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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第九章 決着、そして……

 蔵人は剣を抜くのも忘れ、呆然と立ち尽くした。何故、曙王国の初代国王が、曙王国と邑諸都市に牙を向いているのか、疑問が尽きない。自分で築いたものを、自分で壊そうとしているようにしか、蔵人には思えなかった。

 一般兵ならば、無念のうちに戦死し、怨念を残す事も少なくないだろう。しかし、開明王は統一王朝を築き、栄誉のうちに亡くなったはずである。その王が、何故?蔵人の頭中は混乱の極みに達していた。

「どうした若人よ?余を倒しに来たのではないのか!」

 開明王は剣を抜き、蔵人に斬りかかってきた。

「蔵人!」

 サムが声を発したが、その時には蔵人は反射的に剣を抜き、開明王の一太刀を受け止めていた。

「さすがだな。反射的に剣を抜けるか。勝算がきちんとあった上で、突入してきたか」

 開明王は感嘆の声を発した。サムの援護は、魔法で蔵人の剣を軽くするに留まった。密着状態では、攻撃魔法を放てば蔵人も巻き込んでしまう。蔵人の戦いを注視しつつ、時折死者の警備兵たちに向けて魔法を使い、一〇名の兵を援護した。

 蔵人は軽くなった剣で、開明王の剣を弾き返した。軽く振るえるようになったが、攻撃の重さは変わっていない。その余裕さが、蔵人に思考を巡らせる事態を生んでしまう皮肉があった。

 混乱状態の蔵人は開明王に斬りかかりつつも、同時に問わずにはいられなかった。

「何故……何故です、開明王?何故ご自身が築かれた国に、牙を剥くような真似を?」

 剣と剣が擦れる音を発する中で、開明王は答えた。

「知れた事よ!余が築いた王国の将来を憂いた故に、死の魔法使いと契約を結んだのだ」

 その言葉は、蔵人の混乱に拍車をかけた。

「ますます意味がわかりません!開明王は、徳の深い、強く、勇敢な王だったと国中で伝えられています。それほどの人格者が、どうして死後も生きようと執着なさるのか?」

 開明王の一振りで、二人の間に距離が生まれた。

「若いな。死後も生に執着するのが、悪と思うか」

 開明王の言葉に、蔵人は眉をひそめた。

「違う、と仰るのですか?死後も生きようとするのは、悪ではない、と仰るのですか?」

 二人は剣を構えて、じりじりと間合いを測った。開明王は蔵人の疑問に答えた。

「たとえ悪であろうとも、自分が築いた国が、家族が、余が葬られた後も安泰か、心配でならなかったのだ!」

 その考え方は、蔵人にはなかった。それだけに、蔵人にはこの上ない衝撃を与える言葉だった。



「自分が葬られた後も、心配?」

 蔵人には、臨戦体勢は維持しつつも、問いただす事を止めるのは不可能だった。

 開明王は言う。

「そう、死後も王国が、家族たる王族が、平穏無事に続いていくか、心配でならなかったのだ。だからこそ、死後も余が王国を統べる事ができるように、死の魔法使いと契約を結び、死後の蘇生を約束してもらったのだ。

 もっとも、死の魔法使いは四大魔法使いに討たれ、すぐに復活する事は叶わなかったがな」

 開明王が斬りかかってきたので、蔵人は慌てて剣で受け止めた。しかし問答は続いた。

 開明王は先の言葉の続きを言った。

「こうして千年経って復活してみれば、どうだ、この体たらくは?王国の統治機構は麻痺し、邑の諸都市には連合を組まれ、独立戦争を仕掛けられている。いや、既に王国の手を離れているのだから、独立戦争とすら言えぬ。

 こうして余が築いた王国が分解しているのを目の当たりにしては、余の心配は実現したも同然ではないか!」

 蔵人は気圧されていた。剣の技量で劣っているわけではない。体力勝負で負けているわけでもない。ただ、迷わぬ信念を持った開明王の気迫に、圧倒されていたのだ。迷いのない剣は、強い。そう思わざるを得なかった。

 信念のある剣――――剣を交えてみると、開明王の思いが伝わってくるようだった。蔵人は幼児期、物心つくかつかないかも判別しない頃、母親から聞かされた伝説を思い出していた。

