29 魅了の秘薬を巡って深まる謎
「リリアン嬢はどうやって大多数の人間に秘薬を飲ませたのか!? です!!」
既視感のある話題にアルバートは思わず隣のフランクと顔を見合わせた。
「あぁ、うん。……それはさっき君が声をかけてくる前にアルバートと話していた内容だね」
拍子抜けしながらフランクが言うと、トレヴァーが「はい」と大きく頷いて話し始める。
「報告書にも記載しましたが、魅了の秘薬の被害に遭っていた生徒に聞き取りをした結果、誰もリリアン嬢と飲食を伴う行動はしていなかったんです!」
それを聞いてフランクが手元にあった報告書を探る。中からフランクが書いたものを見付けると、簡単に目を通した。
「……確かにそのようだ」
「菓子をプレゼントされた可能性はどうだ? 謹慎中にリリアンがフローレンス孤児院を訪れた際、手作りのクッキーを持ってきていたらしい。菓子なら予め秘薬を混ぜて渡せるだろう?」
アルバートの指摘に「それもありません」とトレヴァーが首を横に振る。
「では、食べ物や飲み物に魅了の秘薬が混ぜられていた訳ではないということかい?」
「はい。それともう一つ。リリアン嬢の魅了の秘薬は効果が出るまでに時間がかかっていることも気になります。本来であれば秘薬を飲まされた人は一日でその相手の虜になる筈なんです」
それを聞いたアルバートは、自身が魅了の秘薬の被害に遭っていた頃を思い返しながら照らし合わせる。
「言われてみれば、私も何度かリリアンと話しているうちに彼女を気に掛けるようになっていた。一日で虜というのは違うな」
「今回の令息たちも、最初はリリアン嬢を避けていたそうなんです。ところが、彼女の近くで過ごしていると段々話し掛けることに抵抗がなくなって、それどころか声を掛けたくなったと言っていました」
「つまり、徐々に魅了されたことになるね。……そこにヒントがありそうだ」
フランクが顎に手をあてて難しい顔をしだした。そんな彼にアルバートは別の疑問を提示する。
「待て。リリアンが何らかの方法で誰彼構わず魅了の秘薬を盛っていたとして、その相手は何故リリアンに夢中になる? そもそも魅了の秘薬とは、どういった原理で特定の人物に魅了される効果が現れるんだ?」
魅了の秘薬とはいえ、秘薬を使った自分以外の相手が必ずその相手に魅了されるというのは都合がよすぎるとアルバートは感じていた。
すると、トレヴァーが「あぁ、それはですね……」と少し顔をひきつらせる。
「秘薬を作る行程で、虜にさせたい人物の体液を材料にするんです」
トレヴァーの回答にアルバートとフランクは「体液……」と同時に呟いた。
「涙でも汗でも唾液でも構わないそうです。体液を混ぜると、飲ませた相手はその人の虜になって必ず落とせるのだとか。もしもその行程を飛ばすと、秘薬を摂取したときに目の前にいた人物に惚れる代物らしいですよ」
アルバートは「うっ……」とえずいた。
知らないうちにリリアンの体液を摂取させられていた可能性があると聞いて、気分は良くなかった。
「トレヴァー。君、魔女の秘薬について随分詳しくないかい? 何故それほど知識があるのか聞いても?」
フランクが疑いを滲ませてトレヴァーを見た。秘薬の材料に体液を使用するなど、作成方法を答えた頃からアルバートもフランクと同じ疑問を抱え始めていた。二人の視線に「それは……」とトレヴァーが口ごもる。
「私の祖母が昔、魔女の秘薬の被害に遭ったらしくて、その時のことを何度も聞かされたからです。ですから、……今回の件で何かお役に立てるのではないかと思った次第です」
少し前までハキハキ話していたトレヴァーがまたモジモジし始めた。どうやら、疑いの目を向けたことで緊張させてしまったようだ。
「そうだったのか。無理やり聞き出すような真似をして悪かったね」
フランクが申し訳なさそうに眉を歪めるとトレヴァーの緊張が少し解けたらしく、表情がホッと和らいだ。
「話がだいぶ脱線してしまったが、魅了の秘薬の摂取方法についてはリリアン本人から話を聞くのが早そうだ」
「本人が嘘偽りなく答えてくれると良いのだがな」
フランクの言葉にアルバートが付け足した。何しろ彼女はみなに嘘を吐いていた前科がある。
フランクは「それもそうだ」と笑いを溢すと、ちらりとアルバートを見た。
「アルバート、リリアンへの尋問がどうなっているかは分かるかい?」
「それなら昨日は興奮状態でまともな回答が得られなかったらしくて、まだ何も。予定通りなら今頃尋問中の筈だ」
「そうか。では暫くは待つしかないようだね」
アルバートは「あぁ」と頷いて話を続ける。
「それと、カモイズ伯爵夫妻にも昨日から聞き取りを行っている。ただ伯爵夫人はかなり気が動転していて、こちらも昨日はそれどころではなかったらしい。だが思い当たる節はあるようで、使用人たちがリリアンを必要以上に甘やかしたり、短期間で数日間の出来事を忘れてしまった使用人が数人いたらしい」
「まさか、使用人で秘薬の効果を試していたのでしょうか?」
顔を青くさせたトレヴァーにアルバートが「恐らくな」と答えると、フランクが大きく息を吐いた。
「今回も王家と協力しながらの調査になりそうだね」
前回、リリアンが謹慎処分になったときですら、生徒会は慌ただしかった。恐らく今回もそうなるだろう。だが前回と違い、今回は違法な品物の製造と売買、大多数への使用に加えて、ベアトリスと護衛騎士に対する暴行の件も含まれている。学園の外のことについては調査隊が組まれるため、アルバートたちは動く必要はないが、学園内部の件は生徒会が中心になって動くことになる。そうなれば、前回以上に忙しくなることは間違いなかった。
そして、アルバートは生徒会長と王太子という立場の両方で動くことになる。
「……休めるうちに休んでおくとしよう」
アルバートが呟くと「そうだね」、「そうですね」とフランクとトレヴァーが同時に頷いた。
彼らは遠い目をして、この先の忙しさに深く溜め息をついたのだった。
~リリアンのとある乙女ゲームのアイテムメモ~
【記憶の秘薬(魔女の秘薬)】
・課金で入手
・攻略対象の親密度を初期状態に戻すことができる
・主に新密度がマイナスになってしまったときやイベントを一緒に過ごしたいキャラが他にいるときに、新密度をリセットしてくれる
【魅了の秘薬(魔女の秘薬)】
・課金で入手
・攻略対象の親密度を上げることができる
・使用後、魅了を使用したキャラと一週間以上関わること無く過ごすと、秘薬によって上がった親密度は少しずつ下がる
【眠り薬】
・ゲーム内コインで入手
・ミニゲームで悪役令嬢を相手に使用できる
・ミニゲームの結果が良ければ、ランダムで記憶の秘薬か魅了の秘薬をゲットできる




