28 トレヴァーから見たリリアンたち
トレヴァーは語る。二年生の彼から見ると、リリアンを巡る人間関係はアルバートたちが思っているより歪だった。
「フランク様も薄々感じていたと思いますが、リリアン嬢は不思議と人を惹き付けるご令嬢でした」
特に三年生の間でそれは顕著だった。
リリアンは特別コミュニケーション力が高いわけでもなければ、特別容姿端麗というわけでもなく、何か素晴らしい成績を修めているわけでもない。平たく言うと平凡な生徒だ。にも拘らず、リリアンの周囲は彼女を誉め称える生徒が多かった。
そして、アルバートたちが二年生に上がって少したった頃、リリアンがアルバートに近付いたことでそれは加速する。
「アルバート様がどのようなきっかけでリリアン嬢と親しくされたのか私には分かりませんが、アルバート様とリリアン嬢が一緒に行動することが増えても、それを咎める人は少なかったですよね?」
トレヴァーの問い掛けにアルバートは過去を思い返しながら口を開く。
「確かにそうだな。……まぁ、一度フランクに注意されたことはあったが、私も当時はただリリアンと話しているだけで何故そんなことを言われるのか、理解できずにいた。だが、今となっては婚約者がいる者と話す距離でなかったことは分かる」
あの頃のアルバートはリリアンと話すのが心地よくて、彼女との時間を待ち遠しく感じていた。それは恋情に近い感情だったとアルバートは記憶している。
ベアトリスに想いを寄せていた筈の自分が、何故彼女にそんな感情を抱いて罪悪感を感じなかったのか。アルバートはそのことが不思議だったが、魅了の秘薬が原因と分かって納得した。
「私しか君を注意する人間がいなかったとは、嘆かわしいことだね」
やれやれという表情でフランクが肩を竦めた。
親友の言葉にムッとしてしまうアルバートだが、面と向かって咎めてきたのはフランクぐらいしかいなかったのは事実だ。
「……それは、悪かったな」
「アルバート様は王太子殿下ですから、直接注意するのはみな気が引けたのでしょう」
そう言ったトレヴァーは「ははは」と苦笑いだ。だが、「ですが」と言葉を続ける。
「人とは話をしたがる生き物だと私は思っています。特にご令嬢はそういった噂話がお好きでしょう」
「それはそうだね。特に社交界は噂が巡るのが早い」
トレヴァーの言葉にフランクが頷いた。
「ところが、この件に関してリリアン嬢とアルバート様の仲を悪く言う人は殆どいませんでした。一年生の一部ではそういった噂もありましたが、先輩方の学年では寧ろリリアン嬢を応援するような声があったと記憶しています。中にはリリアン嬢がアルバート様の婚約者となって王太子妃になるのではないか? とか、リリアン嬢かベアトリス嬢のどちらかを側妃として娶るのではないか? といった噂もありました」
は? と、アルバートは驚きで目を見張る。
アルバートがベアトリスに婚約解消を願い出たのはおよそ三ヶ月半前だ。そして、アルバートが一時期リリアンを正妃にしたいと考え始めたのは半年前ごろ。丁度、学年が三年に上がって直ぐのことだ。
「……私たちが二年の時点でそんな噂があったのか?」
自分の知らないところで、知らない噂が独り歩きしていたことにアルバートはゾクリと寒気を覚えた。
「らしいね。私もずっと不思議だったよ。何故みんながリリアンを応援するのか。同時にベアトリスが悪く言われることも増えていったからね。まぁ、魅了の秘薬が使われたと分かって今は納得しているよ」
「しかし分からないことがあります」
トレヴァーの言葉にアルバートとフランクが彼を見る。
「まず、同性であるご令嬢たちがリリアン嬢の肩を持っていたのは何故か、です」
「確かに。彼女たちを味方に付けるのは簡単なことではないだろう。だが、これに関してはリリアンの口車が見事だったという可能性もあるのではないか?」
何せ、嘘を吐いていたのはリリアンの方で、みな彼女に騙されていたのだから。
アルバートの突っ込みにトレヴァーが「う……」と一瞬言葉に詰まった。だが、気持ちを切り替えると「まだあります。寧ろこっちの方が大きな謎です」と息巻いた。




