12 フローレンス孤児院へ
リリアンが自宅謹慎を言い渡されてから二週間が経過した頃、ベアトリスは休日を利用して孤児院をいくつか訪ね回っていた。
その中の一つ、フローレンス孤児院は数世代前のラドネラリア王国王妃が創設した孤児院だ。ベアトリスがアルバートの婚約者になったばかりの頃、妃教育の一環としてこの孤児院を訪ねたことがきっかけで、今でも継続的な支援を続けている。
月に一度程、施設を訪れて子どもたちにおもちゃやぬいぐるみ、お菓子を配ったり、子どもたちと遊んだりしながらベアトリスは孤児院の環境に目を配っていた。また運営について職員に話を聞くのも主な活動だ。
そうして見聞きした情報を元に必要があれば運営費を寄付したり、食料や日用品、衛生品を寄付することもある。
「ベアトリス様だぁ!」
孤児の一人がベアトリスを見つけると、彼女はあっという間に子どもたちに囲まれる。
「ベアトリス様! 今日は何をして遊んでくださいますか?」
「私は本を読んで欲しいです!」
「俺はかくれんぼがいい!!」
きゃっきゃっとはしゃぐ子どもたちにベアトリスは微笑みかける。
「慌てないで。それじゃあ、まずはかくれんぼをしてその後お茶にしましょうか。その時に本を読み聞かせてあげるわ」
「やったー!」
「そうと決まればベアトリス様! 早く早く!!」
喜びで一杯の子どもたちにベアトリスはグイグイと手を引かれる。
「皆さん、ベアトリス様を困らせてはいけませんよ!」
施設長の窘める声がするが、子どもたちはお構いなしだ。冷やひやと心配そうな視線を送ってくる施設長にベアトリスは「大丈夫ですわ」と微笑む。
そうしてベアトリスは子どもたちと共に孤児院の中庭へ向かった。
かくれんぼでは、いつもベアトリスが子どもたちを見つけ出す役割を担っていた。
最後の子を見つけ出した後は、リュセラーデ侯爵家から持ってきたお茶とお茶菓子で子どもたちとお茶会を開く。この遊びの後の子どもたちとのお茶会は定番になっていた。
かくれんぼをしている間に、ベアトリスが連れてきた侍女と施設の職員たちがお茶会の準備をしてくれる。
子どもたちは用意された席へ着くと、のどが渇いていたのか、ごくごくとお茶を飲み干す子が多かった。空になったティーカップを見付けた侍女がさっそくお代わりを注いでいる間に、ベアトリスは最近町で流行っている子ども向けの本を開く。
今回ベアトリスが選んだ本は冒険譚だった。男の子は勿論、女の子もワクワクした表情でベアトリスの口から紡ぎ出される物語に耳を傾ける。そうして物語のキリが良いところまで本を読み終わると、ベアトリスは顔を上げた。
「今日はここまでね」
「えぇー! 良いところなのにぃ~!!」
「ベアトリス様、続きも読んで!」
駄々をこねる子どもちにベアトリスは「ふふっ」と笑い掛けた。
「疲れて眠ってしまった子もいるからまた今度ね」
かくれんぼではしゃぎ回り、お茶とお菓子でお腹が満たされたからだろう。机にはウトウトと船をこいでいる子や既に夢の世界へ旅立った子が数名いた。
「さぁ、みんなもお昼寝にしましょう」
小さい子達を諭すように告げると、年長の子どもたちがお昼寝が必要な年下の子たちを施設の中へ誘導する。
施設の職員も眠った子を抱えて、施設の中へと入っていった。ベアトリスは比較的元気な子どもたちの話し相手をしながら、施設内へ誘導した。
そうやってベアトリスが寝かし付けの手伝いをしていると、どこかから言い合いをする声が聞こえてくることに気が付いた。
「困ります!」
外で施設長の声がする。聞こえてきた単語や声の高さなどからベアトリスは異変を感じた。気になって中庭に出ると、幾つかの足音が近付いてくることに気が付く。
「わたくしが今日ここへ来ることは事前にお手紙でお知らせしましたわ。それに、今朝先触れも出しましたでしょう?」
この声は……リリアン様? 何故、彼女がフローレンス孤児院に??
謹慎中である筈のリリアンが屋敷から出ていることもそうだが、フローレンス孤児院を訪ねてきたことも驚きだった。
「恐れながら、どちらもお断りした筈です」
「あら、伯爵令嬢のわたくし自らが施しをすると言っていますのよ? ベアトリス様も訪ねていらっしゃるのなら、わたくしが訪ねても問題ないではありませんか!!」
どんどんと近づいてくる声にベアトリスは息を呑む。
「っ、……皆さん! 早く子どもたちを中へ!」
ベアトリスの指示で職員は勿論、侍女たちもまだ中庭にいた子どもたちを施設内へ入れるため、急いで動き出す。ちょうどそこへ、リリアンが顔を出した。




