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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第六三章 迷宮踏破

 死者数百を前にしたが、蔵人一行は怯まなかった。近距離戦が専門の蔵人、遜、エイシャは死者の群れに突っ込み、後方からサムが風魔法で死者の首を切断していった。腐りかけの死者の首を魔法で切り裂くのはわけない方法である。

 蔵人は両手剣で、遜は双剣で死者の首を切り裂き、エイシャは神聖魔法の加護を受けた鉄拳で死者の頭を破裂させていた。

「こう数が多いと、剣が鈍らになってくるな!」

 蔵人がこぼすと、遜が聞き返した。

「ああ?何だって?」

 各々が敵に向かいながら会話するのは無理と悟り、蔵人は挑発的言動をした。

「なに!遜には撃退数で負けないって言ったのさ!」

 遜は、その文言は聞き取ったらしい。

「言ってくれるじゃねえか!覚えとけよ?」

 二名の会話へ生真面目にエイシャが割って入った。

「二人とも!これは勝負じゃありませんわよ!」

 エイシャの拳には腐りかけの肉が絡みついている。また、死者の頭へ蹴りを放つ事もあり、こちらでも死者の頭を粉砕していた。

 蔵人は言った。

「数えるのは無しだ!とにかく倒しまくれ!」

 剣を振るい、駆けながら死者の首を刎ねていく蔵人は、とても刃が鈍らの剣を扱っているとは思えない。素早い動きと重い一撃は、動きののろい死者が何体集まろうと敵ではない。遜やエイシャと比較すると、一段上の強さを持っている。

 サムは冷静に三名の戦いを観察し、そう分析していた。以前船上で決闘した際、蔵人だけ他全員に勝っているだけあって、実戦でもその強さは揺るぎない。

 サムが三名の戦いを観察している隙に、一体の死者に近づかれた。遠目にそれを見た蔵人は、

「サム!」

 そう叫んでいた。しかし、サムも成長している。

「遅い」

 冷静な眼差しで死者を風魔法で切り刻んだ。そして蔵人に笑顔を向けた。

「僕は平気だよ!蔵人は自分の戦いに集中して!ほら、背後に死者が来てる!」

 蔵人は振り向きざまに死者の首を一閃した。そして、サムに呼びかけた。

「ありがとう!後方支援は頼んだ!」

 一瞬、蔵人とサムの視線は交錯した。その一瞬で、二人は互いの役割を了解し合い、笑顔を交わした。

 そして、蔵人は剣を、サムは魔法を行使する戦いへと回帰した。

「ったく、いくら倒しても切りがねえ」

 遜はこぼした。それに言葉を返した者はいなかったが、既に百以上の死者を倒しているが、終わりが見えない。全体を俯瞰しているサムの見立てでは、まだ半分も倒せていない。

 体力勝負に持ち込まれて、形勢が逆転しそうな時に、エイシャから蔵人と遜に言葉が飛んだ。

「二人とも!しばらく私を守ってくださらない?皆に新たな神聖魔法の加護を授けます!」

 蔵人と遜は同時に、

「わかった」

「わかった」

と唱和して、エイシャを守るように背を向け合い、死者と戦った。エイシャは聖典を取り出し、イアグ神を讃える詔を唱えた。

「我らを創りしイアグ神よ、全ての力の源よ。生者に加護を。耕し、戦い、眠る生者の営みから、疲労を除き給え。呼吸を妨げず、腕を妨げず、我ら四名に、不休にして不朽の加護を!」

 唱え終わった時、全員から疲労は消えていた。また、洞窟の奥にいるとは思えないほど、呼吸も楽になった。

「これで丸一日洞窟内で戦い続けても、支障は出ないはずですわ」

 規格外の加護に驚きつつも、皆は疲れを気にする事なく、再度死者へと向かっていった。



 半刻ほどの戦いを経て、死者はほぼ一掃された。まだ遠くの壁をうろつく奴もいたが、向かってきた三〇〇体余りの死者は打ち倒された。

「これで終わり、かな?」

 蔵人が言うと、サムが近づいてきて言った。

「そうだね。物陰の死者は、矢とか剣とか、武装してない奴らばかりだ。もう向かってきても、敵じゃないよ」

 エイシャの神聖魔法で、全員わずかな疲労も感じていない。錯覚ではなく、本当に全身が疲労していない。

「神聖魔法の加護ってのは、本当、すごいもんだな」

 遜が感心していると、エイシャは苦笑した。

「まあ、これも万能ではありませんけどね。三日休まず戦い続けろ、なんて無茶な命令を出した王が、祖国にいたらしいですわ。でも、途中で利き目が切れたらしく、一時ルマークの武僧は壊滅の憂き目に遭っていますわ。それに、仮に休まず戦い続けられたとしても、それはもう人間ではありません。それはまるで――――」

