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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第七〇章 待ち伏せ

 リトレイアへの道中は、文字通り死者の間を縫うようであった。平原や山間、街や村など、どこにも生者はおらず、死者しかいない。死者の乱が発生して一年が経ち、殺された人々はほとんど白骨化していた。

 目を背けたくなる惨状だが、蔵人一行は途中の村々で食料や水、酒などを無断で頂戴して回った。遜の発案だったが、真面目な性分の蔵人は反対した。

「元々は、この村で亡くなられた方々の物だろう?それを勝手に持ち去るなど、泥棒同然ではないか?」

「この干し肉や葡萄酒は、このまま放置していてもネズミの餌になるだけだろ?今のおれたちは、曙王国から分捕ってきた金はあっても、品物と交換してくれる売り手がいない。

 それとも、金を分捕るのは良くて、食べ物をもらうのは悪いのか?」

 蔵人は痛いところを突かれた。そこを指摘されてはぐうの音も出ない。

 蔵人は少し迷ってから跪いて小さな声で祈りを捧げた。

「この持ち主たちよ、申し訳ありません。この食料、魔王討伐のため、役立たせていただきます」

 そして、自分でも天井から吊るされた干し肉を取った。

 その後村の貯蔵庫を訪れた一行は、酒の美味さに仰天する思いがした。

 酒樽から一口酒を注ぎ、酒杯に舌を付けた遜が言った。

「こりゃ美味い!この葡萄酒、かなりの逸品だぞ?」

 サムは苦笑しながら解説した。

「ナメドリアは美酒の国として有名だったからなぁ……葡萄酒も麦酒も、米酒まであったくらいだ。その製法が失われたとなると、無念だけど」

 遜は悪びれもせず、次のように言った。

「なに、今ある酒を、存分におれたちが味わい、そして魔王を倒せば、この酒たちも報われるってもんさ」

 遜は携帯用の小さな酒樽に、貯蔵庫の大きな酒樽から酒を注いで回った。

「酒と女に目がない……本当に俗物ですわね」

 エイシャの言も、遜には届かない。それどころか言い返した。

「何を言ってやがる。お前も女同士でヤることヤって、気持ち良くなってたんだろ?」

 エイシャもまた痛いところを突かれ、歯ぎしりしながら赤面した。黙ったエイシャを尻目に、遜は酒を注ぐ作業に戻った。

 サムは言った。

「まあ、反論は無理みたいだね。仕方ない。僕らも、お酒を分けてもらおうか」

 その後は皆で酒を注いで回った。そして食料と酒を持って、馬を繋いだ所まで戻った。ついでに見つけた馬用の大麦を、馬たちに食べさせた。

「結構な荷物を背負わせて旅しているから、馬たちには大変な思いをさせているよな」

 蔵人の言に、遜は言った。

「まあ、だから長旅に耐え、重い荷物も運べる馬を買ったんじゃねえか。この馬が高くついたのを、忘れたわけじゃないだろ?」

 サムは蔵人の弁護に回った。

「蔵人は根が優しいからなぁ。中々馬の心配まではできないけど、気遣うのは大切だよね」

 遜は、その言葉には同意した。

「違いない!蔵人の言う事も、一理あるか」

 蔵人一行は荷を馬に積み、餌やりを終えると、リトレイア目指して馬上の人となった。



 水平線上に、孤島オレンの島を望むリトレイアの街――――に、着いたのは良いのだが、街の中央広場まで来たところで、統率された死者に囲まれた。

「あぁ、そうか!」

 サムは大声を上げた。そして続ける。

「僕らが大精霊の許を訪れるのはわかっているから、待ち伏せするのは当然か!」

 自らの失点に落ち込むサムに、蔵人は言った。

「気にするな、サム。むしろ、俺はわかった上で、敢えて敵中に飛び込むのだと思っていたぞ」

 遜、エイシャも蔵人の意見に同意した。

「あぁ、その通りだ。今更、おれらに死者の一〇〇や二〇〇、集めても敵じゃねえだろ」

