第六七章 王都ツテオ攻略
ラムシィ川の傍を発って七日、ジャイーラ王子率いる軍勢は王都ツテオを目前にしていた。軍勢を展開し、包囲攻撃の構えを見せる王子は、矢の届かぬぎりぎりの距離に進み出た。護衛は蔵人とサム、親衛隊長の三名である。サムは念の為、矢避けの風魔法を結界のように展開していた。
正門の近くまで来た王は馬を止め、城壁の上にいる兵へと呼びかけた。
「我は王位継承者、ジャイーラである!城門を開き、我が軍を迎え入れよ!さすればそなたたち兵士に危害は加えぬ!親衛隊長に至るまで、その命は助ける事を約束しよう!」
しかし、返ってきたのは一本の矢だった。勢いを失い、王子たちの一〇歩先に突き刺さったが、敵の意思表示としては十分である。
敵の意思はわかったが、王子は敵の弓兵を見て妙な点に気づいた。
「おかしい……ラッセルよ、矢を放った弓兵について、調べる事は可能か?」
「はっ!殿下、しばしお待ちを」
サムは馬上で杖を構え、意識を弓兵に集中した。
結論は簡単に出た。
「殿下のご推察の通りかと。城壁内は、宮殿からの支配の魔法、毒気のようなものに満ちています。あの弓兵も涙しながら二射目の準備にかかっております」
王子は大きくため息をつき、
「これ以上、あの兵士に気の毒な思いをさせるわけにもいくまい。戻るぞ!」
王子の一声で、他三名も馬頭を返し、軍勢の元へと戻った。
軍勢を展開させたが、敵が出てこない以上、攻城戦をするしか道はない。しかし王子には、その気はないらしかった。
親衛隊が馬上で待機する場所に戻ると、王子は伝令を走らせた。曰く、
「本日は行軍の疲れもある故に、陣営を築いて野営する」
との事だった。
しかし、伝令を送り出した馬上の王子に、同じく馬上の蔵人は尋ねた。
「しかし殿下。殿下は、攻城戦をためらっていらっしゃるようにお見受けしますが」
サムも馬上で傍にいたため、拒否される事をわかった上で提案した。
「もし攻城戦をお望みなら、火球の魔法で城壁の半分を粉微塵にできますが――――」
ジャイーラ王子は自嘲気味に笑った。
「そなたたちは、我の本心を看破していよう。これは所詮、宮廷内の不祥事の延長に過ぎん。それを、いくら魔王の介入があったとはいえ、宮廷外に持ち出したのは我に他ならぬ。
敵となり、魔王の傀儡として動く兵士一人に至るまで、元々は同じ王国の臣民。犠牲者は、なるべく出したくないのだ」
蔵人とサムは、王子の意を汲み取り、顔を見合わせて頷き合った。
蔵人は言った。
「ならば殿下、ここは我らにお任せくださいませんか?」
夜更けに、蔵人一行は決死隊として行動を開始した。
蔵人一行が、魔法で城壁の上に降り立つ。当然城壁上の兵士は急を知らせ、応戦しようとするが、地に足着いた三名に敵はいなかった。
「なんか、うん、最近の僕は完全にサポート役だね」
頬を掻きなから、サムはボヤいた。一応風魔法の結界を広げ、他の兵が気づいていないのを確認しているため、無意味に突っ立っているわけではないのだが――――。
「サム、気づかれた様子は?」
蔵人に言われ、真面目に答えた。
「全くない。欠伸して直立している連中しかいないよ」
蔵人は剣で相手の頭を兜ごと叩き、脳震盪を起こさせて動きを封じた。遜は鎖鎌を器用に扱い、兵士たちを勢い良く転倒させ、蔵人と同じ真似をした。エイシャは相手の意識を希薄にさせる魔法を、拳で叩き込む事で兵を無力化した。
三者三様に、あと半刻程度は兵士の動きは封じられた。四名いるのに――――。
サムは気持ちを切り替え、階段を杖で指し示した。
「ここから、城門まで下りられる。急ごう」
暗闇の中、城壁の焚き火に照らされた階段がある。蔵人、エイシャ、遜、サムの順に下りていった。これは合理的判断の結果である。全員に矢避けの加護は授けられているが、サムが先頭で突っ込んで剣の一撃を食らったらひとたまりもない。
蔵人は軽装なのもあり、駆けるのが速い。狭い城壁内の階段も、猫の如く疾走していく。
(速いな、やっぱり)
(あいつ、虎か何かが化けてるんじゃねぇよな?)
(ちょっと!速すぎ!速すぎですわよ!)
