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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第六五章 凱旋

 黄昏の日の中、

「おお!勇者様だ!間違いない!」

「真ですわ!勇者様一行の凱旋です!」

「勇者様〜!」

 蔵人一行がジャイーラ王子の陣営外の市場に現れると、人々から歓声が上がった。馬上の蔵人が、魔物の首級を持って現れたのだ。その姿は、魔物に怯えるばかりだった人々に希望をもたらした。

 陣営の入口まで来る頃には、蔵人を慕う行列ができていた。もし言葉巧みに演説すれば、ジャイーラ王子の首も取れたろう。

 しかしその代わり、蔵人は陣営の入口まで出向いてきたジャイーラ王子の前で馬を降り、跪いて魔物の首を献上した。

「件の魔物の首にございます。ご見分ください」

 蔵人一行は全員下馬し、蔵人の背後で跪いていた。

「立たれよ、勇者、ユウキと、その仲間たちよ」

 ジャイーラ王子の言葉に蔵人は顔を上げた。王子は片手で首級を持ち、もう片方の手を蔵人に差し出していた。

「は、はい!」

 蔵人は王子の手を掴んで立った。他の仲間も、立ち上がっていた。

 ジャイーラ王子は集まっていた群衆に向かって高らかに演説した。

「諸君!この四名を見よ!我らがどうしても倒せなかった魔物を、半日足らずで討伐してきた。我らには百人力、いや、一騎当千と言うべき者たちが味方してくれている!」

「おおー!」

 市場の群衆も、陣営入口に集まっていた兵たちも、皆が鬨の声で応えた。

「勇者一行は、陣営内でよく休んでもらう。そなたたちも、今は解散し、各々の居場所に戻るが良い」

 その一言で、皆々は民衆、兵を問わず、解散していった。

 王子は皆がはけると、手近な小姓二名に申しつけた。

「勇者一行の馬を、繋いでおくように」

「ははっ!」

 小姓が両手で別の馬の手綱を持ち、馬を連れて姿を消した。

 本当に王子と蔵人一行だけになると、王子は素を出して蔵人たちを労った。

「本当に、よくやってくれた。感謝のしようもない」

 蔵人は答えた。

「殿下がルテフェ閣下の書状だけで、我々を信用していただけたからです。同じ野営でも、少人数の野宿と軍隊の野営はわけが違いますから。我々が万全の調子でなければ、帰還できなかったでしょう」

 王子は言った。

「ルテフェの言う通り、謙虚だな。まあ我の所に送り出したのだから、奴の目は衰えていないと見える」

 その言葉に、蔵人一行は違和感を覚えた。サムが一行を代表し、歩きながら質問した。

「恐れながら、殿下。総督の書状は、王都の摂政に宛てた物のはずではありませんか?」

 王子は足を止めて振り返った。王子に続いていた蔵人一行も足を止めた。

 王子は、心底可笑しそうに笑い、そして言った。

「そなたたち、ルテフェに一杯食わされたな」

 なんの話かわからず、一行の四名は顔を見合わせた。王子は種明かしのつもりで言った。

「あの書状は、最初から我に宛てて書かれた物だ。ルテフェの事だから、そなたたちが王都で謁見ができぬ事を見透かしていたのだろう。相変わらずの食わせ者だ」

 蔵人一行全員、しばし言葉がなかった。



 その夜、王子の天幕で作戦会議が開かれた。出席者は、ジャイーラ王子、宮廷魔法使いギーウヌ、親衛隊長、軍団長が複数名、そして蔵人一行であった。

 大きな四角い卓上に地図を広げ、ジャイーラ王子は言った。

「我らが王都ツテオは難攻不落の城塞都市として名高い。しかし、それも自然の要害である川と崖という守りがあってこそ。川を渡っては矢の的になるが、崖に忍び寄り、侵入する事は可能だろう。