「皆に神聖魔法の加護を授けました。三日は休み無しで戦えます。さっさと片づけてしまいましょう」

 全く落ち込む様子のない仲間に、サムは勇気づけられた。

「うん、そうだね。さっさとやっつけよう」

 意気込む一行に対し、高所から響く声が答えた。

「ほう、ならば妾が直接出向けばどうじゃ?」

 上を見上げた四名は、宙に浮く見知った人影を見出した。

「え?そんなはずが……」

「あ、あれは……マジかよ……」

「そんな……まさか……」

 サム、遜、エイシャは、馬上で凍りついた。宙に浮いていたのは、紛れもない、魔王の姿だった。

 だが、蔵人には幻影魔法は通用しなかった。

「偽の姿で騙そうとしても無駄だ。本当の姿を見せろ、似非魔王が!」

 蔵人は驚くべき嗅覚、感知能力で、敵の正体を看破した。魔法使いのサムでさえ、一見ではわからない。魔法で調べて、

「確かに、幻影で姿を変えている。あの魔王は偽物だ。でも蔵人、どうやって正体を見破ったの?」

 友の驚愕の声に、蔵人は困った。

「え?いや、なんとなく……幻影でさえ、魔王の放つ圧力みたいな物はこんな弱くなかったからな」

 宙に浮く「偽」魔王はため息をついて正体を現した。

「ちぇっ、折角魔王様に化けて美味しい思いができると思ったんだけどなぁ……」

「偽」魔王が着地するのと同時に、蔵人一行も馬を降り、エイシャが馬を死者から隠す結界を張った。これを張ると襲われないのが馬にもわかるらしく、大人しくなってくれる。

「偽」魔王は幻影魔法を解き、正体を現した。

「ぼくはヴァクロウス。女の体だけど、心は男だ」

 疑問の声を上げたのは遜だった。サムが答える、

「性別障害だ。身体と、心・精神の性別が一致しないのは、立派な病、障害だとされている。それが、あのヴァクロウスという奴なんだろう。でもヴァクロウスって言うと、どこかで聞いた気が――――」

「ほう、我らをご存知か」

「これは光栄だな」

 広場の中心に蔵人一行がいる。正面の少し離れた所にヴァクロウスが立っている。そして左右の路地から、二名の男の死者が姿を現した。

 サムは得心がいった。

「そうか!千年前にオレニア帝国で、三騎士と称された軍団長たちだ」

 三騎士の残り二名も名乗った。

「いかにも、我はテイーア」

「我が名はシュミラ。大陸に名を轟かせし騎士なり」

 ヴァクロウスは槍、テイーアとシュミラは大剣を持って近づいてくる。蔵人たちは馬から離れ、各々が四方を向いて固めた。

 そして、蔵人はサムに耳打ちした。

「わかった」

 サムが了承した次の瞬間、ヴァクロウスが宣言した。

「我らと我らが軍勢の前に、叩きのめされろ、勇者一行!」

 こうして、戦いの狼煙が上がった。



 しかし魔王軍の思惑は、蔵人の知略によって破られた。サムが魔法で、蔵人一行と三騎士だけを囲むように炎の壁を作ったのである。これでは死者の軍勢は、三騎士の援護ができない。

 ヴァクロウスは思わず足を止め、非難の言葉を発した。

「なんて卑怯な!貴様らに騎士道精神はないのか?」

 しかし、剣を構えた蔵人は平然と言った。

「戦は騙し合いの場だ。どんな卑怯な事をしようと勝てば良い。それが全てだ!」

 蔵人はそう言い終えると同時に、ヴァクロウス相手に突っ込んでいった。それに続き、遜はテイーア、エイシャは兜を被ってシュミラに向かっていった。サムは攻撃魔法を唱え、仲間の三名を援護した。

 炎の熱気に包まれつつも、三名は敵を圧倒した。時折無作為に、サムの攻撃魔法で凍らせられたり風の塊で突かれたりしたのも大きい。

 ただ、蔵人はサムの援護が不要なほど、ヴァクロウスを圧倒した。ヴァクロウスは槍の穂先に十字の刃が付いた武器を用いていた。武器としてはかつて戦ったガルデニウスのハルバードに近い。しかし武器の使い手としては、雲泥の差があった。

