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2 身勝手な婚約者

 目の前で頭を下げ続ける婚約者(仮)のアルバートに、ベアトリスは溜め息が出そうになる。


「アルバート王太子殿下、どうかお顔を上げてください」


 今までは“アルバート様”と呼んでいたベアトリスだが、彼はもうすぐ婚約者ではなくなる相手だ。だからベアトリスはあえて“王太子殿下”と敬称を付けて彼を呼ぶ。

 だが、そんなベアトリスの呼び掛けにもアルバートは微動だにせず、頭を下げ続けている。仕方なくベアトリスは言葉を続けた。


「数日で発言を撤回されるのはどういった風の吹きまわしでしょうか。わたくしが申し上げるのもなんですが、殿下はご自身の発言の重みを理解されておいでですか?」

「……私は実に愚かだった。とんでもない過ちを犯したと思っている」


 先週とは比べようもなく萎んだアルバートの声に、ベアトリスは指先をきゅっと握り込む。


 わたくしの気も知らないで、よくそんなことを。


 あの日、ベアトリスは両親に婚約解消の報告をした後、自室で涙が枯れるまで泣いた。

 ずっと慕っていた婚約者に信じて貰えなかった挙げ句、疑いの目を向けられたのだ。彼の心は自分に向いていなかったのだと、婚約者として最低限の気持ちしか向けられてこなかったのだと、思い知った瞬間だった。


「そう思われるのでしたら、わたくしへの疑いを晴らして下さいませ。アルバート王太子殿下にそれ以上のことは望みませんわ。……どうぞ、リリアン様とお幸せに」


 告げると、アルバートが勢いよく頭を上げる。


「ベアトリス頼む! 今さら許してくれなんて言える立場では無いことはよく分かっている!! だが、私は自分の意思で君との婚約関係を続けたいと思っているんだ!!」

「へ?」


 突拍子もないことを言われて、流石のベアトリスも妃教育で培った淑女の仮面が剥がれ落ちた。

 物凄い勢いで顔を近づけてきたアルバートに顔をひきつらせる。


「何を、……勝手な。……仰っている意味が分かりませんわ」


 一週間前、アルバートは間違いなく『守りたい人が出来た。私はその人を正妃にしたい』と発言したのだ。


「殿下はわたくしと婚約を解消して、それからリリアン様と婚約し直して、彼女を殿下の正妃に──!!」


 ベアトリスは自分でそこまで言ってハッとする。


「……まさか、わたくしとの婚約を続けたい理由は既に妃教育を終えたわたくしを利用して、ご自分たちが一緒に過ごす時間を確保するため、ですか?」


 新たにリリアンに妃教育を施すとなると、時間がかかる。その点、ベアトリスは妃教育をほぼ習得済みであり、婚姻後すぐに公務を任せることも出来るだろう。


 形だけの妃として公務をさせるつもりか。それとも側妃として王城に閉じ込めた上で妃の公務を押し付けるつもりか。どちらにせよ、リリアン様に嫌がらせをしていた報復として、アルバート王太子殿下はわたくしを傍に置こうと思っていらっしゃるのでは?


 そんな考えがベアトリスの頭を過ったが、即座に「違う!」と返事が返ってくる。


「では、アルバート王太子殿下がわたくしとは別のお慕いする方がいらっしゃる中で、わたくしとの婚約を継続させるのは何故です?」


 ベアトリスは自身でも驚くほど低い声で問いかけていた。怒るのも無理はない。一方的に婚約解消を宣言されたかと思えば、一週間後に“やっぱり婚約は継続だ!”なんて、どう考えても何か意図がある。それに簡単に受け入れられる訳がない。


「目が覚めたんだ。私はベアトリスを手放してはいけない。手放すべきではなかった、と後悔している」


 そう告げたアルバートの表情は酷く歪んでいて苦しげだった。見ているこちらが痛ましくなる表情だ。だけど、ベアトリスだって今回の件で沢山傷付いたのだ。


 これがただの政略的な婚約というだけならば、我が儘で身勝手な婚約者に当たってしまったと、ベアトリスも己の怒りや苛立ちを抑えて渋々受け入れたかもしれない。

 だけど、ベアトリスはアルバートに想いを寄せていた。それなのに婚約解消の件で振り回され傷付けられ、やはり婚約解消の話をなかったことにしたいなど、都合が良すぎる。


 例えアルバートが何か事情を抱えていたとしても、簡単に許せるものではなかった。


「殿下はもっとご自分の発言に責任を持つべきです」

「あぁ。君の言う通りだ」

「っ!?」


 先週とは違い、ベアトリスの言葉を受け入れるアルバートに驚いて目を見張る。


 ……今日の殿下は、ここ数日の殿下とは何か違う気が致しますわ。


 あまりにもすんなりベアトリスの言葉を聞き入れたアルバートを目の前にして、ベアトリスにそんな違和感が生まれた。思い返してみれば、一昨日から彼は様子が変だった気がする。

 王立学園でのアルバートとリリアンはどこか距離感がぎこちなかったような気がした。


「私はこれから変わる。……変わる努力をする。だから傍で見ていてくれ。君じゃなきゃ駄目なんだ。ベアトリス……」


 訴え掛けるように力強い瞳がベアトリスに向けられていた。


 なんて都合の良いお言葉……


 騙されてはいけない。ベアトリスはそう強く思った。だけど、まだアルバートを好きな気持ちを持ち合わせているベアトリスは、彼を完全に拒否することができなかった。

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