第六八章 ナメドリアへ
蔵人一行は王の軍勢とは別れ、自分たちの馬を繋げる宿屋に泊まった。
遜は室内に入ると、寝台に陣取って言った。
「いやぁ、しかし、さすが我らが勇者様だ。あの剣技は見事だったぜ。大振りの両手剣で、爪の先程の指輪と、鼻くらいのネックレスを破壊してみせたんだからな」
蔵人は、抜剣して剣を高々と掲げた。そして、じっと剣を見つめた。
「俺には、これしか能がなかったからな。これが俺の全てであり、この剣が叩き割られる時、俺の心もまた壊れる」
遜は、それを聞いて真面目な顔になった。
「それなら、剣以外の拠り所を持つべきだ。剣はどこまでいっても道具でしかない。そこに全力を懸けるのは、不健全でさえある」
蔵人は剣を仕舞い、笑った。
「今は皆がいるさ。それに、サムという命の恩人もいる。俺には思いつかない角度から助言してくれる遜もエイシャもいる。もう、剣の勇者ではあっても、剣のみの修羅ではないよ」
遜はからかうような言葉をかけた。
「自分で勇者とは、言うようになったな、蔵人。まあそれくらいの自信を持ってもらわないとな。また精神魔法を食らって泣き喚いたら格好がつかない」
蔵人はむくれたが、返答は避けた。
「さて、街はお祭りのご様子だ。皆で楽しもうぜ」
遜の先導で、一行の面々は顔を見合わせつつも宿を出た。
「遜はこういうの、好きだよね」
サムの言葉に、遜は言った。
「何を言ってやがる。他人が楽しんでいる時に、一人何の理由もなくお通夜みたいな雰囲気でいられるかってんだ。楽しみは、一人よりも二人、三人四人と、多くで楽しめればそれに越した事はねぇだろ。まあ、二人きりで楽しむのがいい時もあるがな」
遊びの極意を説くが如き文句である。
「まあ、酒くらいなら僕も嗜めるから、いいけどね」
サムの言葉である。エイシャも、
「それは同感ですわね。イアグ神も、果実を育て、そこから酒を造る事を僧たちにお許しになったくらいですもの」
皆はぞろぞろ宿を出たが、蔵人を見た宿の主が、一階の受付で呼び止めた。
「あ、あの……あなたがたが、王都解放の主力を担った勇者様とお伺い致しました。それで、お代は結構ですから……」
宿屋の主人はそう言ってクローヴィス金貨一枚を返してきた。しかし、蔵人は主人の手を掴み、クローヴィス金貨二枚を強引に手渡した。
「それなら、この代金で宿屋を改築なさっていただきたい。貴族でも泊まれる、立派な宿に」
主人は慌てふためいたが、蔵人の手は離せない。抵抗を諦めた主人は言った。
「ははぁ、し、承知致しました。か、必ずもっと美しい内装にしてみせます。次にいらした時を、た、楽しみにしていてください」
蔵人一行は、皆笑って宿屋を出た。
街の広場では露店が各所に出来て、酒を盆に載せた街娘が葡萄酒を振る舞っていた。遜は目当てとなる女性を探しながら、他の面々は純粋に酒を楽しんだ。花火の音も、お祭り気分に華を添えている。
「酒を配っていた女性じゃ駄目なの?」
広場中央で、サムは遜に聞いた。遜は信じられないものを見るような視線をサムに向け、
「馬鹿か!おれに幼女趣味はない。成熟した大人の魅力を持つ人を探しているんだ!」
熱弁を振るう遜に、エイシャは嫌味全開の質問をした。
「なら、あちらの露店を切り盛りしている方はいかがですの?」
エイシャの指した方向に目をやると、快活に料理と販売を一人でこなす老婆がいた。
「お前らなぁ……まぁ、もういいや。反論する気も失せたぜ」
しばし俯きがちだった遜だが、
「お!じゃあ、ちょっと行ってくる。明日の朝までには宿に戻るからよ」
酒杯は放り出し、好みの女性へと向かっていった。エイシャは呆れて物も言えぬ顔である。
「女好きなのはいいとして、酒を放っていくのは関心しないな」
遜が放り出した酒杯を、咄嗟に手にした蔵人は、遜の飲み残しを味わった。
「葡萄酒も麦芽酒も、皆美味しいよね」
