第六〇章 大精霊の伝言
昼前に、蔵人は再度目を覚ました。上体を起こして背筋を伸ばし、ふと自分がエイシャの寝台で寝ているのに気づいた。
「あれ?俺、なんでエイシャの寝台で寝てるんだ?」
そう声を上げて室内を見回すと、サムと遜の姿はなく、エイシャが蔵人の寝台上に腰掛けていた。
エイシャは蔵人に尋ねた。
「蔵人、今朝の事、覚えていらっしゃいませんの?」
立ち上がり、エイシャは寝台上の蔵人に近づいてきた。視線に棘も混じっていたが、蔵人が回復した事をエイシャは喜んでいる様子だった。
「そんな喜ぶほど、俺、やばい状況だった?」
エイシャは、はっと我に返り、首を横に振って笑顔を消した。そして、真剣な顔つきで改めて繰り返した。
「蔵人、朝の出来事、覚えてらっしゃいませんの?」
二度の問いかけに気圧され、蔵人はたじろぎながら、必死に記憶の糸を辿った。すぐに朝の記憶が蘇った。
「ああ、そうか!俺、夢の中で水の大精霊と会話をして、それで、疲れ果てて目が覚めたんだ」
蔵人は一旦言葉を切り、その後の行動を思い出した。
「確か、エイシャも起きたのに気づいて、無意識にエイシャに助けてほしくて――――はっ、そうか!俺、エイシャに抱きついてなかった?」
直立したまま蔵人の顔を見下ろすエイシャは、
「はい、ベッド上で上半身だけ起こした私に、倒れ込んできましたわ」
そう言って、鋭い視線を蔵人に向けた。
蔵人は申し訳なさで胸がいっぱいだった。
「やっぱりそうか……ごめん、ごめんね、エイシャ。なんて詫びればいいか……男子禁制の修道女に、なんて事を……」
心底悔やむ蔵人を、エイシャは屈んで抱きしめた。
「エイシャ?」
驚いて体が固まった蔵人に、エイシャは言う。
「今は修道女でも、ルマーク王国の武僧でもありません。勇者蔵人一行の一人ですわ。疲れた時は、遠慮なく頼ってください。遜と違って、蔵人に下心が無いのはわかっていますから」
蔵人は一筋だけ涙をこぼし、エイシャの背に手を回し、自分からも抱きしめた。そこに雌との抱擁はなく、仲間との抱擁があった。
「ありがとう、少し、こうしてもらえると助かる。ひどく疲れて、心細い」
短衣どうしでの抱擁で、相手の体が密着すると、体の柔さ、硬さがわかった。
「蔵人、すごい筋肉質でいらしたのね。背の高さにばかり目が行きましたけど、無駄のない鍛え方がされてますわ」
「エイシャは、硬さと柔らかさが絶妙だね。女性らしいけど、武僧として極限まで鍛えられた筋肉がある。胸は、今は胸当てしていないんだね?」
「それは性的な話題ですわよ?まあでも、その通り、胸当てはおっぱいを潰すために身に着ける物。寝る時までしていては、体が窮屈ですわ」
「そう――――」
二人は目を閉じて、単なる仲間以上の存在との抱擁に、安らぎを感じていた。
二人だけの時間は、半刻と経たず終わった。買い出しに出ていたサムと遜が、部屋に戻ってきたのだ。その頃には、蔵人とエイシャは別々の寝台に座っていた。
「お、やっと回復したか。エイシャにはよくお礼しとけよ?」
包み紙を幾つも抱えた遜が言った。肩をすくめて、蔵人は、
「ああ、お礼の言葉を尽くしたよ」
と、涼しい顔で答えた。エイシャも声を上げた。
「ええ、丁寧にお礼をされましたわ。それに、仲間同士の助け合いは義務も同然です。遜も、重傷を負えば助けて差し上げますわよ」
仲間としての連帯を口にするエイシャに、サムは違和感を覚えた。
「前は、遜が怪我しても治癒魔法は使わないって言ってなかった?」