 曰く、曙王国の初代国王開明は徳の厚い人だったと。また曰く、敵さえ味方にしてしまう立派な人物だったと。そして、剣を取って先頭を駆け、敵陣に切り込んでいったと。

 蔵人は、幼いながらも開明王に憧れたのを覚えている。母親の記憶は、その伝説を聞かされた事しか残っていない。しかし聞かされた昔語りに憧憬の念を抱き、今日まで剣を振るってきたのだ。

 蔵人は今、憧れ続けた伝説と剣を交えている。そして、開明王を倒す事は、憧れの伝説をこの手で破壊するに等しかった。



「蔵人!早くその魔力の源を倒して!」

 サムの叫びが聞こえた。サムは次のようにも言った。

「死者の警備兵は次々やってくる!皆で押し留めるのも限界があるよ!」

 サムの言葉に、

「そう言われても――――」

 蔵人は歯ぎしりするばかりだった。己が憧れ続けた伝説を、己の手で破壊する。それは蔵人の心に、躊躇と混乱を生んでいた。人は決死の覚悟を惑わず保持する事で、戦いに赴ける。今の蔵人の決死の覚悟は、揺らぎ、不安定になっていた。

「頼みますぜ、若大将!」

「おれらはあんたが敵将を討ってくれると信じていますよ!」

 蔵人らと共に突入した兵は、そう檄を飛ばしてきた。兵たちは蔵人に、全幅の信頼を寄せている。蔵人は、そうした思いや声を背にしている。

 そして、ふと思い当たる事があった。開明王が自身の無念さから戦うのも一理ある。しかし、蔵人もまた、連合軍全員の期待を背負い、ここに立っているのだ。蔵人は、ここで負けるわけにはいかなかった。

「はぁ!」

 蔵人は腕の力に任せ、開明王の剣を弾いた。そして必勝の固い信念の元、開明王に向かっていった。

 開明王は、明らかに防戦一方になった。

「先ほどまでと、剣の勢いが、違う」

 開明王は驚きの声を発した。蔵人は、自分の四肢に力がみなぎるのを感じた。

 蔵人は剣戟の音を響かせつつ、開明王に告げた。

「開明王、貴方は我の憧れであり、曙王国建国の大英雄だ。我に御身のような大が成せるとはとても思えない。

 しかし、いかなる英傑であろうと、死は自然が生き物に与えた摂理だ。どれほど偉大でも、どれほど崇高な念によっても、それを曲げる事は許されない。生者の国は、どれほど愚かな君主でも、生者によって治められる。そこに死者が介入する余地は、ない!」

