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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第六一章 ラムシィ川の貴公子

 不器用なりに親交を深めつつ、蔵人一行は五日の道のりを踏破し、ラムシィ川沿いに陣を張るジャイーラ王子の元へと辿り着いた。

 陣は川を一望する川沿い、堅固な守りと物資の補給を同時に成せる場所に築かれていた。陣営の周りにこそ丸太造りの防柵、堀が存在しているものの、周囲には店が並ぶ市場が形成され、王城のような活気を呈している。

 馬を降り、手綱を引いて市の中を一行が歩いていると、摂政の悪口とジャイーラ王子への称賛が耳に入った。

「あの女、どの面下げて王城に君臨しているのやら」

「聞けばナメドリアとの縁組で先王の正室になったって言うじゃないか」

「先王が自分から近づく存在じゃねぇよ」

「嫡男だった王子殿下を見習えってもんだ」

「今や、あの方がどうやって王城を奪還するかだが、あの城塞と――――」

 蔵人は言った。

「摂政が王の背後で政治をしては、不満も出ようというもの。やはり国王たる人物その人がしっかりしていなければならん。

 それに、死者や魔物が闊歩する中で人間同士が争うなど……」

 溜飲を理性で下げる蔵人に、サムは言った。

「蔵人は平明王を見ているから、政の担当者への判定が厳しいね」

 苦笑している友に、また遜やエイシャにも、蔵人は問いかけた。

「俺の判定、そんなに厳しいか?」

 遜は人相を歪め、首を傾げてサムに同意した。

「まあ、サムの言う通りだな。なに、気にする事はない。ただ、それはお前が大人物だからであって、そうでない人間のが多い事には注意すべきだな」

「――――そうか」

 蔵人は納得した。それは遜の言葉と平明王の言葉、両方にであった。

 かつて、平明王は幼少の蔵人に言った。

「ほう、余が王と聞いて臣下の礼を取るとは。利発な子だ。鞭で追い立てられて整列する連中とは大違いだな」

 それは、大抵の人間は、心から服従する事もなく、王位にひれ伏す。王個人など、平民は名前すら覚えているか怪しい。

 あの傑物だった平明王でさえ、その現実を直視できたから善政を敷けたのだ。蔵人は心持ちを改めて、陣営への道を歩いた。

 途中、陣営の入口が見えてきた頃、蔵人はサムに尋ねた。

「なんて言って、王子殿下に取り次いでもらう?」

 サムは迷いなく答えた。

「そりゃ、ルテフェ総督の書状を見せるしかないね。王子が本当に頭の切れる人物なら、ルテフェ総督の言葉を無視しないはずだ」

 エイシャも、

「それしか無さそうですわね。聡明な方なら、他人の聡明さにも敏感ですから」

と言って賛意を示した。

 蔵人は仲間の言葉を聞き、

「よし、王子殿下にお目見えできる事を願おう」

 そう言って、衛兵が二人で警護する陣営入口へと先導役となって向かった。



「ルテフェ総督の書状?」

 サムが差し出した物を見た衛兵は、しかめっ面で目を細めた。もう一人の衛兵と書状を交互に見ながら、

「まあ、殿下は寛大なお方だから、総督の書状ともなれば見せぬわけにはいかねぇか。お前ら、許可が出るまで、そこを動くなよ?」

 蔵人一行を睨みつけ、衛兵の一人は陣営内に消えた。もう一人は、先の人物に比すれば話の通じる男だった。

「兄ちゃんたち、旅の者かい?大変な時に当たっちまって、すまねえな。この王位のゴタゴタも、早く片づけばいいんだが」

 蔵人は丁寧に返事をした。

「お気遣い、痛み入ります。今の幼い国王と摂政は、支持を集めてはいないのですか?」

 兵は大げさに振る舞い、摂政の悪行を非難した。

「鬼婆と評判の、最悪の政治家だよ。ジャイーラ王子の爪の垢を煎じて飲んでも、尚変わらないだろうとまで言われている。

 オレら兵隊は、あんな女に従うのが嫌で、ジャイーラ王子と共に王都を離れたんだからな」

 兵にも色々いるものである。権威を傘にきた、書状を持っていった者。眼前のお喋り好きな軽薄な者と、当たり前だが人は十人十色の存在なのだ。それを導き共通の目的に向かわせる才能が、カリスマという神にも並ぶ力なのだろう。