後を追う仲間は思い思いの表現を脳裏に浮かべ、人間離れした蔵人の疾走についていった。
しかし三名が追いついた時には、詰所の五名は皆床にのびていた。
「お前、どんな速度出したら階段を駆け下りて、瞬間的に兵五名を叩き伏せられるんだよ……」
遜の突っ込みに、蔵人は首を傾げ、一行の残りに尋ねた。
「変か、俺?」
サムとエイシャは揃って思案した後、
「心強いのは確かだね」
「敵でなくて良かったと心底思いますわ」
各人の反応にいまいち納得のいかぬ蔵人だったが、
「まあ、いいか。さっさと跳ね橋を下ろして、ジャイーラ殿下の本隊を引き入れるぞ!」
蔵人の言葉に、
「それなら任せて。人間の力じゃ無理な速度で、仕掛けを回転させるから」
本来、二名で共同作業として回す跳ね橋の鎖を、サムは風魔法で、壊れない程度の速さで回した。
三〇秒ほどで、跳ね橋は下りた。本来、分単位の時間を要するであろう作業があっという間に終わり、今度は他の仲間の視線がサムに集中した。
「なに?今度は、僕が変だって言いたいの?」
先程視線の的になった蔵人が、三名を代表して言った。
「いや、人間離れしてるからこそ、サムの魔法は心強いんだと思えるよ」
遜は、余計な一言を付け加えた。
「まあ、真っ当な人間の範疇に収まるおれからしたら、皆怪物級の存在だな」
話が長くなりそうなので、蔵人は会話を打ち切った。
「話はここまでだ。早くジャイーラ殿下の本隊と合流しよう」
「物音伝う空気よ風よ、物音遮り音を控えよ」
サムの魔法で、跳ね橋前に待機していたジャイーラ王子の兵士は、無音での行動を可能にした。歩行に際しても剣を振るっても音が立たない。
これは実験的に、サムに神聖魔法をかけて魔力を強化し、強化されたサムの魔力で大軍に魔法をかけたのであった。自然魔法と神聖魔法は相反するものと思われていたが、相携わる事で効果を増すらしい。次は逆にサムがエイシャを強化し、全軍に矢避けの加護や身体強化の加護を授けた。
「万物根源、森羅万象全てを創造せしイアグ神よ。我らが軍勢にその御力の一端を授け給え。体躯を強化し、疲弊を遠ざけ給え」
身体能力全般が強化された事で、夜目まで強化された兵士たちは驚いていた。
いつ跳ね橋が下りているか気づかれるともわからぬ以上、王子は兵に命じた。
「全員、命令通りの要所を占拠。親衛隊宿舎と宮殿は絶対に押さえよ!」
徒歩、騎馬関係なく、一万二〇〇〇の軍勢は無音で城壁内に侵入していった。馬上王子一人と、蔵人一行、宮廷魔法使いギーウヌを除いて。
「殿下?私めには何も命じられず、この状況は一体……?」
「それ以上殿下に近づくな」
サムは魔力の種を四種使い、あらゆる攻撃に備えた防護障壁を張って、馬上のギーウヌの前に立ちはだかった。サムの背後で、馬を御してジャイーラ王子は振り返った。
「お主の企みは露見しておる、ギーウヌ。死の王、魔王の手先たる魔法使いよ」
「な……で、殿下?何を仰るのですか?」
ジャイーラ王子は残念そうに話した。
「二年近く前に、そなたは宮殿前で魔法を披露して話題になり、先王たる我が父が取り立てた。しかし、父は亡くなる前に、そなたに注意するように言い遺した。ナメドリアとの政略結婚の後、今は摂政となっている義母に取り入った事も全て把握していた。しかしそなたは我が下に残った。それで我も、一応の信は置いていたのだ。
しかし、この勇者一行は、お主を魔王の手先だと看破した。その後、そなたを監視していたが、昨日、決定的な情報を入手した。我が下に付き従ってくれた諜報部員が、そなたと魔王が魔法で会話しているのを目撃した。
そなたは、ここで討たねばならぬ」
ギーウヌの左右には蔵人と遜が、後方にはエイシャが武装して陣取った。四方を囲まれたギーウヌは、正体を現した。しかも、その口から漏れたのは、壮年から老年の男性の声ではなく、魔王の声であった。
「あははは!よくぞ、よくぞ見破った、勇者ども!油断も隙もない連中めが!」
呆れた蔵人はボヤいた。
「それはこちらの台詞だ。死者の軍に飽き足らず、その魔力に魅入られた魔法使いを手駒にしているんだからな」
