第六六章 隘路の行軍
隘路左右の高所を、蔵人とエイシャは共に駆けた。しかし、
「――――っ!」
蔵人の眼前を矢がかすめた。高所ぎりぎりまで迫ってきている森の中に、死者がいた。
「エイシャ!別行動に移るぞ!そっちは任せた!」
「了解です!」
二人は互いの姿の見えぬ、森へと分け入った。
森林内に、足を踏み入れた蔵人は驚いた。軍の小隊の一〇隊余りに相当しようかという死者が、蔵人へ統率を取れた襲撃をしてきたのだ。弓兵は数十尺離れた所へ、剣や盾で武装する兵は前線へと配置されている。
蔵人が、真っ先に狙った死者に斬りかかろうとした、まさにその時、
「はい、ストップ〜」
戦場には似つかわしくない、高い声が響いた。明らかに女の声である。
蔵人は死者の中に、体に密着した黒衣を身にまとった女兵士を見出した。
「何者かを問う気はない。生ける屍だな」
女兵士は笑った。
「はっはっは、生ける屍か。死者を表すのに、ぴったりな表現だ」
蔵人は剣を構え、死者の女に狙いを定めた。
「おいおい、こっちの目的くらい、話させてくれてもいいじゃないか」
「断る」
次の瞬間、腐葉土の上を駆けた蔵人の剣が、女兵士の首を切断していた。
「おいおい……女相手に……手加減なし……かい……」
蔵人は、女兵士の戯言を、時間稼ぎとしか見なさなかった。また、会話ができるほど魔力を注ぎ込まれた死者なら、首級を上げても話す事は可能だ。
女の頭が地面に転がるまでの間に、蔵人は三体の死者を倒していた。しかし、エイシャの神聖魔法のおかげで、体も剣も十分な働きをしてくれる。
蔵人は迅速に、死者を片付けていった。女といえど、今の蔵人なら魔王の手先であれば、一撃の下に両断する自信があった。
森林をあちこち巡りつつ、目の付くままに死者に斬りかかっていた蔵人だが、隘路傍に敵の罠を発見した。
巨大な岩塊が、隘路の傍に設置されている。森の中には岩を引っ張ってきた跡も付いている。
蔵人はありったけの声で叫んだ。
「エイシャ!」
蔵人は隘路の傍、岩の周りにいた死者の首を、即座に全てはねた。
エイシャは、蔵人の呼びかけで敵の罠に気づいたらしい。しかし、蔵人とは違う方法で処理した。
向かって来る死者の顔面を、加護を施された拳で粉砕しつつ、
「はっ!」
拳で岩を粉々に粉砕したのだ。いかに手まで鎖帷子で覆われているとはいえ、いかに神聖魔法の加護があるとはいえ、蔵人も目を丸くして固まるほどだった。
隘路にいくつか破片が落ちたため、エイシャは蔵人に尋ねた。
「この破片、進軍の妨げになりますでしょうか?」
蔵人は首を横に振った。
「これくらいなら問題ないよ!それより、罠の無力化は半分も済んでない!残りの死者たちも叩くぞ!」
「わかりましたわ!」
二人は再度、森林の中に分け入った。
とはいえ、蔵人の岩への対処も、エイシャと似たりよったりだった。蔵人はその場で、岩を切り刻んだのである。神聖魔法の加護がなければできない芸当だった。
「おおよそ片づいたでしょうか?」
対岸からの声に、蔵人は首を横に振った。
「いや、まだ半分だ!」
解せない面持ちのエイシャが尋ねる。
「半分?どういう事ですの?」
蔵人は予想される罠の全容を説明した。
「もっと行った先に、同じように死者が罠を張っているはずだ!敵は、魔王はジャイーラ殿下の軍を大岩で軍勢の前も後ろも塞ぎ、閉じ込めてから襲撃するつもりだろう!」
「なるほど……袋のネズミにするわけですか。確かにそれは厄介ですわね
わかりましたわ!急ぎましょう、蔵人!」
二人は頷き合い、隘路を挟む高所を駆けた。
それにしても、と蔵人は思った。エイシャの神聖魔法の効力は素晴らしい。全力で戦い、更に連続して全力疾走しても、全く疲労感を覚えない。それでいながら、後からどっと疲れるという事もなかった。全員の支援役と、武僧として前線に立つ強さをあわせ持つ、頼りになる存在だった。
