25 あと一歩、届けたかった想い
勢い良く飛び込んできたリリアンによって、ベアトリスの身体が数歩後ろの床に倒される。
「っ!! きゃ!?」
「やめろっ!!」
「ベアトリス!!」
アルバートとフランクはすぐに反応してリリアンを止めようと手を伸ばした。だが、あと少しのところで二人が伸ばした手はどちらも空を切る。
リリアンはベアトリスに馬乗りになると、持っていた小瓶の蓋を開けた。小瓶が開けられた音がキュポッと小さく響いた直後、ベアトリスの口の中に独特な甘さと苦味が広がる。
「んんっ!!!?」
まさか!! 秘薬!?
即座に判断したベアトリスは吐き出そうと必死にもがく。だが、リリアンにグッと口元を覆われて、息苦しさから液体を飲み込んでしまった。
直後にアルバートとフランクによって、リリアンがベアトリスの身体の上から退けられる。
「ゴホッ!! ……ケホ、ケホッ!!」
ベアトリスは噎せながら身体を起こすと、少しでも秘薬を吐き出そうと更に咳き込む。
「いやっ! 離してっ!!」
その後ろでは、アルバートとフランクに取り押さえられたリリアンが必死に叫んでいる。
その時、バタバタと足音が近づいてきて、アルバートが呼んだ騎士の応援が到着した。
「ベアトリス!」
駆け付けた騎士たちにリリアンを任せたアルバートがベアトリスの隣にしゃがみ込むと、咳き込むその背中を擦る。
「まさか! 飲んでしまったのか!?」
問い掛けに対して、咳き込むベアトリスは答える代わりに必死で首を縦に振る。
「ど、毒か!? 何を飲まされたか分かるか!?」
「ケホッ! リリアン様は、記憶の秘薬と……」
「なっ!? 魔女の秘薬じゃないか!!」
飲まされたかもしれない液体の正体を聞いて、アルバートが顔色を変えた。
「急いで吐き出さないと! フランク!! 悪いがここを頼む!!」
言うや否や、アルバートはベアトリスを横抱きに抱えた。「ひゃ!?」と小さく悲鳴を上げたベアトリスは落とされないよう、アルバートにしがみつく。
そして、「分かった!」と答えたフランクの声を背中で受け止めながら、アルバートは足早に部屋を出た。
「ベアトリス! 薬を吐き出すまでは絶対に眠ってはいけないよ!!」
早口の忠告にベアトリスは噎せながらなんとか聞き返す。
「ケホッ! 何故、です?」
「秘薬には眠くなる成分が含まれているらしい! 特に記憶の秘薬は眠っている間に作用すると言われている!! 頼むから! 医務室まで耐えてくれ!!」
必死に走りながらベアトリスの疑問に答えたアルバート。その真剣なアルバートの顔を目にしたベアトリスはこんな状況だというのに、ドキッと胸を高鳴らせた。
この人は、……わたくしのためにこんなに必死になってくださるのね。
一刻を争う状況の筈だったが、嬉しさがベアトリスの胸にじんわり広がって目尻に涙が滲む。
一度は婚約を解消したいと言われて沢山傷付いた。けれど、アルバート様を好きでいて良かった。嫌いにならなくて良かった。
そう思えば思うほど、キュッと甘く切なく締め付けられた胸の痛みが、今のベアトリスには心地よくも感じられた。
「……アルバート様」
「何だ!?」
「わたくし、アルバート様を信じます。ですから、以前馬車の中で約束した、……信頼を取り戻したら話すと仰った、……あの日の……お話を、……聞かせて、……くだ、さい……ま、せ…………」
ベアトリスは急激な眠気に襲われ、言葉が途切れ途切れになる。それに伴って、段々と瞼を開けているのが難しくなってきていた。眠ってはいけないと言っていたアルバートの言葉を守るため、遠ざかろうとする意識をかき集めて必死に眠気に抗う。
「ベアトリス! まだ眠っては駄目だ!! あともう少し頑張ってくれ!!」
「……頑張り、ます。……だって、…………わたくし……殿下に、……気持ちを…………伝え…………」
言葉の途中でベアトリスの身体から力が抜けて、腕が垂れ下がる。走るアルバートの数歩先に医務室の扉が迫っていた。
「ベアトリス!! 医務室に着いたぞ!!」
だけど、アルバートのその言葉がベアトリスに届くことはなかった。