サムも蔵人と同意見らしい。エイシャは蔵人に尋ねた。
「蔵人は、行かなくていいんですの?王都解放最大の立役者ともなれば、女たちの方から寄ってくるでしょうに。それに、顔も整っていますからね」
エイシャの評に、茶々を入れたのがサムである。
「もしかしてエイシャ、蔵人みたいな男が好み?」
エイシャは暗がりでもわかるほど赤面し、必死に否定した。
「あ、あり得ませんわ!私はイアグ神にこの身を捧げた者です。浮世に戯れるなど、あってはなりません!」
自らのあずからぬ所で、自らをめぐって激論が交わされている。見ていて面白い光景だった。
笑う蔵人に、エイシャが抗議した。
「なにを一人笑っているのですか?あなたがこの議論の中心にいるのですってよ!」
蔵人は柔らかに反論した。
「そうだね。でも、普段の旅は大変だけどさ、こうして思い切り笑える時もあると思うと、おかしくってね。
エイシャも、全く笑えない旅よりは、たまには全力で笑える旅のが良いだろ?」
サムとエイシャは肩をすくめ、
「その通りだね」
「異論はありませんわ」
各々なりに蔵人の言葉に答えた。
そのうち、広場に親衛隊数名を連れて、ジャイーラ王子も姿を現した。
「陛下!」
「国王陛下!」
既に王として呼ばれるのを、王子は嗜めた。
「待て待て、我が国王となるのは、即位式を挙げてからだ。まだ王子の身であるというのに」
その様子を遠くから見た蔵人は、他二名に呼びかけた。
「二人とも、逃げるぞ。王子殿下に勇者一行なんて紹介されたら、人波にもみくちゃにされる」
三名はそそくさと広場を去ったが、サムは一点、心配な事を口にした。
「殿下が人波にもまれて、暗殺されるような心配はない?」
蔵人は自信をもって、否、と言えた。
「国王の一番傍にいる兵は、俺と同じくらいに気配に敏感だ。広場で、俺と目が合ったくらいだからな。あれなら心配ない」
蔵人たちは広場から離れた、裏通りの酒場で飲み直す事にした。
「では、改めて……乾杯!」
蔵人の音頭で、三名は酒杯を掲げ、叩きあった。
知る人ぞ知る名店、といった体の酒場である。馬鹿騒ぎする者はおらず、静かに語らう者たちの憩いの場所だった。女を口説く者も、落ち着いて話しかけていた。
「遜はがやがやしてる方が好きだろうけど、俺はこういう静かな店のが良いな」
蔵人はそう言って、さらに付け加えた。
「こうして酒も美味ければ言う事なしだ」
サムは笑って同意した。
「蔵人の言う通りだね。僕らの旅の出発の際に、遜は旅の資金を貰ってきたって言ってたけど、馬で何日もかかる遜の故郷と、そんなに早く往復できるわけないんだよな。あれは軍資金を横領して得た金に違いない」
エイシャは目を丸くして、
「それって、立派な犯罪じゃなくて?遜の事だから、いつか手を汚すとは思っていましたけど、とっくに罪を犯していたんですね」
蔵人も笑った。
「そうそう。俺らの旅に加えてくれって言ってきたのも、資金を用意してきたのも早すぎたよな。まあ、この旅の功績で、チャラになるかどうか……」
「いや、僕の見る限り、かなりの量があったから、魔王を倒してやっと完済かな」
「違いありませんわ。ああ、イアグ神よ、あの罪深き俗人にお救いを」
エイシャは祈りを捧げた。
三名が話していると、微かに口髭を生やした痩せ型の店主が、遠慮がちに話しかけてきた。
「失礼、勇者御一行とお見受けしますが、お間違いありませんか?」
蔵人たちは顔を見合わせたが、散々冒険譚を語っておいて、嘘をつくのもためらわれた。
一行を代表して蔵人が答えた。
「まあ、勇者と呼ばれるのはむず痒いですが、仰る通りです」
店主は遠慮がちにお願いしてきた。
「何か、勇者御一行がこの店を訪れたという証を頂戴いただけませんか?お恥ずかしながら、街の第一の広場に大きな酒場ができてから、客足が遠のいてしまいまして――――どうか寛大な心で」