――――もっとも、武僧に抱きしめてもらったり、胸元で泣かせてもらったりと、騎士として疑問符の付く行為にも及んでいるのは、重大な反省点だった。いかに幼少期にトラウマを負っているとはいえ、まだまだ半人前なのかもしれない。もっと修練を積まねば、そう蔵人は決意した。
半刻の更に半分ほど走ると、敵の罠が目についた。だが、事は既に済まされていた。敵は大岩を隘路に落とした後だったのである。
蔵人とエイシャは、遠目に様子を窺いながら立ち止まった。
「どうします、蔵人?」
蔵人の答えは決まっていた。
「隘路に落ちた岩だけなら、俺やエイシャで破壊できる!それより、周りにいる死者の群れを片づけておこう!奴らのが厄介だ!」
「わかりましたわ!」
蔵人とエイシャは、死者の兵士が蔓延る森の中へと身を投じた。
今回の敵は、先程の地点よりも更に多かった。剣兵、槍兵、弓兵、と、重厚な布陣である。剣兵と鍔迫り合いをしている間に、剣の体を突き抜けて槍兵が刺突を繰り出してきて、更に矢も飛んで来る。狭い森の中が、更に狭く感じられた。
エイシャの神聖魔法で、矢避けの加護は受けている。しかし、剣兵と槍兵に囲まれる事態は避けたい。
蔵人は瞬間的に、一〇歩ほど後退した。そして猫の如く身を屈め、
「狙うは、足だな」
そう呟いた。向かってくる軍勢相手に、蔵人は一息で駆けた。一瞬の後、剣兵、槍兵を問わず、更にその奥にいた弓兵数体に至るまで、足が切断されていた。
陣形が崩れた後は、いかに数百の敵と言えど、蔵人の各個撃破の的でしかない。こちらには、先の地点のような統率者もいないらしい。
「悪いが、一気に片づけさせてもらう」
蔵人は殺気を剥き出しに、死者の軍勢の中を縦横無尽に駆けていった。一息駆ける毎に、死者は足や首を切られ、無力化されていった。
半刻ほどかかったが、死者の掃討という大役は達成できた。隘路の傍まで戻ってくると、エイシャも覚束ない足取りで戻ってきた。
「エイシャ!無事か?」
蔵人の呼びかけに、なんとか片腕を上げてエイシャが答えた。
「なんとか、ですわ!やっぱり、体が疲労し始める時期を覚えているんでしょうね!イアグ神の加護で疲労を除いても、精神的に消耗しますわ!」
エイシャが言い終えると、その背後に巨体の死者が姿を現した。
「エイシャ!後ろ!」
蔵人は咄嗟に呼びかけたが、エイシャはもっと早くから死者に気づいていたらしい。立ったまま、強烈な裏拳で死者の頭部を木っ端微塵にした。
エイシャは不敵に笑った。
「蔵人、勘違いなさってません?私は精神的に消耗するとは言いましたが、まだ実際に消耗したとは言ってませんわよ!」
蔵人は一杯食わされたわけである。
「エイシャって、そういう事言うタイプだっけ?」
眉をしかめ、首を傾げる蔵人に、エイシャは胸を張って言い返した。
「このパーティー、食わせ者が多いですからね!蔵人、あなたも含めて!」
蔵人は猿真似を褒めた。
「よくできた複製だ!本物のエイシャが言おうとする事をよく真似てる!」
「え?」
エイシャに変身していた死者は、エイシャの岩をも砕く正拳突きに、胴体を木っ端微塵にされた。
「今度こそ、本物だよね?」
蔵人の呼びかけに、エイシャは大声で応えた。
「本物ですわよ!それにしても、蔵人もよく気づきましたわね!」
蔵人は肩をすくめた。
「本物のエイシャなら、イアグ神の加護を受けていながら、疲れた、なんて言わないだろ?」
エイシャは蔵人の的を射た発言に驚いた様子である。と言っても、鎖帷子の鎧と板金の兜で、表情はわからないのだが。
「さすが、我らが勇者ですわ!」