「私は人でなしですか!それはありませんわ。確かに、スンに申したい事があるのは事実ですが、そんな事を言った覚えはありませんわよ」
サムは紙袋を両手で抱えたまま、視線を泳がせ、記憶を辿った。確かに自分の記憶違いらしい。
「ごめんね、エイシャ。確かにそんな事は言ってないね」
「わかっていただけたらいいですわ」
サムとエイシャの間の緊張は霧散した。
そこへ、遜は蔵人とエイシャをからかう言葉を放った。
「しかし、なあ、蔵人の看病で、勇者様と僧侶様の間に禁断の恋が芽生えるような事にはなってないのか?」
蔵人とエイシャは、甲高い抗議の声を上げた。
「それはない!」
「私の純潔さを奪える存在は、イアグ神だけです!」
言葉の圧が高かった。遜は最初こそ、
「お、おう」
と、言っただけだが、ふと二人の言行がムキになっている事に思い至り、
「そんな強く否定されると、逆に怪しく感じるな。おれらが買い出しに出てる間も、何もなかったのか?」
そう指摘した。蔵人とエイシャは各々の寝台上で、相手に背を向け合い、
「それはない!」
「それはありません!」
吐き捨てるように言って、両者ともが黙ってしまった。
サムは、この状況を引っ掛き回して楽しんでいる遜に苦言を呈した。
「遜、何も仲間の和を乱すような真似をしなくてもいいじゃないか。僕らは旅の、そして戦の日々を送る流浪人だ。四人パーティーで仲の悪い存在ができたら全滅しかねない」
サムの注意に、遜は余裕を見せて謝った。
「そうだな、おれが言い過ぎた。そこは謝っておく。
ただ、まあ、真面目な話、恋仲についての相談に乗るぜ?これでも蔵人みたいな顔の良さはなくても、故郷からこの街に至るまで、口説き落とした女が町々にいるくらいだからな」
蔵人が呆れながら寝台から降りた。
「現地妻って言うのか?女遊びもほどほどにな。
それと、水の大精霊の話を伝えないとな」
痴話喧嘩のような雰囲気は一瞬で真剣なものに変わった。寝台の隙間となっている床に皆は腰を下ろし、荷を置き、蔵人へと三名の視線が集中した。
蔵人は夢中の会話が、水の大精霊とのものである事から説明した。
「俺は最初、魔王じゃないかと疑ったんだ。大精霊なら、魔力のあるサムに話しかけると思い込んでいたからな」
サムもその点を不思議がった。
「確かに、蔵人ならそう思うよね。というか、元魔法使いの大精霊に無視される僕って……」
落ち込むサムに蔵人は励ましの言葉をかけた。
「まあまあ、俺もその点を第一に尋ねたんだ。そうしたら、勇者と呼ばれているのを地の大精霊から聞いたから、と返ってきたよ」
遜が喉の奥から笑い声を上げた。
「くっくっく、こりゃいい。勇者結城蔵人の伝説は、大精霊たち公認ってわけだ」
「スン、おふざけが過ぎますわよ?でも、地の大精霊と水の大精霊、双方どうやって連絡を取りましたの?」
サムは、はっと口を開け、眉をしかめて蔵人を見た。
「まさか、魔王の作った力線を使ったのか?」
「そうらしい」
蔵人は頷き、話を続けた。
「魔力の力線の乗っ取り、ハックしたって、大精霊は言っていた。それを逆用して、自分たちの聖域周辺では死者が蘇らないようにしているらしいんだ。その過程で、力線をハックする事で、世間俗世の出来事にも精通するようになったと。
それで、自分たちでも力線を構築したり、魔王の力線ハックを行うようにしているらしい。
ただ、この会話は魔王の力線をハックしたものだから、魔王側に伝わる恐れがあるって言っていた。だから、なるべく早くここを発つべきだと言っていたな」
サムが蔵人の言葉を割って発言した。
