然の質問に戸惑った。
不満がないと言えば嘘になってしまう。だけど、これはティルダ様が根回ししたことだ。
昔、お茶会で初めてアルバートに会った時、ベアトリスがティルダに手を差し伸べたことがきっかけで、ティルダはべアトリスを慕ってくれている。そんな彼女がベアトリスのためにならないことをわざわざするとは考えにくかった。
きっと、ティルダ様には何かお考えがある筈だわ。とベアトリスは彼女の思考を読む。単純にアルバートとベアトリスの会話のきっかけを作りたかっただけかもしれないが、ティルダの考えはベアトリスには分からない。だが、悪いことにはならない筈だ、と信頼していた。
「ティルダ様がそうする方が良いと判断されたなら、仕方ありませんわ」
不満かどうかには答えず、ベアトリスはそう告げた。ベアトリスにとってアルバートと歩きながら会話するのは久しぶりで、何だか不思議な気分になる。
「そうか。……仕方ない、か」
弱々しく呟いたアルバート。その声を聞いたベアトリスは自分が意地悪を言ったような気がして、気まずさを覚えた。