エイシャに真っ直ぐ褒められると、蔵人は情けないところを癒してもらっているため、照れくさかった。
エイシャは話を転じた。
「後は、この道を塞ぐ大岩二つを砕けば任務は完了ですか?」
蔵人は慌てて頷いた。
「そうだな!さっさと片づけよう!」
蔵人とエイシャは隘路に下り、岩を前に構えた。
「はっ!」
蔵人は、同時に剣を三回振り、エイシャは渾身の正拳突きを岩に当てた。
同時に、片方の岩は膝下程度に切り刻まれ、もう一方は粉々の欠片と化した。
「うーん……」
自分の剣と、エイシャの拳を見比べる蔵人に、エイシャは疑問を呈した。
「どうかしましたの?」
蔵人は正直に答えた。
「いや、エイシャの正拳突きに、力負けしているような気がしてね」
「――――私が怪力だとでも言いたいんですの?第一、剣に神聖魔法を施して岩を斬るなんて、いくら加護かあってもできる事じゃないですわよ」
蔵人はそう言われ、剣の刃から刀身を眺め、
「まあ、ようは力の発揮の仕方が違うって事か。俺は斬撃、エイシャは破砕、どっちも威力は高くなっているよね」
と、まとめた。エイシャは腑に落ちなかったが、ため息をついて、何か言う事はなかった。
その後、馬を繋いだ地点まで戻ると、丁度隘路を進んできたジャイーラ王子の軍勢と鉢合わせになった。
「殿下!よくぞご無事で!」
ジャイーラ王子の軍勢を見下ろすのは、不敬にも当たりかねないが、仕方のない事である。蔵人とエイシャが馬の手綱を解くと、サムの浮遊魔法で早々に二名とも隘路に落ち着いた。
蔵人は下馬して報告しようとしたが、
「よいよい!さっさと報告を聞きたい!そのまま話せ」
そう言われ、軍勢を止めた王子の傍で乗馬したまま、死者掃討の一部始終を伝えた。
敵の作戦に王子の側近たちは驚いたが、王子は冷静だった。
「死者たちも、場合によってはそれほと統率のとれた動きをするのだな。話に出た、敵の指揮官とやらは、まだ生きているのか?」
「はっ、恐らく。お目にかけましょうか?」
蔵人の言葉に、サムが応えた。
「ああ、蔵人は動かなくて大丈夫。僕が魔法で持ってくるよ」
サムは視線を隘路の崖の上に向け、蔵人が斬り落とした生首を探り当て、浮遊させて王子の面前まで持ってきた。
「なっ、貴様は……貴様は!」
「殿下?」
動揺するジャイーラに、蔵人は心配する目を向けた。王子だけでなく、親衛隊の面々にも驚く者が多い。
「何か、ご事情がお有りのようで、殿下」
遜の言葉に、ジャイーラは深呼吸して答えた。
「こいつは先王の暗殺者、かつての親衛隊の一員、ナオミ・グリーアンだ」
蔵人はいつでも動けるよう、剣の柄に手をかけた。しかし、王子は手を上げて周囲の者を制した。そして、サムに、
「魔法使いサムよ、今しばらく、このまま浮遊させておけるか?」
そう尋ねた。サムは困惑しつつも、当然といった体で答えた。
「は、はい!殿下がお望みなら、半日でも一日でも可能です」
王子はそれを聞き、
「しばしこやつを尋問したい。一般兵にはその場での休息を命じておけ」
そう指示した。親衛隊長は一瞬、自分への指示だとわからなかったが、すぐに、
「は……はっ!た、直ちに伝令を走らせます」
と言ってその場を離れた。
「ああ……ジャイーラ殿下……もう……髭をたくわえる……お歳で……」
サムは、ナオミの首を板に載せるように浮かせた。髪を掴むように支えては、顔が上に引っ張られ、喋るのに支障が出る。
ジャイーラは、下馬してナオミの近くに寄った。目にする誰もが注視せざるを得ない状況下で、ジャイーラはナオミに問うた。
「何故我が父、先王を殺した?」
ナオミは笑って言った。
「折角の……説明が……そんな調子で……よろしいので?」