「まるで死者だな」

 蔵人がエイシャの言葉を継いで言った。エイシャは目を丸くして、蔵人を見た。

「よく私の言いたい事がわかりましたわね?」

 蔵人は言った。

「なんとなくね。これでも半年以上一緒にいるんだ。しかも四名っていう少数で、旅を共にしていればわかるよ」

 エイシャは目を丸くしたままである。

「そう、いう……そういうものでしょうか?」

 遜は蔵人をからかい、次のように言った。

「まあ、蔵人は鼻が利くからな。どんな分野でも、本当の事を当てられるんだろうぜ」

 蔵人は不満げに遜を見た。

「鼻が利くって、犬じゃないか、それは。勘が利くって言ってほしいな」

 遜は笑いながら、訂正した。

「悪い悪い。勘が鋭いよな。くっくっく」

 明後日の方向を向きながら笑うのを止めない遜を見ながら、蔵人はため息をついた。

 しかし、ふざけてばかりもいられない。集合住宅の大空間に入ってきたのとは反対側の通路からは、獣の静かな方向が聞こえた。大人一〇人分の高さの大きな通路が、奥へと続いている。

 ふと、エイシャはサムに尋ねた。

「そういえば、魔物はどうやってこの地下空間と外を出入りしてますの?私たちが辿った通路を通っては、罠の餌食ですわ」

 サムは推測だという事を断りつつ、次のように述べた。

「魔物は魔力で、翼に頼らず飛行して、狭い通路を抜けているんだろうね。だから罠も死者も無視して、外へ抜け出る事が出来たんだ」

 蔵人が言った。

「そんなインチキな技が……インチキなのは遜だけでいいよ」

「誰がインチキだ!誰が!」

 遜が蔵人に鋭い視線を浴びせたが、蔵人は笑っている。

 完全に、先程の意趣返しだった。

 蔵人は遜に謝りながら、統率を立て直した。

「ごめん、遜。さあ皆、いよいよ化け物退治だ気合入れていくぞ!」

「おう!」

 蔵人の呼びかけに、三名の鬨の声が唱和した。



 獣の唸り声を聞きながら、蔵人一行は言葉少なに通路を進んだ。長さにして、たかだか四〇歩程度である。しかしこの後待っている決戦を思うと、皆の口も閉じられたままになった。

 緊張から、蔵人は時が過ぎるのが長く感じられた。しかし、臆病さに憑かれていたのではない。心は弾み、神経は高ぶっている。全身に高揚感を覚えるこれは、武者震いだった。実際、魔物は複数回倒してきている。これが初めての事ではない。