 打ち合いから数分で、ヴァクロウスは槍を弾かれ、大きな隙を晒した。

「しまった――――」

 次の瞬間には、ヴァクロウスの首が両断されていた。

「流石は……勇者一行……」

 そう言い終えると、ヴァクロウスの首は地に転がった。

「ヴァクロウス!」

「そんな馬鹿な……」

 仲間が倒された刹那、テイーアとシュミラは致命的な隙を晒した。

「おいおい、お前の相手はおれだろう?」

 遜はテイーアの鎧の隙間に双剣を差し入れ、首を刎ねた。

「油断しましたわね?」

 エイシャの神聖魔法の加護を受けた鉄拳が、シュミラの頭を粉々に砕いた。

 その光景を見て取ったサムは、炎による壁を解いた。何体かの死者が、燃えて消し炭になっている。

「どうにかなったな」

 蔵人の言葉に、遜とエイシャはそれぞれ思うところを吐露した。

「まだ死者は一〇〇体以上いるぞ?」

「炎の魔法を使うなら、事前に言ってほしかったですわ。そうすれば、熱さへの加護も加えましたのに……全く、すごく熱かったですわ」

 蔵人は申開きに苦慮した。

「悪い悪い。山場は越えたし、炎の壁は、咄嗟に思いついた奇策でな。敵を騙すには味方からと言うだろ?」

 遜もエイシャも肩をすくめた。サムは言った。

「しかし、よくもまああんな策を思いついたよね。あの騎士と、死者が一斉に襲いかかってきたら、勝ち目はなかった」

 サムの賞賛に、蔵人は頬を掻いた。そして言った。

「さぁ、残り一〇〇体か二〇〇体の死者を、片づけないとな」

 皆改めて戦闘態勢を整え、自分たちを囲む大勢の死者に向かっていった。

 言うまでもなく、結果は蔵人たちの完勝であった。討ち漏らしもなく、全ての死者が倒された。



 死者の掃討が終わった後、首が転がったままだったヴァクロウスに、首の傍に立って蔵人は尋ねた。

「何故魔王は直接来ない?」

 これは蔵人にとって大きな疑問であり、言われてみれば、他の仲間たちにも問題として感じられた。もし本物の魔王が来れば、半分以下の力しか出ない幻影としか戦っていない蔵人たちは、全滅の危機を迎える。

 しかし、たどたどしい口調でヴァクロウスは言った。

「そんな……大事な事……話すわけ……ないでしょ……」

 上を向いて首だけになったヴァクロウスは、不敵に笑っていた。

 蔵人は、

「その忠誠心だけは、見事である。流石は古の騎士と讃えられるだけある。今、楽にして差し上げよう」

 そう言って、剣でヴァクロウスの首を両断した。

 続いてテイーアにも同様の質問をしたが、返ってきた答えも同様だった。

「騎士として……忠誠を……誓った方の……事は……喋れぬ」

「忠義、お見事です」

 蔵人は再度剣の一撃を見舞った。

 皆は揃って、魔王配下の者たちの忠誠心に疑問を呈した。

 蔵人は言った。

「そんなに、生き返らせてもらったり、寿命を超えて生き続けるのが有り難いのかな?」

 サムが答えた。

「うーん、死を覚悟して戦いに臨んでいるけど、生き返らせてもらおうとは思えないなぁ」

 エイシャはイアグ神への信仰心から憤慨した。

「全く、生き続けたり、生き返ったりが、そんなに有り難いなど……万物はイアグ神より生まれ、イアグ神に還るのです。それに背くなど汚らわしい事この上ないですわ」

 唯一、わずかな理解を示したのが、四名の中で最年長の遜だった。

「まあ、それはお前たちが全盛期の力を持っていない、成長過程だからだろうな。おれは三十路を越えて、自分の身体能力が衰えたのを感じている。そういう不安や恐怖に、魔王はつけ込むんだろう」