蔵人はさしたる躊躇の間もなく、
「構いませんよ。その代わり、今晩の飲み代はチャラにしていただきたい」
「それはもう、いくらでも。いつ何時お越しくださっても、タダに致します故に」
へりくだる店主に、蔵人は言った。
「いや、チャラにするのは今日の飲み代だけだ。それ以上は過ぎた代金になるから、飲み代は払う。それでいいなら承知致します」
店主は、
「は、畏まりました」
丁寧に一礼した。
蔵人はそうは言ったが、
「さて、証と言うが、何を残したものか……」
「ならば、写真かな?」
当てがなさそうだったので、サムがそう提案した。耳慣れない単語に、
「写真?何の事ですの?」
エイシャがそうサムに尋ねた。サムは説明の要を感じた。
「絵より細密に、風景を残す魔法だよ。最近になって、機械的に再現できるようになったって聞いているけど……」
「はい、わたくし、映写機を持っておりまして」
店主はいつの間にか、映写機を持ってきていた。三脚の上に載った、立方体の黒い布と、そこから覗く円い硝子の部分が特徴的である。
店主は位置取りを蔵人一行にお願いした。
「カウンターを背景にしてください。そして、直立して各自の武器を高々と掲げ、あっ、そうそうそんな感じです。それでは、わたくしが良いと言うまで動かないでくださいね」
蔵人たちは一分ほど、軽い苦痛を味わう羽目になった。
「それでは、ありがとうございました!」
店の外まで見送る店主を背に、蔵人一行は宿への道を歩いた。既に日は暮れ、火の焚かれていない裏通りは真っ暗である。盗人などの横行する時間だが、さすがに勇者一行を襲おうとする馬鹿はいなかった。
蔵人は言った。
「写真かー!すごい魔法や発明もあるもんだな。というかサム、写真魔法使えるのに、今までどうして使わなかったんだ?」
「写真魔じゃないから、普段から使おうと思えなくてね。それに、魔法で写真を撮る際にも、黒布とレンズが要る。面倒すぎてね」
サムは答えたが、すぐに視線を前方に戻し、何か悩んでいる様子である。
「サム、どうかしましたの?」
エイシャの言葉に、サムではなく蔵人が答えた。
「さっきの店主の言葉が、気になるんだろ?」
図星であった。サムは言う。
「さすが蔵人。よくわかってるね。北の大陸が、地図から消えたみたいに便りが途絶え、遣わされた船も帰ってこない……絶対に魔王のせいだ」
しかし、蔵人は友を諌めた。
「しかし、そのためにはナメドリアに加えて、ヴニラ共和国まで踏破する必要がある。それには、まだまだ長旅が必要だ。それに、ナメドリアに行った人も、中々戻って来ないと聞く。まずはナメドリアで死者退治だな」
意気込む蔵人の性格を、エイシャは分析していた。
「クロードって、もしかして行った事のない場所へ行くのが好きなんですの?」
蔵人は肯定した。
「ああ。人類未踏の地へ勇敢に渡り行く――――わくわくしないか?」
サムは友の新たな一面を知り、突っ込みを入れた。
「迷宮攻略でわくわくしてたのはそれでか!でも蔵人、迷宮は人の造った物だから、人類未踏の地ではないよ」
「え――――」
絶句して固まった蔵人を、友であるサムは慰めた。
「まあ、水の精霊の住まうとされるナメドリア沖合の島には、記録では水の大魔法使い以外は渡った事がないから、人類未踏の地への勇敢な航海、と言えなくもないと思うよ」
蔵人は再び生気を吹き込まれたかのように、
「よし、まずはナメドリアだ!でもその前に、ジャイーラ殿下の即位式は見ておこう。王たる資質を持つ方の即位だ。これでこの国も安泰だ」
サムは言った。
「結局、殿下は魔王に操られていた女摂政を、妻にするんだっけ?」
答えたのはエイシャだった。
「そう仰ってましたね。ナメドリアから来たといい、魔王に操られていたといい、どうも怪しいですけど、その辺りは問題ないんでしたよね?」