 しかし、軽薄な兵との雑談はすぐに終わった。陣営内から全力疾走して、先の衛兵が戻ってきたのである。陣営を出て、蔵人たちに何か言おうとしたが、

「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」

 という具合で、息が切れて声が言葉にならない。

 軽薄な兵は阿吽の呼吸で、

「どうした?ほら、喋る前に水を飲め」

 横柄だった兵は、水筒から水をがぶ飲みし、深呼吸した後、蔵人たちに頭を下げて謝罪した。

「さ、先ほどは、申し訳、ありません、でした。ジャイーラ殿下から、すぐに、丁重にお連れするようにとのお達しを預かって参りました。どうぞ、私めの後についてきてくだせぇ。殿下の天幕までご案内します」

 丁重な言葉遣いから学び直すべき、という風に蔵人一行は顔を見合わせた。その後、蔵人が平伏する兵に言葉をかけた。

「なに、気にしないでいただきたい。ジャイーラ殿下の評判の良さは、この市の方々の話からも伺えます。また、我らは所詮流浪人。ジャイーラ殿下にお仕えなさる貴殿とは身分が違う。

 特にそなたの言動に落ち度はないから、ジャイーラ殿下の元へと案内していただきたい」

 この一言で、蔵人は横柄だった兵の心を掴んでしまった。

「あ、ありがたや。そう仰っていただき、誠に光栄にございます。では、陣の中へ」

 兵を先頭に、蔵人一行はジャイーラの陣営に出迎えられた。

 陣営内では、広場で武器の訓練をする者、馬の世話をする者と、実際に戦う兵士から下働きの奴隷まで統率が行き届いていた。蔵人はその目で、既にジャイーラ王子が只者ではない事を悟っていた。



 ジャイーラ王子の天幕前で、蔵人たちは衛兵に武器の引き渡しを申し渡された。

「なんだ?えっと、信用されて、いるんじゃ、ねぇのか?」

 遜がたどたどしいオレニア公用語で返答した。問答が続きそうなところへ、天幕の奥から声がした。

「構わぬ!客人はそのまま通せ!」

 澄んだよく通る声だった。兵は渋々道を譲り、天幕を開けて中へと促した。

「失礼致します!」

 蔵人がそう言って、一行はジャイーラ王子の天幕の奥へと入った。

 奥には地図の広げられた大きな卓と、肘置きに肘をつき、頬杖の格好で蔵人一行を出迎えた人物がいた。周囲を小姓や側近が動いている中、金髪碧眼で癖毛、薄く髭を生やした、一人別格の雰囲気を携えているこの人物が、

「我こそはジャイーラ王子だ。よくぞ参られた、旅の方々よ、歓迎するぞ。まあ、まずは座ってくれ給え。異国の事なども含め、聞きたい事は山ほどあるからな」

 小姓が素早く、四名分の折りたたみ椅子を並べた。

「ではお言葉に甘えて、失礼します」

 蔵人がそう言って座ると、仲間たちも腰掛けた。

 王子は言った。

「堅苦しく構えず、対等に話したいくらいだ。爺や、客人の敬語の不備などで、一々指摘するなよ?」

 王子の傍にずっと立っていた老体は、

「しかし殿下、身分の上下というものは――――」

 そう言いかけて、王子が金髪を揺らし、言葉を遮った。

「ええい、よいよい。この者らには通訳も必要なさそうであるし、お主が立ち会う必要もあるまい。近いうちにあるであろう、僭称者との戦に備えて、休んでおくがよい。お主は我が正統君主勢力の頭脳。それがいざという時に疲労していては、目も当てられぬ」