「嫌な気配が抜けないのはそのためか。このままだと、僕らが原因で王都ツテオを戦場にしかねない。蔵人、行き先について、大精霊は何か言ってなかった?」
蔵人は静かに答えた。
「ラムシィ川沿いに陣を張ってる、正統王位継承者の陣幕を訪れるよう言っていた」
サムは王名表から、王位継承者の経歴を思い出した。
「確か、側室の子だけど、嫡男として王国民からの人気も高かった人物だ。でも今王都を押さえている正室は、生前の王の落し子として、今の幼児を王位に就けて、自分は摂政として悪政を敷いているんだよね」
遜は吐き捨てるように言った。
「正室つったって、後から出来た子供だろ?王の死後に愛人を一杯抱え込んでの結果じゃねえのか?」
サムは苦笑して、
「言いにくいけど、まさにそれぞれ。今王位に就いているミロクム幼王は、先王の死後一年以上経ってから生まれてるんだ」
そう答えた。怒りを覚えたのはエイシャであった。
「王の妃としての振る舞いも忘れた、言語道断な振る舞い、許し難きことこの上ありません。ルマークでは神聖魔法の応用で、誰が王位を継ぐべきか判定されてましたわよ」
蔵人は、立ち上がって告げた。
「サムの言う通り、この王都に俺らがいたら、包囲攻撃が始まりかねない。早々に準備して、王都を出よう」
皆は蔵人に同意し、半刻後には王都から馬で駆け出していた。
大精霊やサムの見立て通り、王都周辺の草原には死者が集まり始めていた。
「エイシャは皆に矢避けの加護を。サム、遜、散開して死者を倒していくぞ」
「了解」
馬上で、蔵人の指示が飛ぶと全員が別方向へと馬を駆けさせた。エイシャは瞬時に全員に加護を授け、遜は鎖鎌、サムは杖を、蔵人は長剣を手にしていた。
実はこれは陽動であった。死者を下手に倒しては、魔王に発見されかねない。しかし、蔵人一行は向かうべきラムシィ川沿いの反対方向の死者を掃討していた。丁度ルテフェ総督の港街ボスラに向かう街道の辺りである。ここで死者を叩いておけば、ルテフェ総督への恩返しにもなるとの判断だった。
草原とまばらな林、木々の間を、駆ける事半刻。倒した死者の数二〇〇を超える頃合いに、蔵人の大声が響いた。
「もういいだろう。エイシャ、全員に神聖魔法の魔除けの加護を。あとは隠密行動で、ラムシィ川を目指そう!」
サムは魔力結晶を三つ消費、遜は鎖鎌の刃が鈍らになるほどの戦いだった。蔵人も、剣の切れ味を心配するほどである。
戦果も上々、陽動としても十分な働きをした一行は蔵人の元に集まった。蔵人はエイシャに言った。
「エイシャ、可能なら、馬も含めた全員に治癒魔法を。馬たちも、よく駆けてくれた」
エイシャは笑って応えた。
「もう終わりましたわ、蔵人」
蔵人の馬がいななき、
「おう、どーどー」
と、蔵人が宥める必要が出るくらい、馬は活気づいていた。
「ありがとう、エイシャ」
エイシャは苦笑した。
「私も、このパーティーでの立ち位置、役割は理解しているつもりですわよ。戦闘が終わった時は、名を読んでくださればすぐ治癒魔法をかけますわ」
二人の会話を聞いた遜は、またもからかった。
「阿吽の呼吸、ってやつか?ますます二人の仲が怪しいな」
蔵人は己の中の嫌な発動機が作動したのを自覚しつつも、自己に素直に言った。
「そう言えば、剣は片刃しか使ってないから、もう片刃の切れ味試してみたいな」
遜はげんなりして応えた。
「お前、冗談には笑える冗談で返せよ……両刃の剣の切れ味試したいとか、笑えないぞ……」
