第八章 敵の正体
三日間の休息の後、守りの兵を残し、周率いる軍勢は諸都市国家の盟主だった邑へと進軍を開始した。
進軍する兵数は千を切っており、この兵力で邑諸都市連合の都市を一つずつ攻略するのは無理がある。それを見越しての周の決断は、正しいと言わざるを得ない。しかし博打であるのも、また事実であった。
邑へは、四日間の進軍を経て到着した。城塞都市となっている邑を目視で捉えられる、ぎりぎりの距離に周は野営地を築かせた。
野営地が築かれ、一般兵は交代で夜営にあたり、残りの兵士は眠りに就いた。だが指揮官たちは、本営内で作戦会議を開いた。
「ラッセル、魔力探知の様子はどうだ?」
周の問いかけに、サムは、
「一番強力な魔力を持つ存在が、都市の中にいます。不要と判断されたのか、他の都市に伸ばされていた魔力の力線は切られています。全て、一人の死者に魔力が集中しています」
そう報告した。固唾をのむ皆の中で、蔵人は邑諸都市の言葉で、サムに尋ねた。
「つまり、敵は全力でこちらに向かってくるんだな?」
「その通り」
サムの頷きに、一同は沈黙を守った。明日が決戦の日になる事を、誰もが悟っていた。
続けて、サムは恐ろしい報告もした。
「城塞内の兵数は、一万を超えます」
この報告には、皆仰天した。そして周に詰め寄った。
「司令官!」
「戦えば、負けは必至ですぞ!」
しかし周は目の色を変えず、体も動じず、微かに笑ってみせた。
「皆、俺が邑諸都市連合軍の司令官に任命されるきっかけを忘れてないか?」
邑諸都市の指揮官たちはわかったようだが、蔵人とサムにはなんの事かわからない。顔を見合わせる蔵人とサムに、周は説明した。
「一〇年近く前に、俺は会戦で敗北した残兵五〇〇で、追手の曙兵五〇〇〇を相手にして、勝った事がある。あの一件依頼、邑連合軍内での俺の地位はどんどん上がり、今じゃ総司令官だ。一〇倍程度の兵力差、覆してみせるさ」
蔵人とサムは目を白黒させて驚いた。
周は宣言した。
「明日が決戦ならば、この死者の乱は、明日をもって決着する事になる!むしろこちらから打って出て、生者の執念、見せつけてやろうではないか!」
指揮官たちは周の言葉に、
「おぉー!」
喚声をもって応えた。
作戦会議が散会すると、指揮官たちは皆それぞれの天幕へと戻っていった。だが周は、蔵人とサムを残させ、改めて尋ねてきた。
一夜が明けた。兵たちが朝食を終え、出陣の準備をしているところへ、歩哨の一人が本営へと報告に走った。
「ほ、報告します!敵死者の軍が、邑の城門より続々と出陣しています!」
周は鎧の着用も途中なのも構わず、報告に来た歩哨と共に野営地の端に設けられた櫓へと急いだ。
周の視線の先で、城門から続々と敵兵が出てきていた。死者は皆武装しており、先の攻城戦とは異なり、高い統率の取れた軍勢である。
周の決断は早かった。
「全軍に伝達!完全武装して、直ちに出陣の用意をするように!」
「はっ!」
歩哨は櫓を下り、伝令として野営地内を走った。
一方で、周はしばし櫓から敵兵の様子を観察した。整然と列を成す死者を見て、
「さて、一〇倍の兵力差をどう覆すか……」
一人思案していた。
兵力の規模が大きくなるほど、兵数の差を埋めるのは難しくなる。一対一〇より一〇対一〇〇、一〇〇対一〇〇〇より一〇〇〇対一万と、どんどん困難さは増す。
作戦会議の場での発言とは裏腹に、周は総司令官のみが抱く緊張を味わっていた。
会戦の場となったのは、広い平野である。背の低い草木が茂る、障害物のほとんどない一帯だ。野営地を背後にした連合軍から見て、左方には川が流れていた。
敵である死者の兵は、薄く広く陣取り、連合軍を包囲する算段らしい。対してこちらは中央に兵力を集中させ、一点突破を狙っていた。