 不満げな顔を隠さなかったが、老人は大人しく引き下がった。

「畏まりました。旅の勇者一行殿、わたしは宮廷魔法使いのギーウヌと申す。以後お見知り置きくだされ」

 そう言って、ギーウヌなる魔法使いは天幕を出ていった。

 しかし、座して寛ぐ様子のまま、蔵人は発言した。

「殿下、我らをご信用くださり、感謝の極み――――と申したいところではありますが、まだ警戒を完全に解いてはいらっしゃってませんね?天幕の四方から微かな殺気を感じます。

 と言っても、所詮我らは流浪人なので、身構えられても致し方ないのですが」

 ジャイーラは目を丸くした後、大きく笑った。

「これは敵わぬな。ルテフェ殿の手紙にあった通り、そなたらを打ち倒そうとしたら幾千もの軍勢が必要というのも納得だ」

 ジャイーラは右手の指を鳴らした。天幕の影に潜んだ、豪華な鎧兜に身を包む四名が姿を見せた。音の鳴らない装備であり、気配はほとんどしない。遜も気づかず、エイシャも何か嫌な感じがする、という程度の探知でしかなかった。ちなみにサムは魔力以外については凡人なので、友の感知力に驚嘆するばかりであった。

「我の親衛隊だ。よくぞ見破った。これは奇襲もできぬな」

 サムは親衛隊にこそ気づかなかったが、魔力には魔法使いの中でも指折りの強者である。親衛隊が姿を現して後に、とんでもない発言で、親衛隊に真剣な顔を向けられた。

「殿下、申し上げにくいのですが――――」

 その一言には、恐ろしい内容が含まれていた。



「それは……真か?」

 思わず椅子から身を乗り出す王子に触発され、

「貴様!我らが陣営を侮辱するのか?」

 親衛隊はサムに斬りかからんばかりであった。蔵人は友を庇おうとしたが、サムは剣を向けられても全く動じる様子もなかった。それを確かめると、友の成長を感じ、蔵人は座り直した。

 サムは至って冷静だった。この場にこの陣営の「頭脳」が王子一人になる隙を、窺っていたのかもしれない。

「殿下や親衛隊の方々が信じられないのも無理はありません。ただ、これは死者の掃討以上に、我らにとっても重要であります。

 まずは、我らを信用するための機会を与えていただきたい。我は陣営に参るまで、詳細な魔力探知を行いながら歩いていました。

 恐らく殿下らは、西から襲ってくる魔物に手を焼いているはず。我ら四名に、その討伐を任せていただきたく存じます」

 王子は再度驚愕した。話題に出していない魔物の事まで見透かされては、勇者一行の実力を認めないわけにはいかない。

「よくぞ、それだけの事を見抜いた。確かに、我らが陣営の近く、市を魔物が襲い、死者も出ている。かと言って陣営と違い、自由な往来を制限しては、市は立ち行かぬ。

 偵察隊の報告では、西の地下宮殿を根城としているとの事だ。狭い地下宮殿ゆえ大軍が送れず、討伐には難儀しているのは確かだ。

 よかろう。魔物討伐を、そなたらに依頼する。ただし、条件がある。魔法の助力無しには、我らは王都に居座る王位僭称者たちには敵うまい。そこで、王都奪還するまでを、手伝ってほしいのだ」