 どうだ、第一軍団長?」

「はっ!仰る通りでございます。王都は四角形のうち、一辺を城壁に、二辺を川に守られ鉄壁ですが、崖の守りは手薄です。城壁と崖を合わせて三〇メートルの高さを登ってくるとは、誰も考えますまい。そこで我らは三〇メートルの梯子を組み、夜陰に乗じて一気に城壁を越えて内部へ侵入。城壁を内側から開けるのと同時に、宮殿へ入り込み、あの摂政めを捕らえる算段にございます」

 直立する第一軍団長の力強い言葉に、王子は椅子に座ったまま頷いた。そして、一言だけ追加の命令を出した。

「夜陰に乗じて侵入する決死隊には、この勇者ユウキも連れてゆけ」

 これには、軍団長は難色を示した。

「この若者を、ですか?確かに、勇者と賛美されるほどですから、実力は確かなのでしょうが……」

 軍団長は蔵人の実力を「確か」だと、思えていないのがありありとわかった。しかし命令は命令である。王子は難色を示した軍団長の猜疑に理解を示して言った。

「これは我のたっての命令だ。もしこのユウキの実力に不安があるなら、後で決死隊一の剣豪と闘わせて実力を確かめても構わん。軍団長、ユウキ、両者共に、異存はないな?」

 二名は揃って、

「御意」

とだけ答えた。

 王子は続けて言った。

「第一軍団は決死隊を組み、城壁への道を確保した後は、梯子によって城塞内へと侵入せよ。事の進み具合にもよるが、我ら本隊は城塞の門が開かれていた場合はそのまま城塞内へとなだれ込み、宮殿を獲りに向かう。盾を組んでの亀甲行進を徹底させておけ。どこから矢が飛んでくるかわからんからな。

 第一軍団は、解錠に失敗した門がある時は、矢文で知らせるように。

 我からは以上だ。異論のある者は申し出でよ」

 王子が考えを述べ終えると、サムが発言した。

「殿下、よろしいでしょうか?」

「なんだ?申してみよ」

 ジャイーラ王子は魔法使いの見識に触れる事に、興味津々という体である。

 サムは言った。

「近場の山から巨石を魔法で切り出し、城壁にぶつける事も可能ですが、いかが致しましょう?」

 王子は目を丸くして、立った状態のサムを見上げた。

「なんと、そんな事も可能なのか――――いや、それはどうしようもなくなった時の、最後の賭けとして取っておこう。可能であれば、なるべく無傷で手に入れ、我が王位に就いてからも王都として用いたいのでな」

 作戦会議は以上で終了した。



 その少し後、陣営内第一軍団の詰所で、蔵人とラジャム最強の兵士と言われる男が剣を構えて睨み合っていた。

 もっとも、これは王子の言を待つまでもなく、蔵人自身が言い出そうとしていた事である。いかに勇者とて、未だ少年から青年へと成りかけの年齢である。そんな若造に、兵たちが強さを疑問視するのは当然だった。

 蔵人は皮革の軽装で、両手剣を構えた。先程鍛冶専門の陣営付き職人に研がれた剣は、焚き火の灯りを反射して輝いていた。

「俺はいつでもいいぞー!」

 蔵人が威勢良く声を放ったのとは対照的に、相手兵士は奇妙な寒気を感じていた。この巨体で、ラジャム一と称えられてきたにもかかわらず。しかし、ここで震えては、王国一の兵士の名が廃る。そう考えて、大盾と片手剣を構え、蔵人に向かって駆けた。