そんな蔵人へ向けて、ギーウヌもとい魔王は、馬を暴走させて突っ込ませた。体勢を崩してかわした蔵人に、ギーウヌは木の杖で斬りかかってきた。蔵人が剣で応じると、金属同士がぶつかる鈍い音がした。また、ギーウヌの力は老体ではなかった。蔵人の剣の全力で、ようやく五分に打ち合えた。
「貴様がパーティーの要とあらば、貴様から討ち取ってやるわ!」
「いや、もう決着した」
遜の双剣がギーウヌの背後から、その首を斬り落とした。ギーウヌは信じられぬという体で、
「馬鹿な……何者も……近づく……気配は……」
そうこぼして首だけ地面に落下した。
遜は言う。
「まあ、神聖魔法の加護で気配を遮断されちゃ、遮るものも探知できないわな」
サムが解説した。
「魔力防御は本人が探知可能なものなら無意識に働いてくれるけど、神聖魔法で気配遮断されたら、実際に目で追う必要があるからね」
蔵人は皆に言った。
「ぼやぼやしている暇はないぞ。ジャイーラ殿下、王宮へ急ぎましょう!」
五名は馬上の人となり、ギーウヌの首は遜が持ち、王宮へと駆けた。
一万二〇〇〇の兵でもって、要所は完璧に押さえられた。王都に残った兵、親衛隊、合わせて五〇〇〇程である。これだけの兵力差があれば、城壁の無力化が叶ったなら、制圧は容易である。
問題は、元王妃の摂政とその子である王であった。異変を悟った王妃は子である王を連れて、玉座で国王を人質としたのである。蔵人たちの「読み」では、摂政への魔王の影響はギーウヌを倒せば霧散すると踏んでいたが、当てが外れたらしい。
蔵人一行とジャイーラ王子は、宮殿内を駆け抜け玉座の間に足を踏み入れた。
「元王妃カスヴーラ!そなたの命運もここまでだ!大人しく投降しろ!」
ジャイーラ王子の勧告にも、カスヴーラは短剣をちらつかせて玉座で震えていた。
「く、来るでない!王の命がどうなってもよいのか?」
仮に今幼王を殺しても、ジャイーラ王子が即位して事は済む。しかし幼い、泣き叫ぶ子供を前に、兵も王子も困っていた。
そんな中、王子の傍で様子を窺っていたサムは、小声で蔵人に尋ねた。
「蔵人、――――壊せる?」
「――――だけ?この距離で?失敗しても、責任は取れないぞ。それより、サムの――――」
「ああ、そうか。僕がそうするのが確実か。あ、でも魔力を帯びさせられている人間は、魔力に過敏になる。やっぱり、蔵人頼みが一番確実だ」
「俺がやるのが一番って、あれを――――?仕方ない。全力は尽くす」
蔵人は小声でサムの言葉に応えた。
蔵人は抜剣し、一同の一歩先へと踏み出した。
「ユーキよ、任せて、良いのか?」
ジャイーラ王子は眼前の蔵人に尋ねた。蔵人は集中し、王子を振り返る事もなく答えた。蔵人の素振りを見咎めようとした兵も、蔵人の放つ尋常ならざる気配に口を閉じた。
蔵人は言った。
「正直、賭けでございます。しかしあの二名が死ぬ可能性は、万に一つもありますまい」
蔵人は剣を構え、更に一歩進み出た。摂政カスヴーラは言った。
「そ、それ以上近づくでない!我が言葉が聞こえぬか?」
次の一瞬、
「御免」
と、言って、蔵人は七、八歩の距離を一気に駆けた。そして玉座の横で、
「ご無礼をば」
その一言を呟いて剣を収めた。摂政カスヴーラの身を飾る飾りの中で、一際異彩を放っていた漆黒の宝玉――ネックレスと指輪に付いていた――は、砕け散った。
摂政カスヴーラは短剣を床に落とし、泣き叫ぶ王を膝に乗せたまま、気を失った。
「確保せよ!」
ジャイーラ王子に付いていた親衛隊員が、摂政の周りを囲み、王を引き離し、摂政の両手を縄で結んで拘束した。
ジャイーラ王子が蔵人に近づき、その剣技を褒め称えた。
「前人未到の剣技よ。そなたさえ頷けば、臣として取り立てたいところだが――――」
蔵人は何歩か離れた所にいる仲間を見た。今の会話は聞こえていたらしく、皆首を横に振った。
「誠にありがたきお言葉ながら、生憎我らは流浪人にございます。その在り方を、崩すつもりはありません」
「――――だろうと思ったわ」
王子は蔵人の背を叩き、兵に指示を出していった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
お気に召しましたら、ブックマーク、Xのフォロー、他サイトの記事閲覧、Kindle書籍の購入等々していただけると一層の励みになります。