 蔵人が開明王の剣を、その手から弾いた。隙だらけの格好となったところへ、

「御免!」

 蔵人の一撃が、開明王の首を両断した。

 ここに、戦いの趨勢は決する事となる。死者の残兵は糸の切れた操り人形のようになり、次々と討ち取られていった。



「よっしゃ!さすがです!敵の動きがのろくなった!これなら簡単に討ち取れますぜ」

 雑兵を食い止め、蔵人が開明王と一騎打ちできるようにしていた兵たちは興奮していた。蔵人は注意の言葉を発した。

「弓兵などがいるかもしれない!油断しないように、暴れ回ってほしい!」

「了解!」

 兵たちは勢いづき、屍たちをなぎ倒していった。

 これで全てが終わった。残るは残兵の掃討だが、統率を失った者たちを倒すのは容易である。

 不意に、蔵人はサムの姿が見えないのに気づいた。兵たちの背後に控え、後方支援をしていたはずである。

「サム?」

 蔵人の呼びかけに、

「蔵人、こっちだ」

 サムの応答が、伏した開明王の傍から聞こえた。サムの傍に駆け寄ると、開明王は細々とした声を漏らした。

「見事、だ。生なる者の力、とくと見せてもらった」

 開明王の言葉も気がかりだが、傍で何か調べている様子の友の事を優先した。

「サム?どうかしたのか?」

 サムは開明王の傍に杖を突き立て、目を閉じている。そのままで、サムは言った。

「魔力の力線が、別の場所に伸びている。死者を操る魔力の源は、開明王ではない。開明王は、中継地点に過ぎない」

 蔵人は疑問を投げかけた。

「どういう事だよ?この小大陸の死者は、開明王からの魔力で、操られていたんじゃないのか?」

 サムは友の問いかけに答えた。

「そう、間違いなく、この小大陸の死者は開明王の操り人形だった。しかし、開明王もまた、もっと別の、魔力の根源による、操り人形でしかなかったんだ」

 サムが言い終えると、首だけの開明王が小さな声で言った。

「その、通りだ。余は、死の魔法使いの、魔力の、一端でしかない。今や、死の魔法使いが、復活し、世界全土が死者の乱に、直面している」

 それだけ言い遺し、開明王は事切れたように喋らなくなった。

 サムは目を開き、

「はっ!」

 火の魔法で開明王の首と胴体を燃やした。床は石造なので、燃え移る心配はない。

 蔵人は開明王の遺した言葉が気になり、

「サム、開明王は、死の魔法使いの手下だったのか?自由に振る舞っているようにしか、見えなかったが……」

と言った。サムは答えた。

「魔力の力線は、僕の逆探知が不可能な程、北東方向に伸びていた。千年の時を経て復活した、死の魔法使いは、各大陸に中継地点となる死者を置いて、他の死者を中継役に指揮を任せているんだろう」

 サムの言葉に、蔵人は、

「じ、じゃあ、死者の乱はこの小大陸だけの問題ではなくて――――」

 そう言葉尻を濁した。サムは蔵人の言葉に接ぐ形で、

「死者の乱は世界全てで起こっている。死の魔法使い、第五の魔法使いは、世界の死者を操り、死の世界を創るつもりだ」

 そう述べた。蔵人は絶句して、答えるべき言葉を持たなかった。



 同じ頃、会戦に臨んだ連合軍は苦戦していた。

「司令官!予想以上に正面敵の陣が厚く、中央突破が、難しい状況で、す……」

 伝令としてやってきた兵士は、それだけ言うと事切れて地面に倒れた。周が見ると、背中に鎧を貫通した矢が五、六本刺さっていた。

「作戦を見誤ったか……?」

 周は馬上から兵士たちの苦闘を見守った。敵兵を偵察した限りでは、敵は兵数の有利を活かし、周指揮下の軍勢を取り囲む様子だった。対抗して周は、薄く長く伸びた敵兵の一点を中央突破し、その後に分断された敵を各個撃破する作戦を立てた。それが叶わないとなると、

「敵の親玉は、余程用兵術に長けているな」

 そう舌を巻かざるを得ない。なんとしても、なんとしても全滅だけは避けねば――――

 周の懸念が焦りへと変わりそうな時に、急に敵兵の動きが鈍ったのが、最前線から離れた周からもわかった。これは、

「蔵人たちが、やってくれたか」

 そう考えると合点のいく事態だ。周は直ちに命令を発した。

「全兵士に伝達!敵の正面中央を突破せよ!その後、二分した敵を各個撃破する!曙兵の騎兵にも合図を!敵の中央を突破した後は、右翼の敵兵背後に回り、敵を急襲せよと!」

「はっ!」

 伝令はすぐに命令を伝えるべく、彼方へ走った。万一、この敵兵の攻撃の緩みも作戦だとしたら、周指揮下の連合軍は殲滅される恐れがある。しかし、この機に賭ける以外、選択肢はなかった。

 周の心配は、しかし、杞憂に終わった。間もなくして、伝令が走ってきた。

「司令官!中央突破は成功しました。曙騎兵が早速、敵右翼を撹乱しております」

 周は伝令に、再度命じた。

「この機を逃すな!全軍、右翼の敵兵を包囲殲滅!その後、敵左翼を叩く!」

「承知」

 再度伝令が走り去ると、周は安堵し、蔵人とサムたち、決死隊の存在を思い起こした。

「あいつらが、やってくれたか」

 しかし、すぐに頰を叩き、緊張をみなぎらせた。いかに統率を失ったとはいえ、敵兵の数はこちらの倍はいる。司令官の油断が兵に伝播しては、こちらの兵数では再度包囲されかねない。