サムは力強く頷いた。
「うん。相当念入りに調べたけど、魔王から力を直接操られていたのではなく、あの黒玉の飾りに魔王の魔力は繋がっていたと見て間違いないよ他の持ち物には、黒玉みたいな魔力は感知されなかった」
エイシャはその時の事を顧みた。
「それにしても、あの時のクロードの剣技は見事でしたわ」
「あんまり褒められると照れるな――――」
遜を除く蔵人一行は、思い出話に華を咲かせながら、宿屋までの夜道を歩いた。
翌日、即位式を目前に、蔵人一行はジャイーラ王子こと、次期国王に呼び出された。観衆に混じって即位式を遠目に見るつもりの一行であったが、次期国王直々のお達しとあれば参内する他ない。一行は武装しつつも、歩いて宮殿内に案内された。
蔵人たちが謁見の間に入り、跪いていると、ジャイーラが入ってきて、慌てて立つよう言った。
「ええい、よいよい。そう畏まらずともよい。我も立ったまま、対等に語り合おうではないか」
しかし、側近の大臣が言った。
「殿下、あと一刻もすれば、そなたは国王陛下にご就任遊ばされるのですぞ!勇者御一行が礼を尽くして殿下をお迎えしたのですから、こちらは玉座に座し、堂々たる威風で迎えねばなりません!」
あくまで跪いたままの蔵人一行と、王としての礼を説く大臣の意を汲み、ジャイーラは玉座に着いた。三段、蔵人一行が跪く場から上にある。この三段の持つ重みは、蔵人が平明王の元で体感したのと同じものである。ましてや、今の蔵人たちは家臣どころか流浪人の身だ。為政者との隔絶は大きかった。
ジャイーラは玉座から、蔵人一行を見下ろして言った。
「本当に報酬はこれだけで良いのか?」
蔵人一行の前には、数冊の書と、ラジャム王国国王による身分証明書、それだけが置かれていた。
蔵人は畏まって答えた。
「はい。旅費は余るだけありますが、知識の所有物は貴重にございます。我らの魔法使いサムは古の言語さえ熟知している身。魔王打倒には、欠かせぬ物にございます」
ジャイーラは了解しつつも、改めて次のように言う誘惑には勝てなかった。
「しかし、今一度聞くが、臣として仕える気はないか?年俸も女にも、不自由はさせぬぞ?」
顔を上げた遜だったが、隣のエイシャの圧倒的威圧感に負けて再び頭を下げた。
蔵人は答えた。
「我は……我らはあくまで流浪人を貫き、魔王打倒のための旅を続けるつもりです。お許しいただきたい」
「そなたは、本当の意味で豪傑だな」
「はっ?と、いいますと……?」
眉をひそめてジャイーラの顔を伺う蔵人に、ジャイーラは言った。
「真なる傑物は、臣になど収まらぬ。当初は従っていても、やがては窮屈に感じるようになるのだ。そなたらは皆が特定の分野に秀でた身、我が家臣になど収まるまいて」
「畏れ多きお言葉です。ですが、仰る通りにございます。我らはすぐにここを辞して、ナメドリアに向かう所存です」
「そうか……足止めして済まなかったな。そなたたちの頭上に、良き星の巡り合わせがあらん事を」
蔵人たちは、謁見の間から去った。
一刻余り後、旅の支度を終えた蔵人たちは、宮殿前の大通りの隅に顔を出していた。
「しかし、おれらが護衛していなくても、大丈夫か?王妃が女摂政時代に取り立てていた家臣、多くが解雇されたんだろ?恨んでる奴は多そうだが」
遜の疑問に、蔵人は答えた。
「心配ないよ。ほら、向かいの建物の屋根で、矢を構えてる人がいる」
蔵人の落ち着きとは正反対に、皆殺気だったが、護衛が先に放った矢で、下手人は撃ち抜かれた。
「ほらね?」
蔵人の言葉を信用して、一行四名は馬上の人となり、ナメドリアを目指して王都ツテオを出た。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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