13 謹慎中のリリアンの急な来訪
「あら、お久しぶりですわ。ベアトリス様」
ベアトリスを見つけたリリアンが笑みを浮かべて挨拶する。本来、外出が禁止されている筈の彼女が堂々とやって来て挨拶してくることにベアトリスは驚きつつ、肝が座っていますわね。と、ある意味感心させられた。
「リリアン様、どうしてこちらへ? 貴女は今、自宅謹慎中の筈ではありませんか?」
驚きや困惑は顔に出さず、ベアトリスは淑女の笑みを浮かべて彼女に問いかけた。
「えぇ。学園から自宅謹慎を言い渡されまして。あまりにも退屈でしたので、慈善活動をすることにしましたの」
「だからと言って、謹慎中に出歩くのはどうかと思います」
「謹慎中と言っても、学園への登校を禁止されているだけですわ」
「リリアン様は謹慎処分を言いつけられた意味を理解していまして? 自宅謹慎とは外出自体が禁止されているのですわよ? これは学園へ確認された上での行いですか?」
自宅謹慎は処分が決まるまでの措置であるが、その間に頭を冷やして反省するための期間でもある筈だ。勝手に邸の外へ出たとすると、問題に問われる可能性が高い。そのことをリリアンが理解しているのか、ベアトリスは疑問に感じていた。
「謹慎処分の意味? ……ふふっ。嫌ですわベアトリス様ったら。わたくしは反省が必要なことなど何一つしておりませんわ」
リリアンは悪びれる様子もなく答える。そして、スッと目を細めてベアトリスを睨み付けた。
「だって、わたくしはベアトリス様に陥れられただけですもの」
リリアン様に逆恨みされている。
ベアトリスがそう感じたとき、ドレスが少し引っ張られた感覚がした。ハッとして視線を向けると、施設の中に入り遅れた女の子が怯えた様子でベアトリスに縋っていた。
「驚かせてごめんなさい。大丈夫だから、貴女は皆と中で待っていて」
ベアトリスは女の子に微笑んでそっと頭を撫でると、近くにいた職員に女の子を預けた。
「可哀想に。あの子もベアトリス様に騙されていますのね。ですが、もう大丈夫ですわ! ヒロインであるわたくしが貧しい子どもたちを救えば、きっとアルバート様も再びわたくしに振り向いてくださる筈ですもの!!」
「わたくしが騙す?」
いつ? 誰を騙したと言うのかしら? それにヒロインというのは? そのままの意味だと、主に物語の女性主人公を指す言葉だけれど、どういう意味で仰っているのかしら?
「リリアン様は先ほどから何を仰っていますの?」
自信満々のリリアンの発言にベアトリスは不気味さを感じた。だが、彼女は教えるつもりはないらしい。
「ベアトリス様に教えても仕方ありませんわ」
何故か機嫌のいいリリアンは嬉しそうに微笑んだ。
「ここは王家縁の孤児院。わたくしがここを救済すればアルバート様は勿論、王家の方々もわたくしを認めてくださるに違いありませんわ!」
施設長が困り果てた顔でベアトリスの側に寄ると、耳打ちした。
「数日前、リリアン様から訪問の打診がありました。ですが、ベアトリス様の訪問日時と重なっていたこともあり、施設をご案内することは難しいとお断りしたのです。しかし、リリアン様は受け入れてくださいませんでした」
「リリアン様は無理に押しかけていらっしゃったのですね」
確認するベアトリスに施設長が頷く。
「人聞きが悪いですわ。ベアトリス様が訪問されているのなら、わたくしが訪ねても問題ありませんでしょう?」
「いいえ。施設側にも迎え入れる準備というものがあります」
「事前にお手紙でお伺いを立てた上で先触れを出しているのですよ? 文句を言われる筋合いはありませんわ」
「リリアン様は自宅謹慎中なのですから、それ以前の問題があることをお忘れではありませんか?」
ベアトリスが指摘すると、リリアンは不愉快と言わんばかりに眉を寄せた。その様子に何を言っても、彼女は聞く耳を持つつもりがないようだとベアトリスは感じた。
「そんなことより、わたくしクッキーを焼いて参りましたの! 施設長、子どもたちを集めてくださる? お茶会を致しましょう!!」
「あの、それは……」
言い淀む施設長の代わりベアトリスが答える。
「子どもたちは先ほどわたくしとお茶とお菓子を楽しんだばかりで、今はお昼寝に入るところです。今日はこれ以上、子どもたちにお菓子を食べさせるわけにはいきません」
「まあ! 事前にクッキーを焼いて行くと伝えておりましたのに!!」
その言葉を聞いて施設長が口を開く。
「ですから、先にベアトリス様と約束がありましたので、本日のご訪問はお断りしたのです」
「わたくしが到着するのを待っていて下さればよかったのです! そうすれば、わたくしのクッキーも子どもたちに食べてもらえましたのに!!」
「リリアン様には別の日に子どもたちと触れ合って頂きたいと、何度も申し上げました」
先ほどからリリアンは微妙にずれた会話を繰り返している。これでは埒が明かない。そもそも、リリアンがカモイズ伯爵邸の外にいること自体が問題なのだ。
リリアン到着の時点でベアトリスが連れていた使用人が二人、それぞれ王家とカモイズ伯爵邸へ馬で連絡に走ってくれている。早ければ後三十分もすれば応援が到着するだろう。とはいえ、その間リリアンの相手をするのは苦労するというものだ。
「リリアン様、一先ず今日はお帰り下さい。このまま貴女がここへ滞在されても今日はできることがありませんわ」
せめてリリアンが伯爵邸へ戻ってくれれば、今のところフローレンス孤児院にこれ以上の負担がかかることはないだろうと考えてのことだった。
「それはできませんわ。これからわたくしはこの孤児院に定期的に通うつもりですもの。施設の中や子どもたちのことを案内していただかないと、何もせずに帰れませんわ」
今まで孤児院に興味がなかった筈のリリアン様が、これから孤児院に通われるですって?
思いがけない発言にベアトリスは眉をひそめてしまった。
「何故リリアン様がそこまで孤児院に拘るのです?」
「何故って、そんなの王家の方々にわたくしをアピールして認めてもらうためですわ。ベアトリス様だってそうなのでしょう?」
「なっ!?」
ベアトリスも最初からそういった思惑が全く無かったわけではない。国王陛下や王妃様に認めてもらいたくて続けている面もある。だけど、一番の理由は自分が関わった子どもたちが孤児院を巣だった後、幸せな暮らしを手にして欲しいからだった。