 周は自らを律する意味も込めて叫んだ。

「ここが正念場だ!押せ!押し倒せ!」

 周は剣を掲げ、味方を鼓舞すべく自らも進軍していった。



 戦いは、終わってみれば連合軍の大勝だった。蔵人ら決死隊によって統率を乱し、敵の布陣に中央突破を行い、分断した敵を各個撃破する――――周の描いた通りの戦闘だった。

 その後、破城槌をもって城門によって城門を突破、決死隊の救援に向かった。

 城塞都市内部には、ほとんど死者は残っていなかった。しかし所々に弓兵が潜み、何名かの兵が城塞内で討たれた。

 都市中央の市庁舎窓から、サムは入城してくる連合軍に大声で訴えた。

「敵指揮官は倒しました!しかし、皆満身創痍です!救護兵の派遣を願います!」

 市庁舎内の敵は殲滅したものの、蔵人も死者一般兵との戦闘に加わり、サムも魔法の種を使い尽くすまで援護し、決死隊全員が疲労困憊していた。全員生存しているのが、せめてもの救いだった。

 朝からの激闘を終え、城壁外で戦死者を埋葬する頃には、黄昏時になっていた。夕陽に、照らされつつ、火葬の炎は赤々と燃えた。

 蔵人は、曙兵の戦いぶりを聞き、炎を見つめながら静かに涙していた。周から、今日の戦で最も勇敢に戦ったのは、曙兵だと聞かされたからだ。決死隊の面々のみならず、会戦でも曙兵は最前線で目覚ましい働きをしたと。敵包囲網を最初に破ったのは曙兵であり、敵を殲滅するのに、最も貢献したのは曙騎兵だったとの事である。しかしそれだけに戦死者も多く、歩兵、騎兵を合算した一二〇名は、七〇名まで減ってしまった。

「どうか死した御霊の、安らかなる事を」

 蔵人の呟きに、隣のサムも泣いていた。これだけの戦を経てきたのだ。最早曙兵、邑諸都市の兵という垣根を超えた正真の連合軍である。皆が平等に、全ての戦死者に向かって弔いの意を持っていた。

「邑兵、曙兵の区別なく、火が燃え尽き次第丁重に葬れ」

「はっ!」

 周と副官のやり取りが、そんな連合軍の心境を物語っていた。



 邑奪還から一夜明け、兵士たちは持ち回りで都市を再建しつつ、非番の兵は休息を満喫していた。非番の兵には飲酒も許可された。

 戦を忘れ、連合軍が都市内で羽根を伸ばしていると、民衆の集団が一〇人、二〇人と邑に戻ってきた。唐突な来訪に、最初は死者かと疑われたが、死者特有の、薄紫の腐敗した身体とは似ても似つかぬ姿だった。どうやら邑が死者に占領された際に都市を脱出し、散り散りに逃げていた人々らしい。昨日の戦で都市が奪還されたと聞き、帰還してきたとの事だった。

 戻ってくる民衆の数は、一〇〇、二〇〇と、正確な数を把握できないほど増えていった。周は門扉に兵を配置し、死者が混じっていないか、確認させながらの入城を許した。しかし、どうやら杞憂のようだった。死者が混じっていれば、民衆自身が気づくからだ。

 結局、日が暮れるまでに千人近くの人々が邑に戻ってきた。その中に、齢七〇を過ぎる市議会顧問もいた。周は顧問の老人を、本営を置いた市庁舎に招いた。

「よくぞご無事でいらした」

 周は労いの言葉の後、死者の乱勃発時の様子を尋ねた。本営にいるのが当然となった、蔵人やサムも話を聞いた。

 昼下がりの午後、虚空から現れるように死者が蘇り、生者を襲い始めた事、守備隊は数に圧倒され、混乱のうちに殲滅された事など、事細かに語られた。

 最初から組織的に戦えば、死者は物の数ではない。しかし指揮系統が乱れ、唐突に都市にいっぱいの死者が現れては、軍勢として動けない。それが、死者の乱勃発時の最も恐ろしい点だった。

 顧問の話を聞き終えると、周は隊長たちに散会を命じ、

「皆、今宵は酒に溺れるだけ飲んでこい。おれも、今日は飲むぞ〜!」

と言った。隊長たちは笑顔で応じ、足早に宴会場と化している酒場や館へ消えていった。

 蔵人とサムは、本営出口で周に捕まった。

「おおっと、待てよ二人とも。今日はお前らにも、飲んでもらうぞ」

 二人は苦笑して、周の言葉に応じるしかなかった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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