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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第六二章 地下宮殿の攻略

「ここが、魔物の根城となっている地下宮殿です」

 案内役の小隊長が指し示した。

 宴の翌日、蔵人一行は馬上の人となり、騎馬小隊の案内で、問題の地下宮殿に着いた。崖に掘られた巨大な入口の左右に、かつての神々の立像が配置されている。

 蔵人一行は馬を降り、装備を整えた。外套を被り、杖を持つサム。あちこちの仕込み武器を確かめる遜。鎖帷子を身に着け、兜の面を上げて顔だけ露出させるエイシャ。そして蔵人は着剣した。

 宮殿に侵入する準備が整うと、蔵人が小隊長に言った。

「あなた方は、陣営に戻るべきだ」

 小隊長は意外な言葉に、馬上から反論した。

「何を仰いますか?我らは勇者一行を補佐すべく案内役を命じられた身。共に戦います!」

 馬を降り、剣を掲げて鬨の声を上げようとした小隊長を、

「やめないか!」

 蔵人の大声が制した。言葉を失った小隊長を、蔵人は諭した。

「ジャイーラ殿下は、あなた方に案内役は命じても、共に戦ったり、この場に待機したりする事は命じなかったはずです。地下宮殿は入り組んでいるでしょうし、多数の軍勢が踏破するには不向き。また、ここに待機していれば、地下宮殿に侵入した事を察知した魔王により、死者の軍勢が襲ってくるはず。そうなったら目も当てられません。

 ここはご自重ください」

 しかし、小隊長は一点だけ気遣った。

「仰る事、至極ごもっともですが、勇者様たちの馬は?死者の軍勢に食い尽くされるのでは?」

「それなら心配ありませんわ」

 答えたのはエイシャである。エイシャは聖典を開き、自分たちの馬が並んだ壁面に結界を張った。

「人間と違って、馬は自分が襲われないとわかっていると騒ぎません。結界で覆ったので、魔王には探知も不可能ですわ」

 蔵人はエイシャの言に続けて言った。

「と、いうわけです。我らの心配は無用でございます。陣営にお戻りになり、殿下に吉報をお待ちくださるよう伝えてください」

 小隊長はしばし、剣を下ろして俯いていた。だが、やがて剣を鞘に戻し、馬に飛び乗った。そして蔵人の言った事を承諾した。

「勇者ユーキのお言葉、ジャイーラ殿下に確かにお伝え申す。しかし、忘れないでいただきたい。そなたたちの吉報を待っているのは、殿下だけでなく、あの陣営の全員であるという事を。そして、自分たちより若き冒険者が、仮に魔物討伐に失敗しようと、生きて帰ってくるのを望んでいる事も」

 馬上からの激励に蔵人は剣を掲げて声を上げた。

「我ら四名、ただでは帰らぬ。必ずや魔物を討ち取り、その首を持って帰還する事をここに約束する!」

「おおー!」

 サム、遜、エイシャは蔵人の音頭に鬨の声を上げた。小隊長は小さく頭を下げ、部下に命じた。

「我らは殿下の下に帰還する。途中、死者に用心せよ」

「はっ!」

 小隊長を先頭に、部隊は駆けていった。

 小隊が見えなくなると、蔵人は言った。

「さて、皆用心しろよ」

 一行は勇ましく、地下宮殿に足を踏み入れた。



「蔵人、何か楽しんでない?」

 暗い通路を、明かりの魔法で照らしながら、サムは友に尋ねた。

「わかるか。そうだな、なんて言うか、人が立ち入った事のない場所に初めて挑むって、一種の挑戦だろ?そう考えると軽く興奮するって言うのかな」

 遜が同調した。

「わかってるじゃねえか。前人未到の場所を目標にするのは、怖くもあるが面白くもある」

 四名の足音がこだまする中、男同士の会話に、エイシャはついていけないという体だった。

「全く理解できませんわ。こんな怨念のこもってそうな場所、さっさと目的を達してさよならしたいですわ」

 サムは歩きながら渋い顔をして、

「僕は、半々かな。蔵人や遜の気持ちもわかるけど、怨念塗れの場所に長居する趣味はないし……」

 緊張感のない会話をしながら進んでいた四名だが、先頭の遜は誰に言われるでもなく立ち止まった。

「罠か」

 遜の声に、全員が歩みを止めた。サムはすぐに魔法で、詳細な分析をした。

「確かに。遜の一歩先の床を踏むと正面から矢が何十と放たれる仕掛け……なんだけど、矢の弦が古くなって、全部切れかかっているから、まともに飛んで来るのはごく一部だね。大半の矢は壁や床を目掛けて飛んできそう。