 ならば、何故これほど武者震いを覚えるのか。理由は簡単である。

「蔵人?」

 友の不審な心理状態に気づき、サムが声をかけた。蔵人は応えた。

「ちょっと、武者震いしてる。まだ魔物の姿は見てないけど、多分、今まで戦ったどの魔物よりも厄介だと思う」

 微かに笑っている蔵人に、エイシャが尋ねた。

「それなのに、どうして笑顔になっているんですの?」

 蔵人は微笑を崩さずエイシャに顔を向けた。

「武者震い、ってやつかな?強敵ならそれだけ、倒し甲斐がある」

 エイシャはため息をつき、

「理解できませんわ」

とだけ言った。しかし、続けて次のように言った。

「通路を抜ける前に、改めて皆に神聖魔法の加護を授けておきます。戦闘に入ってからでは遅いですからね」

 全員が足を止め、エイシャは経典を開き、皆に魔法をかけた。身体能力強化、対魔法防御、対物理防御等々、戦闘に関係しそうな魔法を尽くかけた。

 エイシャは自信満々に言った。

「これだけイアグ神の加護を賜れば、魔王にだって負けないはずですわ」

 魔王――――あの強大な存在に勝てるかは、蔵人は怪しく感じられた。苦い顔で、エイシャに反論した。

「それは……どうだろう?」

 エイシャは不審そうに、

「何がですの?」

と、蔵人に質問した。蔵人は思ったままを口にした。

「魔王は、桁外れの難敵だ。エイシャの神聖魔法は、俺たちの力を何倍にもしてくれる。それでも、それでも勝てるかは、怪しいと思うんだ」

 エイシャはむっとして言い返した。

「蔵人は私ではなく、魔王の味方ですの?」

 蔵人は困った顔で、

「いや、そんなわけないじゃないか!俺はただ、魔王の強さを過小評価できないって言いたくて――――」

「どうかしら?美貌の魔王に、惚れ込んでしまったんじゃなくて?」

 エイシャは、心の中で妙な違和感を覚えた。本当はこんな事が言いたいわけじゃないと、内心では思っていたのだ。にもかかわらず、口をついて出るのは蔵人への罵倒だった。

 蔵人は困り果て、俯いて沈黙してしまった。

 見かねた遜が、二人の横から話に割り込んだ。

「おいおい、強敵相手の前に、仲間割れは困るぞ。そういう時は――――」

 遜は両の手で、蔵人の頭とエイシャの頭をそれぞれ掴み、背の違う二人の顔を器用に合わせた。当然のように、唇が重なった。

 遜の手が離れると、二人は慌てて距離を取った。

「な、な、な、何をするんだ、遜!」

「スン!純潔が義務づけられている僧侶に向かって、なんて事するんですか!」

 なんやかんやと遜に詰め寄る二人を見て、サムは遜の真意を察していた。

(多分、自分が憎まれ役を買って出る事で、真面目な二人の仲がこれ以上悪くならないようにしたんだ。それに加えて――――)

 散々二人して遜を問い詰めたが、やがて蔵人はエイシャに向かって言った。

「武僧の唇を奪うなど、騎士にあるまじき行為。本当に申し訳ない」

 堅苦しい言い方は、蔵人が本心を表している証拠である。

 エイシャも謝った。

「いえ、私も不注意でしたわ。蔵人は何も悪くありません」

 二人が仲直りしたところで、遜が言った。

「さて、じゃ、化け物退治といきますか」

 そして一行は通路を抜けた。



 一行が通路を抜けた先にあったのは、またも大きな空間であった。サムが光源魔法を空間の天井付近に飛ばすと、空間内が明らかになった。

 同じ大空間とはいえ、造りは住居跡とは全く異なる。直径五〇歩ほどの円筒上の空間で、中央には祭壇らしき物の残骸がある。そして、その残骸の上に、魔物がいた。下半身は獅子のようで、翼を持つ上半身は猛禽のようである。

「グリフィンだ!」

 サムがそう言うと、蔵人は尋ねた。

「グリフィン?」

 オウム返しの質問に、サムは答えた。

「見た目通り、猛禽類の上半身と獅子の下半身を合成した獣だよ。魔王の奴、好き勝手に生物実験しているな」

 サムが説明し終えると、それに答える女の声がした。

「好き勝手とは、また随分とひどい評価じゃな。妾は好奇心の一環として、様々な実験をしているだけの事よ」

 蔵人とサムは、聞き覚えのある声に戦慄した。

 蔵人は叫んだ。

「魔王!どこにいる?姿を見せろ!」

 その言葉を受けて、祭壇跡の中央から、魔王の姿が現れた。遜とエイシャも警戒した。

「出やがったな」

「こいつが、魔王?」

 魔王はやはり、肩口と胸元から、臍の辺りまでが露わになった漆黒の服装をしている。長い黒髪は、髪留めで留められていた。

「こんな邪気放ってなかったら、魅力的な女なんだがな」

 遜がこぼすと、魔王は妖艶な笑みを浮かべた。黒く塗られた唇から、誘惑の言葉を放った。

「ほう、妾の下に降れば、毎晩夜伽の相手になっても良いぞ?どうだ?」

 サムが叫んだ。

「遜!魔王は魅惑の魔法を使っている!気をつけて!」

 だが、遜は次のように口にした。

「はっ!お断りだよ!さっきから、悪寒がして仕方ない。こんな女とは関わりあいたくないな!」

 魔王は残念がって言った。

「なるほど、本人の意思の強さに加えて、神聖魔法の加護か。どうりで幻影を通じての魔法では通じぬわけじゃ」

 この発言には、四名全員が驚愕した。

「この威圧感で、幻影だと?」

 蔵人が言うと魔王は答えた。

「左様。妾は我が居城にいて、幻影を通じてそなたらと会話をしている。幻影の妾では妾の半分の力も使えまい」

 蔵人はこれに言い返した。

「幻影であろうと、容赦はせぬぞ!戦うというなら、相手になるぞ!」

 高らかに宣言した蔵人に、魔王は言った。

「待て待て。そなたらはこの魔物を倒しに来たのであろう?妾は手出しせぬから、まずはこやつを倒してみせよ」

 魔王の幻影は、大空間の端まで歩き、そして壁に寄りかかった。

「本当に手出ししないのか?」

 蔵人は小声でサムに聞いた。サムは冷静に分析して、

「それは本気みたいだね。あの魔王の傍には、あらゆる魔力が感じられない。幻影は魔力の塊だけど、魔法を行使する気は全くなさそうだ」

 しかし、相談は遜の言葉で打ち切られた。

「お二人さん、魔王についての分析はそこまでだ。魔物が殺気を放ってきてる」

 その言葉に呼応するかのように、魔物は大きな翼を広げた。

「さあ、我が創造物に、勝ってみせよ勇者一行よ」

 魔王のその言葉が、蔵人一行と魔物との戦いの合図となった。


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


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