 エイシャは目を丸くして、遜を凝視した。

「なんだ?おれの顔に、何か付いているか?」

 遜が尋ねると、エイシャは感心の言葉を発した。

「さすが、年長者ですわね。伊達に人生経験積んでいるわけではないので、驚きました」

 遜は苦々しく、

「エイシャな、おれを酒と女が好きな奴としか思ってなかったろ?」

 そう言ったところ、エイシャからは、

「はい、その通りですわ」

 という答えが返ってきた。遜はそれ以上反論する気も失せて、肩を落として嘆息した。

 蔵人は会話が終わったところで言った。

「おい、皆、忘れてないか?俺たちの目的は、あのオレンの島に行く事だ。無事な船を探して、早く向かうぞ」

 蔵人のかけ声に、全員が心を改めた。



 街の波止場に、一艘の小型帆船が無傷で残っていた。

「ヨットか!これなら、あの島に行くくらいはできそうだね」

 サムの歓声に、蔵人は首を傾げた。

「ヨット?何だ、それ?」

 他の面々も疑問符を顔に浮かべており、サムは説明の要を感じた。

「こういう極々小さな、数人で操る帆船だよ。小さいから、長期の航海には向かないけど、あの島に向かって戻ってくるくらいはできるでしょ」

 しかし、蔵人の疑問は尽きない。

「でも、俺らだけじゃ操船は無理なんじゃないか?」

 サムは不敵に笑って友を見た。

「蔵人、僕の得意な魔法の分野、何か忘れていない?」

「サムの得意な魔法――――あっ、風か!」

 得心のいった蔵人に、サムは続ける。

「皆、重い装備は外して、船室に入れておいて。ヨットは海に落ちる可能性のある乗り物だ。万一落ちても、魔法で拾い上げられるけど、金属類を身に着けているとあっという間に沈むからね」

 蔵人は両手剣、遜は全身に装備した仕込み武器、エイシャは兜と鎖帷子を外した。船室にそれらをしまい込むと、遜が言った。

「なんか、ラジャムに比べて、ナメドリアって寒くないか?おれが年寄りなだけか?」

 サムは真面目に説明した。

「地図上では、ラジャムより北になるから、ナメドリアは寒いはずだよ。重武装の遜が装備を外したら、寒いのは当然かもね」

「なるほどな。さっさと行って、さっさと帰ってこようぜ」

 遜の言に従ったわけではないが、皆桟橋から落ちそうになりながら、ヨットに乗った。波風激しい様子はないが、ヨットの揺れは皆の想像を超えていた。

 サムは皆に呼びかけた。

「落ちないように、皆どこかに捕まっていてね!」

 そう言うと、強力な風魔法で、ヨットの帆をを押した。だが、強すぎる風に、ヨットは転覆しかけ、皆は海水を舐める羽目になった。

「サム!強すぎ!強すぎ!」

 蔵人の制止に、サムは言った。

「ごめんごめん!勝手がわからなくてね。でも、段々とわかってきたよ」

 その言葉の通り、サムは風を調整し、帆が目一杯膨らむ程度で、しかも船の姿勢も安定するようになった。

 強力な風魔法は、暗雲をも切り裂き、日が差してきた。

「いい気持ちですわね。これくらい快適なら、船旅も悪くありませんわ」

「いや、エイシャ、水を差すようで悪いけど、僕が風魔法で制御しているから快適なんだよ。実際にヨットを人力で動かすと、皆がまだ経験した事のない船酔いに苦しめられるからね?」

 遜がそう言うサムに尋ねた。

「なんか、船旅の経験がありそうな口ぶりだな?ヨットで航海した事があるのか?」

 サムはげんなりした顔になって言った。

「いやぁ……師匠に何でも経験しとけと言われて、色々やらされたもんで。その中に野宿もあったから、旅に慣れていたんだよね」

 微風が一行の頬を撫でる中、島に近づくと、異変が生じた。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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