 思い切りの良さ、走る速度、申し分ない。あの大盾を蔵人にぶつける算段なのだろう。あんな物を食らっては、ひとたまりもない。

 以上が蔵人の分析だった。そしてその分析から蔵人は「解答」を導き出していた。

 相手兵士が大盾を突き出し、蔵人にぶつけようとした時、兵の前から蔵人の姿が消えた。

 蔵人は大盾が自分に迫った刹那、跳躍し、大盾の上辺に足を掛けていた。そして、全力で盾を地面へ蹴り飛ばした。

 盾を腕に固定していた兵は、それにつられてうつ伏せに倒れた。起き上がろうとした時、わずかな殺気を込めて、

「動くな」

と、蔵人は言い、相手の背中を踏みつけた。そして、剣の切っ先を相手の襟足に突きつけた。

 うつ伏せの相手はしばらくもがいたが、やがて諦めた。そして言った。

「おれの負けだ」

 輪を作って観戦していた他の兵たちは騒然とした。最前線で戦い、常に生還してきた歴戦の最強兵士が、あの勇者と呼ばれる若輩者に負けるなど、にわかには信じ難かった。

 蔵人の実力を見極めるべく観戦していた軍団長も、この一方的な結果は予想外だった。しばし言葉を失っていたが、蔵人が、

「まだ我が力が信じられぬという方がいれば、相手になりましょう」

と言ったところで、蔵人の言葉を打ち消すように動いた。

「そこまで!そこまでだ!

 皆もわかったろう?このユウキという人物は、類まれな力を持つ勇者だ。これだけの力を持つ者が加われば、一騎当千の働きをしてくれよう」

 蔵人は軍団長の演説を、兵士から足をどけて聞いた。立ち上がった兵士は言った。

「この若者の力は千人力だ!皆、こいつと共に戦えるのは名誉だぞ!二度と見られないものが見られる。あの城塞都市を、この勇者ユウキと共に落としてやろうじゃねえか!」

 第一軍団の皆が、鬨の声で応えた。



 翌日、陣営を畳み、ジャイーラ王子率いる軍勢は王都ツテオを目指して進軍を開始した。途中、隘路を通る道を選んだが、王都まで五日という短期間で着ける利点を優先した形である。歩兵一万、騎士二千の大軍であった。

 蔵人一行は馬上の人となり、宮廷魔法使いのギーウヌらと共に王の間近を行軍する事を許された。王都を落とすには十分な兵数だが、この軍勢はジャイーラ王子のカリスマ性で維持されている。もしジャイーラ王子の身に事が及べば、簡単に離散してしまうのだ。警護には細心の注意が払われて然るべきである。

 サムは進軍中、王に進言した。

「やはり、死の魔法使い、魔王の魔力が、王都に伸びています。恐らくは摂政へと繋がっているかと。それと、もう一点にも――――」

 最後の一言は、王子にのみ聞こえる小声で述べた。王子は、

「わかった。注意しよう」

 それだけ言って、平静な様子を崩さなかった。

 その日の進軍は、ほとんど滞りなく終わった。散発的に現れる死者など、大軍勢の前にはひとたまりもない。やすやすと倒され、進軍の支障にもならなかった。

 その日の夜、陣営を築き、軍勢の野営の準備が整った中、王子の天幕で蔵人一行も加わって作戦会議が行われた。

「明日が、この戦の命運を分けると言っても過言ではない」

 地図を広げた卓を囲み、全員が重苦しく頷いた。明日の進軍予定路の半分は、両端を崖に囲まれた隘路である。ここを通れば三日余り進軍を早められるが、同時に罠を仕掛けられる可能性の高い地点だった。

「殿下、ご提案を、よろしいでしょうか?」

 手を挙げたのは蔵人であった。ジャイーラ王子は快く、

「勇者殿の提案となれば、聞かずにはいられん。申してみよ」

 そう先を促した。蔵人は発言した。

「この隘路、入口は左右共に道の高さと高低差がありません。そこで――――」

 蔵人の策は、言ってしまえば単純であった。しかし、それだけに効果は十分であるのが予想できた。

 唯一反対したのが、ギーウヌである。

「仰る事はもっともです。しかし、それならば小隊を従えた軍をもって事に当たってはいかがかと」

 しかし、蔵人は反論した。

「ですが、我はともかく、エイシャに従う者は少数でしょう。女に自分たちの命を預けられない兵の方が多いというもの。ジャイーラ殿下、ここは、我らにお任せを。サムと遜は、変わらず警護に当たります」