周は居並ぶ兵たちの前に馬上から演説した。
「この戦いに勝てば、我ら邑諸都市連合を死者から取り戻す山場を越える事になる!死者を操る魔力は邑の中心部にあり、会戦に勝ち、城塞を占領した時、死者を統率する者はいなくなる!その時、邑諸都市連合は回復への第一歩を踏み出せるのだ!皆の者、今日こそ、全ての始まりと言える勝利を我が物とするのだ!」
兵士は耳も割れんばかりの喚声で、周司令官の演説に応えた。
他方、蔵人は曙王国の言葉で、馬上から曙兵たちに演説した。
「戦友の曙兵たちよ!いよいよ、邑に最大の貸しを作る時が来た!ここで我らが活躍すれば、邑諸都市も、我らに協力せざるを得なくなる!聞けば邑の民は、一般の人々さえ敵にも義理を果たすという。そんな民と、民の信頼厚い周司令官が、この合戦の後には強力な味方として、曙王国再興に力を貸してくれるのだ!皆、今日こそ死力を尽くし、大きな貸しを作る時ぞ!」
「おぉ!」
精兵たる曙兵は喚声を上げた。
続けて、蔵人は馬を走らせ、邑兵の前に進み出た。そして邑諸都市の言葉で演説した。
「邑諸都市連合の諸君!我ら曙兵が、諸君らに大きく尽くした事は、言わずともわかっている事と思う!その上で、今日の最大の戦いにおいても、我ら曙兵は諸君らに尽くす。平たく言えば、貸しを作る。果たして、邑の諸都市が奪還された暁には、曙王国再興のために、今度は借りを返すべく戦ってほしい!我らは、最早運命共同体、立派な戦友であるのだから!」
「おぉー!」
邑兵からも喚声が上がった。
蔵人は密かにため息をついた。実はこの邑兵への演説は、昨晩サムの協力で作ったものだった。一部単語の意味もあやふやだったが、無事伝わったようで安心した。
この小大陸の運命を分ける合戦が、始まろうとしていた。
会戦の初め、一刻余りはどちらも動かなかった。互いに様子を見ているのは明らかだ。兵たちも周司令官も、緊張しつつ敵を注視していた。
しかし、戦いの火蓋は、敵の側から切られた。整列した敵歩兵隊が、連合軍に向けて進軍を開始したのだ。歩みを始めた敵軍に対し、周は各隊に指示を飛ばした。
「左右の敵兵には構うな!皆落ち着いて、敵中央の部隊へと進むのだ!」
周の指示が早馬で各隊に伝えられ、連合軍は速歩きで進軍した。蔵人も麾下の曙兵に進軍を指示した。そして、騎兵隊長に任命した、隣で馬上にいる壮年の男に耳打ちした。
「例の作戦が始まったら、騎兵を率いるのは貴君だ。周司令官の中央突破が実現したら、敵兵の背後に回って戦場を引っ掻き回すように。決して敵兵の正面に回らず、背後から襲い、死者の首を跳ね飛ばしていってほしい」
「了解」
完全武装した重騎兵の男は頷いた。蔵人は王都から逃れて以来、軽装を保っている。騎兵と言えば重装、そう思っていたが、馬上以外の戦闘も考慮すると、軽装の方が調子が良かった。
張り詰めた緊張の中、正面の部隊と矢の射程距離内に迫ろうという時に、周は告げた。
「例の物を出せ!」
「はっ!」
周の傍で馬上にいたサムは、短く返事をして、野営地傍で待機していた少数の部隊に念話を飛ばした。
――丸太を転がしてください――
サムの声と共に、連合軍野営地傍から、木の丸太が何本も転がされた。丸太には油を染み込ませた布が巻かれている。
「火よ、我が念じる通りに、燃え始めよ」
サムの魔法で、丸太には火が点けられた。この一帯はほぼ平坦だが、連合軍が野営地を築かせた付近がやや高くなっている。そのため、野営地から転がる火の点いた丸太は坂を下り、敵兵へと勢いよく突っ込んでいった。
連合軍左右の敵兵が混乱状態になった。この隙に、周は告げた。
「全軍、正面へと早足で進め!敵兵の大半が混乱している今が好機だ!
