24 予想外の出来事
「っ、通せと言われて素直に通す人がいると思いまして?」
リリアンが「入っていらして!」と声を張り上げると、部屋の外から最近彼女がよく一緒にいる令息たちが入ってきた。その中には、先ほどベアトリスを案内していた令息も交じっている。
「皆さま! ベアトリス様を押さえてください!」
それを合図に彼らがベアトリスに近づく。
特に策もなく立ち上がったベアトリスは急いで逃げる算段を考える。だが、歩くだけならともかく、まだ走れるほど素早く足が動いてくれそうにない。
困りました。大ピンチですわ。
ベアトリスが焦りを覚えたその時、開け放たれた扉の奥が騒がしくなったことに気が付いた。直後に「ぐはっ」と呻き声がして、ドサッと人が倒れるような音がした。
「ベアトリス!!」
その叫び声はベアトリスが今日一番逢いたいと願っていた人物のものだ。ベアトリスの胸に安心にも似た熱いものが込み上げてくる。目の回りが熱くなって、泣きそうになるのを何とか耐えた。
「アルバート様!! わたくしはここですわ! アルバート様っ!!」
自分はここにいると主張するように、ベアトリスは必死に彼の名を叫ぶ。
「すぐそちらに行く! もう少しだけ耐えてくれ!!」
アルバートはそう答えると、部屋の前にいた令息たちを体術で次々と倒していく。
「どうしてアルバート様がここに!?」
予想外の出来事に焦った様子のリリアンはハッと弾かれるようにベアトリスの腕を掴んだ。そして、すぐ近くにいた令息に「しっかり押さえて!」と再び指示する。
だけどベアトリスは時間が経つに連れ、徐々に体が動くようになってきていた。
掴まれた腕をくるりと回して、逆にリリアンの腕を掴み返す。この部屋に連れてこられる前、令息に腕を掴まれた時は手荒な真似をされるとは思っていなかったのと、後ろから掴まれたこともあり、即座に対応できなかった。
だけど正面からであれば話は別だ。
妃教育で多少の護身術を習得済みのベアトリスには造作もないことだった。そのままリリアンの腕をベアトリスが今出せるだけの力を込めて捻り上げると彼女が僅かに顔を歪める。
「っ! こんな筈ではなかったのに!!」
「もう諦めて下さい」
リリアンとベアトリスが短く言葉を交わした直後、もう一人の令息によってベアトリスは後ろから抱きつかれる形で捕まる。
「っ!?」
だけど直ぐに全身の力を抜いた。ベアトリスが全ての体重を預けると、その身体を持ち上げようと慌てた令息の腕の中からすぽんっと抜け出すことが出来た。
まだ十分に筋力が戻っていないベアトリスは転がってその場を離れると、二人から距離を取った。なるべく早く立ち上がって、隙を与えないように彼らと対峙する。相手もこちらの隙を窺っていた。
場は互いに膠着状態だ。次にどちらかが動き出した時、この攻防戦の行方が決定する。だが相手は二人だ。それに、ベアトリスは嗅がされた薬の影響で本調子ではない。普通に考えてベアトリスの方が不利な状況だった。けれど、ベアトリスの後ろから「そこまでだ」と頼もしい声が聞こえてくる。
ベアトリスが振り向けば、アルバートとフランクが令息たちを無力化してベアトリスに合流したところだった。
「リリアン嬢、外にいた彼らはみな気絶している。もう残っているのは君たち二人だけだよ」
フランクが親切に状況を伝える。それに続いてアルバートが口を開いた。
「貴女はベアトリスへの接近が禁止されている。にも拘らず、今回の問題を起こした。この部屋でベアトリスに対して何を行ったのか、詳しく話して貰おうか。それから、ベアトリスに付けていた護衛騎士が一階で倒れていた。この件に関しても聞き取りを行うつもりだ。覚悟してくれ」
冷ややかな視線と声にリリアンが顔を青くする。
「そ、そんなっ! ……わ、わたくしは悪くありませんわ!!」
「リリアン嬢、もしも貴女が悪くないのだとしても関係者には違いない。それに貴女は多数の男子生徒を従えていたね? それも短期間のうちにだ。よって、リリアン嬢には魔女の秘薬の一つである魅了の秘薬を使った容疑が掛かっている」
「っ!?」
図星を突かれたリリアンが目を見開く。
「そ、そこまでご存知なの……?」
「今応援も呼んでいる。大人しく我々の指示に従って貰おう」
アルバートが告げると、リリアンが悔しそうに身体を震わせて俯いた。だがその直後、バッと顔を上げるとベアトリスを睨み付ける。
「っ、全部あんたのせいよ!! ベアトリスッ!!」
もうベアトリスに対して、“様”と敬称を付けて取り繕うことをやめてしまったようだ。
叫んだ彼女の表情は今まで見たことがないほど怒りに満ちていて、鋭い目付きでベアトリスを睨み付けた。その様子にベアトリスはビクリと肩を跳ねさせる。
リリアンは叫び終わると勢いを付けてベアトリスめがけて体当たりした。




