27 眠ったベアトリス
ラドネラリア王国の王城。その一室に眠ったままのベアトリスは運ばれた。
ベアトリスは放課後になっても目が覚めず、一時はリュセラーデ侯爵家に連れ帰ることも検討された。だが、王太子の婚約者であるベアトリスが狙われたことや彼女に付けていた護衛騎士が二人揃って床に伏せていることから、彼女が目覚めるまではより安全な王城で過ごさせることが決まった。
一方のリリアンは、騎士たちに捕らえられて直ぐに王家が管理する罪人の収容施設へ連行された。彼女が犯した罪の全てが明らかとなり、刑が確定するまでそこから出てくることはない。
侍女のマリーナはベアトリスの身に起こったことの顛末を知り、最初は動揺していた。だが、ベアトリスと共に王城へやってきてからは、ベアトリス専属侍女として仕事をこなしている。
ベアトリスはいつ目覚めるのか?
それはあと数分かもしれないし、数時間後、もしくは明日かもしれない。下手すると数日から数週間かかかる可能性もある。
魔女の秘薬を飲まされた者は個人差はあれど、通常は目覚めるまで二、三日かかるとされている。だが、ベアトリスの場合は魔女の秘薬の他にも薬品を嗅がされていた。その影響を考慮すると、目覚めるまで通常より時間がかかることが懸念されている。
ベアトリスと護衛騎士が嗅がされた薬品は成分を調べると、主に眠り薬として使用される物だと判明した。だが、闇市で売られていたらしいこの眠り薬は眠くなるだけではなく、身体に力が入りにくくなる成分も含まれていたようだ。
かなり強力な薬なのか、被害にあった護衛騎士ですら半日経っても意識があやふやで、夢と現実の間を行ったりきたりしている。
この件に関して、アルバートはベアトリスの婚約者としてだけではなく、直接関わった当事者として、また学園の生徒会長としても対処に追われた。
ベアトリスが閉じ込められていた部屋に一緒に乗り込んだフランクと共に当時の状況整理を行い、他の生徒会メンバーと協力して学園の関係者へ聞き込みを実施した。また、当時現場にいた令息だけでなく、リリアンがここ数日一緒に過ごしていた令息たちにも聞き取りは行われた。
事件の翌日。生徒会室でそれらの報告書に目を通して、アルバートは令息たちの証言を読み込んでいく。
「どの令息たちもリリアンの言葉を信じてしまい、受け入れてしまった、と…………」
これだけの人数が同じように証言しているのならほぼ間違いない。
「リリアンが使用したのは魅了の秘薬、だね」
一緒に報告書を確認していたフランクの言葉にアルバートは「あぁ」と頷く。
「しかし、彼女はどうやって魔女の秘薬が扱われている闇市の場所を特定したんだろうね。あんな場所、貴族令嬢が好んで入って行くところではないだろうに」
「…………いや、貴族令嬢だったからこそ立ち寄れたんだ」
いつになく難しい顔をした親友にフランクはただならぬ様子を感じた。
「アルバート?」
フランクが呼び掛けてもアルバートは未だ自分の思考の世界に閉じ籠っているのか、ぶつぶつ呟きながら集中して何かを考え込んでいる。
「だから私は秘薬の効果から逃れられたのか……?」
「おーい。アルバート? どうしたんだい?」
フランクの二度目の呼び掛けで漸くアルバートがハッと気付く。
「え……、フランク何か言ったか?」
「アルがあまりにも難しそうな顔をしていたから、呼び掛けただけさ。それより顔色があまり良くないようだ。大丈夫かい?」
心配そうに顔を覗き込んでくる親友にアルバートは頷く。
「あ、あぁ。……すまない」
「もしかして、昨日はあまり眠れなかったのかい?」
「あぁ」
婚約者が同級生に襲撃され、しかも魔女の秘薬である記憶の秘薬を飲まされたのだ。眠れないのも無理はない。
フランクも幼なじみのベアトリスが秘薬を飲まされたと聞いて、困惑した。そして、同時に怒りも沸き上がっていた。
「私も同じさ。ベアトリスの幼なじみとしてリリアンが許せないよ」
普段温厚な性格のフランクが珍しく低く怒りのこもった声で告げた。呼び捨てで“リリアン”と呼ぶのは、彼女が罪人に成り下がったからだろう。
グッと握られた彼の拳からはアルバートが昨日感じていたものと似たやるせなさと、何も出来なかった自身への怒りを感じた。
「フランクがそんなに怒るところ、初めて見た気がする」
「僕だって怒るときは怒るさ。特にアルバートとベアトリスに関係することはね」
アルバートが思ったことを素直に吐き出すと、少しだけフランクの纏う空気が軽くなった。
「ところで、さっき君が呟いていた“秘薬の効果から逃れられた件”だけれど、一時期はアルもリリアンから魅了の秘薬の被害に遭っていたということで間違いはないかい?」
「その筈だ。二年に上がった直後からだとすると、恐らく半年は秘薬の被害に遭っていたと考えられる」
「道理で。昔からベアトリスが好きだった君が急に心変わりをした訳だ」
「だが、分からないことがある」
呟きながらアルバートは顎に手を当てる。
「私や他の令息たちは魅了の秘薬をどうやって飲まされたんだ?」
フランクも考え込むように腕を組んだ。
「言われてみればそうだが、……アルはリリアンと一緒に過ごしたときに茶を嗜んだこともあったんじゃないかい?」
「あるにはある。だがそれは彼女とある程度話すようになってからだ。それに、今回の令息たちは短期間で複数人が被害に遭っている。謹慎処分が明けてからの短期間で一度にそれほどの人数の令息と茶会が可能だろうか?」
何も考えが浮かばず、二人の間に沈黙が流れる。そこへ「あの……」と遠慮がちな声が届いた。
アルバートとフランクが振り向くと、書記の男子生徒が傍にやって来た。彼は以前、アルバートがリリアンに手紙の返事を頼んだ後輩だ。
「トレヴァーどうかしたか?」
アルバートに尋ねられて、モジモジしながらもトレヴァーは口を開く。
「会長たちの会話を耳にしまして。……その、勝手に聞いてしまい、申し訳ありません」
「別に構わないよ。生徒会室で話しているんだから、君たちに聞かれて困る話ならここではしないさ」
フランクが微笑みかけたことでトレヴァーの緊張が少し和らいだ。
「実は、私も気になっていることがあるんです」
そう前置きして、トレヴァーは話し始めた。
いつもお読み下さりありがとうございます。
【お知らせ】
章を追加しました!
(もしかするとシレッと取り止めるかもしれませんが……)
これからも皆様に楽しんで貰えるように頑張ります!
「婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!」略して「婚冷え」を今後もよろしくお願いします。