蔵人一行は、王都から馬で五日というラムシィ川沿いを目指した。そこにはジャイーラ王子率いる軍勢が陣を張っているとの事である。また、下流では幅一海里にもなるラムシィ川の向こうは、一行の目的地、ナメドリア王国の領土内である。四名にとって、二重にも三重にも、訪れる価値のある場所だった。
道中、馬で駆けて行く中で、偶発的に遭遇する死者は全て無視した。折角王都ツテオの周りで暴れ回ったのである。心は痛むが、ジャイーラ王子が王位を襲ってから、掃討に成功する事を願う他なかった。
王都を出て一日目の夜、馬もエイシャの結界内で大人しくしてくれていた。場所は主要街道から外れた林の中である。ここなら他者の通行の邪魔にもならず、程良く木々もばらけている。馬を繋ぐ場所、寝る場所にも困らなかった。
各自、馬に大麦や草を食べさせていると、エイシャが馬に顔を一舐めされる珍事も起きた。
「きゃあ!」
エイシャは悲鳴を上げて腰を抜かした。それを見た他の三名は大笑いした。
「エイシャ、よほど懐かれたんだな」
「大丈夫、大丈夫。僕も通った道だから」
「そうだな。サムもそうだったが、馬を自分で管理・飼育する者の通過儀礼みたいなもんだ。おれや蔵人も通ってきてるぞ」
今度は木に寄りかかって座っている蔵人が驚いた。
「遜の前で、俺が馬に顔を舐められた話したか?」
遜は開いた口が塞がらない様子で、蔵人を見た。
「え、本当に舐められた事あったのか?」
サムはため息をついた。
「いい加減な物言いだと、誰からも信用されなくなるよ?」
遜は小さく丸まり、焚き火の前で、
「はい……気をつける……」
と、小さな声で同意した。
しかし、ふと小さい声のままで言った。
「エイシャの結界内で大声で笑ったけど、死者に声は聞かれないか?」
復活したエイシャは、自信満々という体で立ち上がり、大股で歩いて戻ってきた。
「問題ありませんわ。そもそも死者は、五感でものを判別しません。生者の活動力、命そのものを渇望して襲いかかってくるから、死者なんですわ。というか、スン、死者相手に戦ってきて、その基本的な事さえ知りませんでしたの?」
三名の視線が痛いほど突き刺さり、遜はますます縮こまった。胡座をかいて焚き火に当たっているものの、肩を丸めており、軍勢を率いていた時の威風堂々たる面影はない。
一方、その点でも蔵人は化け物染みた「嗅覚」を発揮していた。
「おい、蔵人。お前もおれと同じじゃないのかよ?」
この遜の問いかけに、蔵人は平然として、
「え?死者って、誰が見ても五感の機能で反応していないってわかるもんじゃないの?」
そう答えた。サムでさえ驚愕して、
「蔵人、いつからそれに気づいていたの?」
友の問いに、解せないといった面持ちで蔵人は答えた。
「いや、平明王陛下が無数の死者に襲われた時、援軍として駆けつけた俺らをすぐに襲うのではなく、俺が平明王の傍に近づいた途端、襲ってきたからな。直感的に、こいつらは生者を亡き者にしようという動機だけで動いているってわかったよ」
蔵人以外の三名は、互いに顔を見合わせ、
「いやぁ、蔵人が味方で良かった」
「王の素質だけでなく、第六感も持っているな」
「大精霊も、サムではなく蔵人に接触してくるわけですわ。生者一般の魔力しか持たぬ身で、並の魔法使いより手強いわけですから」
仲間たちの言葉に納得はしかねたが、
「まあ、なんとでも言ってくれ。肉、温まってきたから一切れもらうぞ」
互いに親交を深めていく一行であった。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。
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