 それにしても、遜、よく罠ってわかったね?」

 遜は答えた。

「なに、よく見たら、足元に微かに段差ができてたからな。おかしいと思ったんだ」

 蔵人もエイシャも、罠のギリギリ手前まで進んで、微かな段差を確認した。

「本当だ。確かに、これはおかしいと思うわけだ」

「スンは暗闇でも目が利くのですね」

 遜は得意げに、

「まあ、美人と不条理は遠くからでも見逃さないからな」

と威張ったが、余計な言葉が入っていたせいで、

「逆に言えば、目に見えない物には鈍感なのかもしれませんわね」

 エイシャの皮肉を買う始末だった。

「何を?」

「あら、喧嘩でも売っているんですか?」

 言い合いになりそうなところで、蔵人が二名の間に割って入った。遜の首元には両手剣を、エイシャの喉元には皮剥きなどに使っている短剣を突きつけている。

 そして、何より蔵人は笑顔だった。

「何が起こるかわからない場所で、喧嘩は良くないな。はい、相手に謝って」

 このパーティーで、剣を持った蔵人の笑顔ほど怖いものはない。普段の笑顔と全く差のない表情で抜剣するものだから、余計に怖い。

「はい、ごめんなさい……」

「申し訳ありませんでした」

 遜とエイシャが和解したところで、蔵人は真面目な顔に戻って言った。

「エイシャ、全員に矢避けの加護を頼む。この罠は正面突破しよう」

 サムも同調した。

「確かに、そうするのが一番確実だね。真正面から飛んでくるけど、多分壁に反射して襲ってくる矢も混じっているだろうから、驚かないでね」

 エイシャは、聖典を懐から取り出し、念入りに矢避けの加護を全員にかけた。

 蔵人たちは矢の罠を正面突破し、通路を右に曲がって進んでいった。



「矢避けの加護ってすごいね。本当に飛んでくる物が当たらなくなる」

 サムが歩きながらそう口にした。先ほど、壁に反射した鏃の破片がサムの顔目掛けて飛んできたが、眼前で鏃に意思があるかのような動きで、サムの顔を避けて飛んでいった。魔法使いとして、その効力の強さには感嘆する他なかった。

「サムの自然魔法と違って、信仰の強さがそのまま魔法の強さに直結しますからね。たとえ修道院へ入所したてでも、真に信仰心のある者なら、扱う神聖魔法は強力になります。

 ……とはいえ、滅多にそんな事はありませんが。大抵は修行を経て、功徳を積み、強い信仰心を獲得していくものです」

 二名の話を聞いていた蔵人が、会話に割って入った。

「でも、エイシャはその滅多にない例じゃないか?だって、一〇年程度の修行で、王国一の武僧として名を馳せていたんだから」

 エイシャはやや俯きがちに、

「そうかもしれないですわね」

とだけ言って黙った。何かまずい事を聞いたらしいと考え、蔵人は話題を逸らす必要性を感じた。

 しかし、先頭を行く遜が、またも言った。

「おい、サム。今度は壁に罠がないか?」

 三名は我に返り、警戒した。サムが魔法で調べると、壁を押すと天井が崩れ、大岩が落下してくる仕掛けだ。しかも大岩は球体に削られており、わずかな下り坂になっている通路を転がって追いかけてくるだろう。

 サムが天井を明かりの魔法で照らすと、不自然な切り込みがあった。

「あれが落ちてきて、更に球体の大岩に追いかけられるのか。ぞっとする仕掛けだな」

 蔵人の感想に遜も同意した。

「全くだ。悪趣味な罠だ。なあサム、この地下宮殿は一体何のために作られたんだ?歴史に詳しいお前なら、見当くらいはついてるだろ?」

 サムは顎に手を当て、思案しながら答えた。

「多分だけど、昔王国を滅ぼされた一族が、家来と一緒になって逃げ延びて、作ったのが最初じゃないかな。その後は王族というより、宗教を同じくする同族集団としてこの中で暮らしたんだろうね。