 王子は椅子に座ったまま、静かに目を閉じていた。しかし、やがてはっきりと告げた。

「勇者ユウキの案、そのまま採用しよう。明日の朝一番に動き出してくれ。頼んだぞ」

「はっ!承知仕りました」

 蔵人につられ、エイシャも跪いた。

 明日はこの二人が、行軍が上手くいくかどうかを握る手筈となった。



 翌朝、陣営を出て、市場も過ぎた二人は馬上の人となって駆けていた。

「エイシャと二人での任務は初めてだな」

 蔵人が大声で呼びかけると、エイシャも馬の駆ける音に負けない声量で答えた。

「本当に待ち伏せされているのでしょうか?」

 蔵人がそれに答えて言うには、

「こちらの情報は筒抜けだろうから、まず間違いないよ」

 との事だった。

 二人は隘路の入口まで来ると、蔵人が左、エイシャが右の坂道を上った。馬で数十秒走ると、蔵人とエイシャは、隘路から二〇尺余りの高所を駆けていた。隘路の幅は四〇尺ほどで、大軍が余裕を持って通れるだけの広さがある。しかし、隘路の中に閉じ込められればひとたまりもない。魔王は戦略・戦術においても、最善の一手を打ってくる。それだけでも恐ろしい事だった。

「蔵人!」

 蔵人はエイシャの声で我に返った。隘路を挟んで高所を並走していたエイシャが馬を止めたのに合わせ、蔵人も馬を止めた。

 蔵人は大声で問いかけた。

「どうした、エイシャ!死者か?」

 蔵人の問いに、エイシャも声を大にして応えた。

「はい!この先に死者の気配があります。それも、左右の高所に最低でも二〇〇ずつはいますわ!どうしましょう?」

 蔵人は即座に返答した。

「倒すしかないな!一人で二〇〇は多いが、一体も残すわけにはいかない!

 この先は、武装して徒歩で行こう!」

 エイシャも賛成し、二人は馬を降り、手綱を木に結んだ。馬にも死者に対する結界を張っているため、発見される心配は限りなく少ない。

 先遣隊として二人が先発するに際して、エイシャはありったけの加護を人馬共にかけていた。神聖魔法の加護の強さは、先日体験したばかりである。蔵人も安心して、

「心配ないから、おとなしくしてるんだぞ」

と、馬に呼びかけられた。

 蔵人、エイシャ、共に馬を木に繋ぐと、蔵人は宣言した。

「さあ、化け物退治の時間だ!」

 エイシャにも聞こえるよう言って、気合いを入れたつもりだったが、エイシャからは皮肉が返ってきた。

「生者に仇なす死者と、それを大量に退治する人物、どちらが化け物なんでしょう?」

 蔵人は肩を落とし、体の均衡まで崩しそうになりながら、

「エイシャ?」

 大声で名指しした。歯を見せて意地悪く笑うエイシャの姿が、隘路を挟んでも確認できた。

「冗談ですわよ!そんな事言ったら、私も十分化け物なのは、承知しておりますわ!」

 蔵人は不満げに応えた。

「戦いの前に士気が下がるような事は、言わないでくれよ……」

 力なく脱力する蔵人を、エイシャは激励した。

「嘘ですわよ!蔵人は頼りになる統率者で、格好良い男性ですわ!」

 エイシャの言葉に顔を上げ、蔵人は尋ねた。

「俺、格好良いか?なんか、皆に不甲斐ないところばかり見せている気がするけど!」

 エイシャは叫んだ。

「そこは持ちつ持たれつですわ!完全無欠の人間なら、誰かに頼らず死者討伐を成し得ますわ!ですがイアグ神や大精霊は、人を完璧にはしなかった!蔵人の背後は、背後に背負っている荷物は、私たちも支えますわ!」

 想像以上の激励に、蔵人の剣を握る手にも力が入った。

「ありがとう、エイシャ!さあて、行こうか!」

「ええ!化け物は一体たりとも逃がしませんわよ」

 蔵人は両手剣を握り、エイシャは鎖帷子を身に着け兜を被った。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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