11 ベアトリスとアルバートの胸中
リリアンが自宅謹慎を言い渡されてから一週間が経った頃。学園ではベアトリスに対する陰口が減っていた。代わりに、ベアトリスに想いを寄せていた令息たちが彼女へ声をかける割合が増えた。
婚約解消を取り止めた直後からベアトリスと一緒に行動することが増えていたアルバートとフランクだったが、彼らが最近ベアトリスと一緒にいる時間が減ったことが理由だった。
それぞれ王太子と公爵令息という立場があり、後継者としても忙しいことに加え、彼らは生徒会にも所属している。
生徒会ではリリアンやその取り巻きたちへの対応を学園側と協力して行っており、特にアルバートは今回の騒動の当事者としても動いていた。
王妃は王家として『王太子とその婚約者の名誉が傷つけられたことを学園と相談させてもらう』と言っていた。そのため、アルバートは学園の生徒会メンバーとして、そして王家の人間として、それぞれの立場で対応に追われているのだ。
そしてベアトリスはというと、リリアンのことがあって、周囲からはアルバートとの関係があまり良好ではないように見えていた。
婚約解消騒動があったので、実際のところあながち間違いではない。だが、それを知る者は学園には当事者たちしかいない。
そんな訳で、この状況を“チャンスだ!!”と思った令息たちがベアトリスとお近づきになろうと必死なのである。
「ベアトリス嬢、何か困ったことがあれば遠慮なく私を頼って欲しい。ご婚約者であられる王太子殿下はお忙しいようですし、私が代わりにベアトリス嬢の助けになりましょう」
「お気遣いありがとうございます。ですが困り事は起こっておりませんから、ご心配には及びませんわ」
寧ろこうして声をかけられる現状に困っているので、是非ご遠慮願いたいですわね。
ベアトリスは淑女の笑みを浮かべながら、内心は顔をひきつらせていた。
「ベアトリス様ったら、またですわ」
「リリアン様に王太子殿下を取られそうになったからって、被害者ぶって殿方の気を惹こうだなんて」
「あのように毎日のように別の殿方を侍らせているなんて。はしたないですわ」
あら? わたくし被害者ぶっているつもりはありませんわ。寧ろ正真正銘、婚約者を取られそうになった被害者ですもの。それに、わたくしは殿方を侍らせているわけではなく、向こうが勝手に付いて来るのですわ!!
そうは思うものの、実際に声に出すわけにはいかず、ベアトリスは心の中で抗議する。
ベアトリスへ向けられるマイナスのイメージは中々払拭できないようだ。一部では誤解が解けた人もいるようだが、まだまだらしい。
こういう類いは何か劇的な出来事でわたくしへ向けられる視線を良いイメージに塗り替えるか、時間が経ってみんなの興味が薄れるのを待つしかない。
何とか令息を追い返したベアトリスは溜め息を吐く。ふと頭に浮かんだのは婚約者のアルバート。そして、幼なじみのフランクだった。
一週間前までは婚約解消の件もあって、避けたいとすら思っていたアルバート様の顔が真っ先に浮かぶなんて……
ベアトリスはそう思いながらも、彼が長年恋い焦がれていた相手であることもまた事実で、それはベアトリスの癖に近かった。
子供の頃は純粋に好きだからこそ毎日のように彼のことを考えていた。だけど、慕っていたのはベアトリスの方だけだった。そのことは彼自身が『守りたい人が出来た』と言って、婚約解消を申し出てきたのだから消えようがない事実だ。
今はもうリリアンとの関係を断っているようだが、アルバートが彼女への気持ちを全て断ち切ったかどうを知る術がない。
ましてや最近の彼はベアトリスへ“好き”や“慕っている”といった想いの言葉を贈ったことがないのだ。
婚約者とはいえ、一度壊れかけた関係の婚約であり、政略的な婚約だ。それなのに一番にアルバートを思い浮かべるのは、心のどこかで自分を想ってもらえるかもしれないと期待しているみたいでベアトリスは心が痛んだ。
期待しては駄目。一度はわたくしを捨てようとした婚約者なのだから。
ベアトリスは何度も自分にそう言い聞かせた。
◇◇◇◇◇
「アルバート様、また届いております」
「またか」
生徒会で書記を務める男子生徒から手渡された手紙にアルバートはため息が漏れる。
差出人はリリアンだ。謹慎中のカモイズ伯爵邸から毎日のようにアルバート宛の手紙が学園に送られてくる。
最初は王宮へ届けられていたが、リリアンからアルバート宛の手紙が二度目に届けられた時点で国王と王妃の命により受け取りを拒否したため、学園に届けられるようになった。
リュセラーデ侯爵夫妻から許しを得て、ベアトリスとアルバートの婚約を継続させてもらっている王家としては、アルバートとリリアンが関わることを好ましく思っていない。手紙のやり取りがあるとリュセラーデ侯爵家に誤解されては、リュセラーデ侯爵夫妻、特に侯爵夫人の怒りを買う可能性があるからだ。
だが、学園としては在籍している生徒からの手紙を拒否することは難しい。特にラドネラリア王国の王太子であり、生徒会会長のアルバートに届けられたものを勝手にどうこうする訳にはいかないのである。
アルバートは受け取った手紙をその場で開封する。内容はやはりベアトリスを貶めるもので、自分の証言が真実だと訴えるものだった。おまけにアルバートはベアトリスに騙されており、真にアルバートを想っているのは自分だと記されている。
「“わたくしを愛してくださっていたアルバート様にベアトリス様は嫉妬して、貴方を騙しているのです”……か」
アルバートは背筋をゾクッとさせた。
リリアンを愛したことがあるかないかで言えば、アルバートの答えはイエスだ。だが、それは遠い日のこと。学園生活の中でアルバートがリリアンを愛しているかと問われると、少し違う。
アルバートはベアトリスにされたと言われた嫌がらせに対して同情し、可哀想だからベアトリスの婚約者である私が責任を持ってリリアン嬢を救わなければ! と義務感のような感情で一緒にいた筈だった。だが、いつからかリリアンに惹かれていた。それもまた事実だ。
だからこそ、あの頃の自分はどうしてリリアン嬢に惹かれ、彼女の言葉を信じてしまったのか。もし私がベアトリスを信じていれば、ベアトリスともっと話をしていれば回避できたかもしれないのにと、考えてしまう。
悔やんでも仕方がないことだが、アルバートは悔やまずにはいられなかった。
だからこそベアトリスを大切にしたいし、彼女が傷つくようなことはしたくない。昔ベアトリスに抱いていた恋心を最近漸く取り戻したばかりなのだ。この気持ちを失いたくはないし、何より今まで彼女の信頼に答えられなかった分、これからは彼女を信じると決めた。
あの頃の自分がどれほど愚かだったのか、今なら良く分かる。
「何かの証拠になる可能性もある。これも保管をお願いできるか?」
「勿論です」
読み終わった手紙をアルバートは書記の男子生徒に渡す。
「それからそろそろ返事を出そうと思うんだが、君が書いてくれるかい?」
「えっ!? わ、私がですか?」
「あぁ。私が返事を書くと余計な疑惑を生みかねないからな。それに、彼女の手紙はいつもワンパターンだ。そろそろ反省の意を示してくれないと、学園としても生徒会としてもリリアン嬢の復学を了承は出来ないと伝えて欲しい」
アルバートの意を汲んだ書記は「分かりました」と返事をして、生徒会室の自分の席へ戻っていった。