 恐らく、僕らが辿ってきた道は、正しい進入経路じゃないよ。別に本当の出入口がある」

 遜はサムに詰め寄った。

「なに?じゃあ、正規の入口から入れば、こんな罠だらけの厄介な道を歩かずに済んだって事か?」

 サムが背の高い遜に間合いを詰められて怖がる素振りを見せたのを蔵人は見逃さなかった。二名の間に割って入り、サムを庇った。

「まあまあ、落ち着いて遜」

 鼻息荒い遜も、蔵人が割って入ると勢いが減じた。蔵人は背後を振り返り、

「正規の入口から入らなかったのには、理由があるんだろ、サム?」

と尋ねた。サムは勇気づけられ、理由を話した。

「そ、そうだよ。山を丸々探査する必要に迫られるし、多分幾つも偽の入口があるから、それを一つ一つ探査して、安全な道を探してたら日が暮れちゃうからね」

 遜は素直に納得した。

「なるほど、それなら仕方ないか」

 そして、サムに背を向けつつ謝罪した。

「悪かったな、不必要に怖がらせて。今後気をつけるぜ」

 サムも、遜の言葉に応えた。

「ぼ、僕こそ、仲間に対して、怖がってごめん。もっとしっかりするよ」



 大岩が落ちてくる仕掛けは、サムの詳細な調査で壁は勿論、床も罠を作動させる事がわかった。仕方なく、サムが自身と他三名を浮遊魔法で宙に浮かべ、ゆっくり空中を進んだ。

 遜が浮遊した状態で言った。

「これ、サムがいなかったら詰んでたんじゃないか、おれら?」

 エイシャも同意した。

「本当ですわ。大精霊が在りし日の四大魔法使いと同等とまで評価するだけありますわね。一応神聖魔法の加護で、大人の背の倍くらいの大岩なら砕けますけど、こんな所でそんな事したら、落盤の危険があります」

 サムが苦笑した。

「それはそれで凄い事だと思うけど」

 蔵人も頷いた。

「細身の体から出せる力じゃないよ。エイシャの日頃の訓練と、信仰心の強さの賜物だね」

 エイシャは複雑そうな顔で、浮遊したまま蔵人を見た。

「それ、褒めているんですわよね?」

 蔵人は不思議そうに、

「勿論」

と答えた。エイシャは何か言い返そうとしたが、口ごもるだけだった。

「あ、罠の床が終わった。皆、もう歩いて平気だよ」

 サムは魔法を解き、一行は暗い地下宮殿の床に立った。

「助かったよ、サム」

「ああ、おれらだけならどうしようもなかった」

「恩に着ますわ」

 三名から揃って礼を言われ、サムは照れた。

 前方を見ると、三から四〇尺ほど先の開けた場所に、通路は続いているらしい。

「何かあるのかな?」

 蔵人の疑問に、魔法で探知したサムが言った。

「あ〜、これは……言いたくないけど、聞きたい人がいたら言うよ」

 サム以外の三名は顔を見合わせた後、無言で共通の見解に達した。

「死者か」

 蔵人の言葉に、サムは頷いた。

「うん。共同住宅みたいに、開けた場所の壁を掘って沢山の入口が並んでいる。その一部屋ずつに、死者がいるよ。扉は腐って無くなっているね」

「やれやれ、また面倒な」

 蔵人はそう言うと、抜剣して歩き出した。一行は各々戦闘体勢を整えた。サムは杖を前方に構え、遜は双剣を抜き、エイシャは兜を装備して神聖魔法の加護を全員に授けた。

「これで並の死者なら、噛まれても平気ですわよ」

「それは心強い」

 笑顔を見せた蔵人だが、すぐに前に向き直った。

 通路を抜ける直前に、サムが魔法を唱えた。

「光よ、強く、長く、辺りを昼の如く照らし給え!我らを照らす標となれ!LUX!」

 前方の空間に向かって、強力な光源の魔法を放った。これで開けた空間が一望できるはずである。

 そして、通路を抜けた先にあったのは、立方体の巨大な空間だった。一辺が百尺以上ある空間の壁は掘られ、住宅の跡が窺える。そんな大空間に、無数の死者が蠢いていた。

「これはまた……」

「参るぜ、おい。何百体いるんだ?」

「でも、倒すのでしょう?」

 エイシャの問いに、蔵人は頷いた。

「ああ。サム、あの大口を開けた通路の先が、魔物の巣か?」

 サムは風魔法で探査し、肯定した。

「うん、その通りだ。ただ、そこへ行くだけでも何体倒さなきゃいけないのか……」

 遜は普段とは違う事を言った。

「いつもなら何体倒したか競うとこだが、おれや蔵人、エイシャは一体ずつ倒すしかないな。サムは魔法で思い切り倒してくれ」

「わかった」

 通路の出口にいる蔵人たちに気づき、死者が向かってきた。

 サムは言った。

「光魔法はまず切れる心配はないから、存分に戦って!ただ、光の届かない所までは深追いしないでね」

 蔵人は言った。

「了解だ!皆、行くぞ!」

 三名は駆け出し、一名は呪文を唱え始めた。



 


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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