 蔵人一行は顔を見合わせ、揃って頷いた。

 蔵人が代表し、

「承知仕りました。我らが力、とくとご覧に入れましょう」

と、一行の意志を伝えた。王子はそれを聞くと不敵に笑い、

「そうと決まれば、今宵は飲むぞ!冒険者たちの武勇伝に耳を傾けながら、酒に興じるなど中々できないからな!そなたらも飲んでいけ」

 蔵人は面食らい、ためらいがちに返答した。

「我々は構わないのですが、親衛隊の方々が……」

 蔵人の視線の先には、困り果てている四名の親衛隊がいた。

 そのうちの一人が進言した。

「殿下、恐れながら、不審な輩と宴を共にするのはいかがなものかと……」

 王子は不満げである。

「それなら、お前たちも飲むがいいであろう。そうすれば、我の警護もできるし、宴仲間も増えて一石二鳥だ」

 別の者が更に言ったが、無駄であった。

「しかし、殿下――――」

「いつまでもやかましいぞ!おい、酒を持って来い。全部で、酒杯は九つだ」

「はっ!」

 小姓が天幕の奥に走り去ると、親衛隊の者たちも諦めて、卓を囲んだ。小姓たちの手により、卓の地図はどかされ、てきぱきと宴の準備が整えられた。

 酒で満たされた酒杯を、ジャイーラ王子は高々と掲げ、

「我がラジャム王国の一層の繁栄を!」

 そう告げて、皆が酒杯を仰いだ。



 宴はジャイーラ王子と勇者蔵人を中心に進んだ。

「ほう、あのアケボノ金貨の鋳造されていたのが、そなたの故郷だったのか。しかも、エージアのさらに向こうとは。戦争しか知らぬ我らが国の通貨は、商人たちから嫌がられてな。アケボノ金貨なら、この大陸でも、全ての国で使えるだろう」

「それは助かります。我は王を失った祖国で王に推挙されたものの、王の嫡子を名乗る人物が唐突に現れ、しかも追放を言い渡された身にございます。それでも、故郷を称賛いただくと悪い気がしません」

 王子と蔵人は親しげに話した。蔵人の完璧なオレニアの公用語に、王子は胸襟を開いて会話していた。

 しかし王子は蔵人とだけ話していたわけではない。サムにも話しかける事があった。

「そうか……そなたは、かつてボスラの占領時に……気の毒だった。先王の唯一の失策が、ガウロンとの戦争であった。仕掛けてきたのはガウロンだが、戦が絶えてなかった我らラジャムは、戦略、戦術で遅れを取った。どうにか奪還したが、交易港として再建に五年、繁栄を取り戻すのに五年かかった。我らの失態を許して欲しい」

 身分が身分のため、頭を下げる事はなかったが、王子は姿勢を正してサムに謝罪した。サムは慌てて、

「いえいえ、お気になさらず。もう済んだ事ですし、王子がお気になさる事ではございません」

 王子は軽く俯き、そして言った。

「そう申してくれるとありがたい」

 王子は金髪を掻きながら、親衛隊と会話する遜とエイシャを見た。

「あちらもあちらで、言葉が片言でしか通じないなりに、楽しく飲んでいるようだな」

 遜と親衛隊長は、肩を組んで飲み比べをしている。エイシャも飲んでいるが、酔った親衛隊がエイシャの体に触れようとすると、腕を絡め取っていた。

 王子が笑いながら酒を飲み干すと、蔵人が酒器を持った。

「殿下、さあどうぞ」

「おお、すまぬな」

 しかし王子は、注がれた酒に口を付けず、酒杯に目を落として黙っていた。

「いかがされました、殿下?」

 ジャイーラ王子は言葉を一つ一つ、こぼすように喋った。

「なに、単純な話だ。魔王の正体が、まさか千年前に生きていた女だった事に驚いてな。我が国の女摂政による悪政と重なるようにも思う。女が上に立つと碌な事にならないのか、男どもがだらしないのか――――さて、どちらかとおもったのだ」

 蔵人は、ためらわずに直言した。

「殿下、我が国千年の歴史上には、女王もいました。要は、単に時流を掴むのに長けているかどうか、それだけの事です。王になるのに性別は関係なく、またその上で善政となるか悪政となるかも、性別を問いません」

 難しい哲学的空論ではなく、実利に則った経験則で断じた蔵人に、王子は同意した。

「そうか、そうだな。一歩間違うと、答えなき空論に陥るところであった。ユーキよ、そなたは頭も切れる、真の勇者だ」

 王の称賛の直言に、蔵人は返す言葉が思いつかなかった。

 宴は夜更けまで、王子の天幕で続けられた。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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