サム!手筈通り、蔵人と精兵を率いて突っ込め!この戦の命運、預けたぞ!」
「はい!」
サムは周の傍を離れ、馬に鞭を入れて蔵人の元に急いだ。
サムがやってくるのは、蔵人はすぐにわかった。
「サム!」
「蔵人!周司令官が、手筈通りにと!」
サムの言葉を聞き、蔵人は麾下の兵たちに言った。
「諸君、我は昨晩話した通り、精兵一〇を率いてこの場を離れる。しかし恐れる事はない。全ては、我が任じた隊長に言い含めてある。
皆、存分に戦うのだぞ!」
「おぉー!」
兵たちは歩きながら、喚声で応えた。蔵人とサムは進軍する隊の脇で馬から降りた。そして隊を抜けた歩兵一〇名と共に、サムの魔法で宙に浮いた。
「皆さん、いいですか?」
サムがそう言うと、全員が頷いた。
サムは魔法の種を二つ消費し、己を含めた一二名を、邑の都市中央へと向けて飛翔させた。
全ては、魔力の源を断つ、周の作戦だった。
会戦前夜の本営で、蔵人とサムに周が尋ねた。
「先に言った作戦、実行可能か?」
それは、サムの魔法で少数の精兵をもって敵城へ突入し、魔力の源を断つというものだった。魔力の源が邑の中にあるのなら、そこを断てれば戦にもならず邑を奪還できる。また、会戦になっても、魔力の源を失った死者は統率も失い、容易く撃破できる算段だ。
蔵人は答えた。
「精兵一〇名の選抜は、済んでます」
サムも答えた。
「風の魔法の魔力の種は作れました。作戦は実行可能です」
先だっての攻城戦で、兵士を城壁の上まで運ぶのに、サムは魔力の種を全て使っていた。しかし行軍の間、荷馬車に乗せてもらい、瞑想して魔力の種は再生成できていた。風の魔力の種二つもあれば、一五人ほどの大人を高速飛行させられる。
作戦実行可能の報せに、周は安堵した様子である。しかし、本当に魔力の源を断てるのか、精兵とはいえ、敵城のど真ん中に突っ込んで無事に住むかはわからない。博打も博打、大博打だ。
「司令官も無茶仰る」
蔵人が苦笑した。周は両腕で、左右に蔵人とサムの肩を抱いた。
「打てる手は、全て打っておきたい。この戦が終わったら、ベロンベロンに酔っ払うまで酒を飲ますからな。覚悟しとけよ」
蔵人とサムは笑った。
「それは怖い」
「確かに」
さらに、蔵人はこうも言った。
「でも、一番の手柄は司令官だから、まず周司令官に酔っ払ってもらわねば」
蔵人の肩を抱く周は間近で、
「ほう、言うようになったな。おれは酒に相当強いぞ。飲み比べしたら、誰も勝てないからな」
周の視線に、
「おお、怖い怖い」
蔵人はまたも体を震わせて怖がって見せた。
以上が、作戦会議後の密談の内容であった。
サムの魔法で、蔵人とサム、そして曙兵一〇名が空を飛んだ。
「わわっ、怖いな!」
自分の意思とは関係なく飛翔するのを怖がる兵もいたが、敵城に乗り込む事を怖がる者はいない。皆、兵士の鑑のような存在だった。
一二名は城壁を越え、街の上を飛び、都市中心部の城塞を目指した。
サムが言った。
「城塞の窓を突き破って、建物内へ侵入します!皆さん、いいですか?」
サム以外の全員が、
「了解!」
声を揃えて承諾した。
城塞の上階に、魔力の源があるのをサムは探知していた。その部屋へ目掛け、サムは皆を飛行させた。
突入直前、サムは皆に伝えた。
「魔力の源がある部屋に突っ込みます!何が待ち受けているかわかりません!気をつけてください!」
「おう!」
蔵人と兵士一〇名は、喚声で応えた。
目指す部屋の窓は、戸やガラスで遮られる事なく、開け放たれていた。窓の一つから、サムは自分を先頭に、計一二名を突入させた。
皆、部屋の床に転がるようにして受け身を取った。幸い、突入は成功し、負傷した者もいなかった。皆は立ち上がり、周囲を見回した。広い一室で、大きな窓から日が入り、室内は明るい。そして、部屋の中央には円卓が置かれ、その椅子の一つに、腰掛ける死者が一人いた。
「なるほど、魔法で飛行し、余を直接倒しにくるとは、思ってもみなかった。しかし、簡単に倒せるとは思わないでもらおうか。
侵入者だ!」
室外へと通路から、わらわらと死者の警備兵が姿を現した。それを見た兵士一〇名は、死者に向かっていった。
「みんな?」
蔵人が疑問を口にすると、兵士たちは、
「対象首は譲りますよ!」
「おれらが死者兵を食い止めますぜ」
そう言って死者に斬りかかる一〇名に背を預け、蔵人とサムは円卓に腰掛ける敵司令官に向き直った。
円卓に向かい座していた死者は、ゆっくりと立ち上がり、蔵人たちの前に立ちはだかった。
「確かに、余が大将首なのは事実だ。余を倒せば、合戦に出向いている死者たちは統率を失い、簡単に撃破できよう。しかし、余を倒せるかな、若人よ?」
死者は王冠と緋色のマントを円卓上に置き、立ち上がって蔵人に近づいてきた。そして、剣を抜いた。
ただ、この死者を統率する者の姿には、蔵人は見覚えがあった。
「あ、貴方は、まさか……」
「蔵人?」
驚愕に打ち震える蔵人を見て、サムは疑問を抱いた。サムは目の前の敵が、魔力の源だという事しかわからない。しかし曙王国に仕えてきた蔵人は、肖像画で幾度もその姿を目にしていた。
死者は言った。
「左様、余は曙統一王朝初代国王――――」
「開明王……」
蔵人はその王号を口にしていた。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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