15 心配性のアルバート
「ベアトリス!! 昨日は大丈夫だったか!?」
「えっ? えぇ。カモイズ伯爵夫人がいらして下さいましたから平気でしたわ」
学園に到着し、馬車を降りたベアトリスは来て早々アルバートに距離を詰められていた。ベアトリスが登校してくるのを待っていたらしいアルバートは会うなり彼女の肩を軽く掴んだ。
そうして開口一番に物凄い剣幕で尋ねられ、その勢いにベアトリスは気圧されたという訳である。
「昨日、公務中にベアトリスが支援しているフローレンス孤児院にリリアン嬢が現れたと報告を受けて驚いたんだ。本当は私が駆け付けたかったんだが、ここ最近少しずつ溜め込んでしまっていた公務が片付かなくてね。……家臣に止められてしまった。……本当にすまない」
シュンと肩を落とすアルバートは表情だけでなく、身体からも申し訳ない気持ちを醸し出してした。
殿下がお忙しいのは公務だけが理由ではない筈だわ。きっと、リリアン様の一件で王太子としては勿論、生徒会長としても働いていらっしゃるからよね。
王太子としても公務が多いアルバートは休日を利用して公務を捌いていたようだ。
今回の件は別に彼が直接赴かなければならない案件ではなかった。それなのに、必要以上に落ち込む姿にベアトリスも申し訳なさを感じる。
「何故殿下が謝るのです?」
「何故って、ベアトリスに危険が迫っているかもしれないのに、私が駆け付けることができなかったからだ」
「危険……ですか?」
確かに、昨日はリリアンと話していても話が噛み合わなかったし、これまで嘘の証言で難癖をつけられてきたことを考えると、また何を言われるか分かったものではない。そういう意味では、出来れば顔を合わせたくない人物である。だが、リリアンが危険かと言われると少し疑問だった。
所詮、彼女は伯爵令嬢だ。言葉や睨み合いの応酬はあっても、ベアトリスに嫌がらせを受けていたと被害者を装っているので、直接何かするようなことは考えにくい。何しろその瞬間を誰かに目撃されれば、“ベアトリスに仕返しをしていた”と非難される可能性があるからだ。
だから、何か起こるとしてもせいぜい足を引っ掻けるといった、小さな嫌がらせが限界だろう。
「護衛騎士の方も付いて下さっていますし、そんなに心配なさらなくて大丈夫ですよ」
アルバートに微笑みかけるベアトリス。だが、彼の表情は晴れない。
「いや、ダメだ!!」
勢い良く否定の言葉が降ってきて、ベアトリスはビクッと肩を跳ねさせた。そんな彼女にアルバートは顔を近付けて覗き込む。
「君は私の婚約者で、彼女は君を陥れようとしていたんだ! 用心に越したことはない」
「そ、それはそうですけれど。……あの、アルバート王太子殿下? どうされたのですか?」
近距離で話すアルバートは高圧的ではなかったが、とても心配そうな顔をしていた。これから良くないことでも起こるのではないか、とベアトリスが心配になってしまうくらいには切羽詰まっているように見えた。
そんなアルバートを目にしてベアトリスは困惑する。その様子にアルバートがハッと気付くと、肩から手を離す。
「驚かせてすまない」
「い、いえ……」
ベアトリスはサッと視線を逸らす。普段とは違う様子のアルバートに頭の中は疑問が沢山浮かんでいた。だけど、アルバートがとても心配してくれていることだけは伝わって、ベアトリスはむず痒い気持ちになる。
「兎に角だ。暫くの間、なるべく私が君の傍に居ることにした」
ベアトリスは驚いて「えっ?」と再びアルバートに視線を戻す。
「どうしても用事で外せない時は、君のことをフランクに頼んでいる」
「フランク様に?」
「だから極力一人にならないように注意してくれ」
「一人って、何もそこまでなさらなくても……」
「何かあってからでは遅いんだ」
必要以上にベアトリスの身辺を心配して、次々話し出すアルバートにベアトリスの思考はついていけないでいた。
「そこまでしていただかなくて大丈夫ですわ。それに殿下はお忙しいのですから、無理なさらないで下さい」
「例えそれが無理だとしても、そうしないとダメなんだ!!」
「っ!」
声を張り上げるほど必死なアルバートにベアトリスは驚く。
やはり単純に心配してくださっていることとは別に憂い事があるのかしら?
「アルバート王太子殿下は、何をそこまで恐れているのです?」
「!!」
ベアトリスにとっては単純に疑問に思ったことを問いかけただけのつもりだった。だが、アルバートは言葉を詰まらせて言うべきか躊躇っているようだ。
「以前、馬車の中でいつか話すと約束してくださったことと関係あるのですか?」
ベアトリスは確かめるようにアルバートの瞳を見つめる。すると、それに答えるように「あぁ」と頷きが返ってきた。
「…………でしたら、これ以上追求は致しません」
あの時のアルバートの真剣な表情。そして今回、必死に訴えてくる彼を目にして、純粋にベアトリスを心配してくれていることは伝わった。
アルバートがベアトリスを慕っていないのは承知の上だったが、それでも婚約者として大切にされているその事実は仄かにベアトリスの胸を温めた。
だけど、少し前までは彼がベアトリスではなくリリアンを慕っていたこともまた事実だ。
今は彼女への気持ちはないと仰っていたけれど、だからと言ってわたくしが彼に愛されることもないのでしょうね。
ベアトリスはずっとアルバートに想いを寄せていた。だが、アルバートはベアトリスに特別な思いなど抱いていないのだ。ならば、せめて将来この国を担う将来の国王と王妃として、支え合うだけの信頼関係は築いておきたい。
ベアトリスはそう考えるようになっていた。
「分かってくれてありがとうベアトリス。どんな些細なことでも構わない。何かあれば遠慮なく私を頼ってくれ」
ベアトリスの理解が得られたと解釈したアルバートは安心したように息を吐いた。
「頼もしい殿下ですこと」
ベアトリスは頷かなかった。代わりに誤魔化すようにアルバートへ微笑んだ。




