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婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!  作者: 大月 津美姫
3章

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36 最悪のタイミング

 時は数時間前に遡る。今日でベアトリスが眠って二週間が経っていた。


 アルバートたち生徒会のメンバーはベアトリスを襲った生徒と、魅了の秘薬の被害に遭ったと考えられる生徒の全てから聞き取りを終えていた。

 それにより分かった事実と生徒会の推察を報告書に纏めて、それぞれを学園と国王陛下に提出した。また、秘薬に関する新しい発見については研究機関にも報告書を送った。

 この間に騎士団によってカモイズ伯爵夫妻とその使用人への聞き取りが進んでいた。また伯爵家のリリアンの部屋から押収した香水瓶の中に、魅了の秘薬が入っていたことも明らかとなった。


 調査は順調に進み、騎士団のお陰でアルバートたちの推察はより信憑性を深めていた。

 だが、肝心のリリアンへの尋問は難航している。彼女の興奮状態は落ち着いてきて、喚くことも減ったものの、まだ要領を得ない言葉を発しているらしい。

 それは薄暗く狭い牢獄へ閉じ込められたことによる精神的な問題かもしれない。だが、リリアンに反省の色が全く見えないことから、残念ながら情状酌量の余地はなかった。反省していない罪人にはこの国は一切配慮することはない。それに、彼女は今や王太子とその婚約者を含む大多数の人々に魔女の秘薬を使用した大罪人だ。余程のことがない限り世間は彼女を許さないだろう。


 そういった事情もあって、リリアンから情報が聞き出せていないために、彼女の動機やどこの闇市で魔女の秘薬を手に入れたかについては特定に至っていなかった。


 それでも、生徒たちへの聞き取りが落ち着いたことで、生徒会の仕事は漸く平時に戻りつつある。そんなアルバートは、今は王太子としての公務の方が立て込んでいた。こちらはまだまだリリアン関連の仕事が片付いていないからだ。


 アルバートは書類に目を通してはサインをし、次に進める書類と文字を加えて差し戻す書類に分類していく。

 そこへ慌ただしいノックの音がして、使用人がアルバートの執務室へ入ってきた。


「アルバート様!」

「なんだ? 騒々しい」

「申し訳ございません! ですが、ベアトリス様がお目覚めになりました!!」


 その一言でアルバートは持っていたペンをパタッと机に落とした。

 数秒呆けたあと、急いで立ち上がって動き出す。


「咎めてすまなかった。報告に感謝する」

「すぐご案内致します」


 こうして、侍女と共にベアトリスが滞在する部屋を尋ねたアルバート。だが、その数分後にベアトリスの記憶がどこまであるのかを知って、アルバートは絶望した。


 婚約解消を言い渡したあの日から約三ヶ月半が経っている。だが、ベアトリスにとってあの日のことは昨日の出来事だという。


「っ……」


 であれば、ベアトリスのこの反応も頷けた。

 ベアトリスが記憶の秘薬を口にしたあの日、学園の校医はベアトリスが失った記憶は半年前後と予測していた。


 アルバートはベアトリスが婚約解消を告げる前の記憶までしか覚えていなければ、彼女が傷付かなくて済むと考えたこともある。だが、この三ヶ月半のことをベアトリスにも覚えていて欲しいとも思っていた。

 それは叶わぬ願いであり、半年前後となるとベアトリスは婚約解消の件を覚えていない筈だった。だから、三ヶ月半で二人が築いてきたものとは異なってしまうが、アルバートはそこからベアトリスとやり直そうと考えていた。

 それに、ベアトリスの記憶が婚約解消を言い渡す前まで戻ったとしても、アルバートがリリアンを気に掛けていたことを当時のベアトリスは分かっていた。それでも彼女はアルバートとの関係を保ってくれていたのだ。


 だからそのことをちゃんと謝って、この三ヶ月半のことも正直に話そうと考えていた。

 またベアトリスとの信頼を築き上げようと思っていたアルバートだが、そのハードルはグンッと上がってしまった。

 よりによって最悪のタイミングだ……と、アルバートは頭を抱えたくなった。


 喪失した記憶が少ないのは副作用のせいなのか、校医の予想よりも多くの秘薬を吐き出せたからなのかは分からない。

 本来であれば、ベアトリスが喪失した記憶が想定より少なくて喜ばしいことの筈なのに、アルバートは喜べなかった。


 これも魅了の秘薬のせいとはいえ、婚約者であるベアトリスを蔑ろにしていた自分への罰なのかもしれないと、アルバートは思い始める。


「目覚めたばかりで急に部屋まで押し掛けてすまなかった。私は出直す。だから、今度ゆっくり話をさせてくれないか?」


 ギュッと胸を掴まれたような苦しさを抱えながらアルバートは提案する。だけど、苦しい思いをしているのはベアトリスも同じだった。


 婚約解消を願い出てきたアルバートと今更何を話すのか? 好きな相手が自分とは違うご令嬢を慕っていて、そのご令嬢を新しい婚約者にすると分かっていながら、今更彼と向かい合って話さなければならない事実がベアトリスには苦痛だった。


「……嫌、です」


 ベアトリスは小さな声で伝えた。


「っ、……私はベアトリスの気持ちが落ち着くまで待つ。だから少し考えておいて欲しい」


 酷く辛そうな顔をしたアルバートは「それじゃあ、ベアトリスはゆっくり休んで」と言い残すと、踵を返して部屋を去った。


 残されたベアトリスは心が押し潰されそうな気持ちで一杯だった。

 アルバートは自らベアトリスに婚約解消を提示してきた。婚約解消に応じるのであれば、ベアトリスがリリアンにしてきた行いに目を瞑る、と告げたのだ。


 それなのに、どうしてアルバート様があんなに悲しそうな顔をされるの?


「悲しいのは、わたくしの方なのに……」


 ベアトリスにとって婚約解消の話をされたのは昨日のことで、その日は侯爵邸の自室で涙が枯れるまで泣いた。ずっと慕っていた婚約者に信じて貰えなかった挙げ句、疑いの目を向けられアルバートの心はベアトリスではなく、リリアンに向いていると思い知らされたからだ。

 その時に幼い頃、初めて会ったお茶会でベアトリスを信じてくれたアルバートはもう何処にもいないのだと思った。


 ベアトリスはアルバートに文句の一つも言いたいところだったが、その彼に傷付いたような顔をされては何も言い返すことができなかった。

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◇完結済みの連載作品はコチラ
悪役令嬢にされてしまった公爵令嬢は未来の旦那様を探す旅に出たい〜それなのに、婚約破棄だと言ってきた王太子殿下が止めてきます〜
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