蔵人が見たところ、明らかに自分に向けた笑い方とは異なっている。蔵人へは、このナオミという女怪は嘲りの視線を向けてきた。しかしジャイーラに対する視線は、まるで久々の再会を喜んでいるようであった。
「繰り返し問う。先王ルウザを殺害し、ナメドリアに亡命したのは何故だ?場合によっては、そなたの名誉回復も考えよう」
蔵人の見るところ、二名とも、年齢は近そうである。しかし、ナオミの場合は死者であるため、見た目上での年齢でしかないが。
ナオミは巫山戯て笑みを崩さない。
「そんな事……聞きたいんじゃ……ないでしょう?……相変わらず……素直じゃない……なぁ」
「口を慎め!」
ジャイーラは怒鳴った。そして肩を震わせながら言った。
「今の我が貴様に関心を持つのは、先王の暗殺一点のみ!それ以外は関心の埒外だ」
ナオミは、王子としてのジャイーラの言葉に根負けし、理由を話し始めた。
「先王陛下が……魔王ノルアスに……取り込まれようと……していたからです」
衝撃的な内容に、話を聞く全員が固まった。ここでナオミが巫山戯て、笑い出しでもすれば、まだ良かったのかもしれない。しかしナオミは真剣に語っていた。
「わたしは……先王の……後継を巡る苦悩を……間近で見て、相談も……受けていました。先祖を……辿れば……王に……連なる家系、女初の……親衛隊員……といった立場から……相談役に……適していると……見なされたので……しょう」
ジャイーラは憮然として、我を忘れる思いだった。しかしすぐに我に返り、再度ナオミに問いかけた。
「真の、真の話であろうな?」
「残念ながら……全て……事実です。もっとも……目撃者は……いないので……わたしの空想と……とっていただいて……構いません」
自虐的に笑うナオミに、ジャイーラは言った。
「そなたは我に、嘘だけはついた事がなかった。今度も同様だろう」
風が、ジャイーラとナオミの髪を撫でた。ナオミの金髪は、蔵人が斬首した際、一緒くたに切られていた。しかしその輝きは健在だった。
ナオミは話を続けた。
「ある晩……先王陛下に……呼び出され……私室に参った私は……魔王が……先王に……呪いの接吻を……しているのを……見てしまいました」
「呪いの、接吻?」
ジャイーラは蔵人を振り返った。蔵人は最小限の説明を行った。
「魔王は人の悩みにつけ込み、接吻で直に己の魔力を注ぎ、傀儡としてしまうのです」
ジャイーラはナオミに向き直り、先を促した。
「そなたは鋭敏な人物だった。魔王の行いがどういうものかも、その場でわかったはず。何故真実を言わなかった?」
ナオミは、諦観をにじませた。
「支持厚い先王と……それを暗殺した……わたしと……どちらが……信用されましょう?私は……ナメドリアに……亡命しましたが……裏切り者として……粗末に扱われ……ました。そして……自死したのですが……この通りです」
ジャイーラはしばし俯き、下馬して剣を抜いた。ナオミは、念押しで聞いた。
「本当に……もう……お聞きに……ならなくて……よろしいので?」
「ああ。ただ、そなたと、そなたの一族の名誉回復は必ず成し遂げる。よいな?」
ナオミの目から、涙が一筋流れた。次の瞬間、ジャイーラは蔵人にも迫る剣技で、ナオミの頭部を四分割していた。
誰も王子に声をかけられずにいると、ジャイーラ王子は皆に背を向けたまま言った。
「進軍再開の準備をしろ!今日中には隘路を抜け、その先で野営の陣地を築く」
「はっ!」
親衛隊長は再度走り去った。ジャイーラはしばらくの間立ちすくみ、黙ったままだった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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