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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第六章 上に立つ者

 翌朝、蔵人は馬上の人となり、サムと並んで騎士団の先頭にいた。周率いる隊列は、周直属の騎馬兵を先頭に、続いて邑の歩兵、輜重隊、殿に蔵人ら騎士団が配置された。

 この配置一つ取っても、騎士団員と邑軍の間で揉め事になりかけた。

「そりゃあないだろ、結城。確かに指揮権はお前に託したが、奴らの言いなりになられちゃ困る」

 以上のような主張が、隊列の配置を伝えた後に、各員から次々と吹き出た。

 朝、寝床として提供された小屋の中で、壁を背に立つ蔵人――――

「何故我らが殿なのか?」

「あまりこう言いたくないが、結城の若さから舐められているのではないか?」

 蔵人に詰め寄る武者二〇余り。それに虚勢を張りつつ、蔵人は説得を試みた。

「従軍経験の長い諸君ならぱ、御存知のはず。殿は最も危険な配置だ。いつ死者が襲ってきてもおかしくない現状ならば尚更だ。その大任を、周司令官は我らに任されたのだ。

 まさか、背後からの危険に、臆病風に吹かれたのではあるまい?作戦会議では、我らに殿の大任を務めさせるのに、反対の声すら挙がったのだぞ?」

 騎士たちが互いに顔を見合わせ、ぶつぶつ小声で話し合うようになると、蔵人は畳み掛けた。

「我らは騎馬兵二〇余り、対して周司令官が率いる兵は八〇〇を超す。その殿に、我ら二〇騎余りを任されたのだ。これはむしろ、名誉な事ではないのか?

 それに、我らは武人。不平不満は戦場で見返して、晴らしてやろうではないか!

 曙王国万歳!」

 蔵人の呼びかけに、一人の騎士が小声で、

「曙王国、万歳……」

と言うと、次第に掛け声は広まり、

「曙王国万歳!」

「万歳!」

 皆が拳を振り上げ、万歳斉唱が巻き起こった。

 その光景を見て、蔵人は緊張が解けて大きく息を吐いた。身支度を始めた騎士一同を見回すと、さらにもう一度、大きな息を吐いた。ひとまずは団結して、行軍してくれそうである。

 いつの間にか、傍に来ていたサムが言う。

「お疲れ。今や曙・邑連合の騎士団長だね」

「本当に疲れたよ……」

 齢一七を控える若者が、倍の年齢の者もいる騎士団を率いるのだ。説得力ある言葉を伝えねば、到底従ってくれない。

 だが、蔵人はその任を果たしていた。ゆくゆくは、数千、数万の軍すら率いる事が可能だろうと、サムはおぼろげに想像していた。



「――皆、守り――固め、万全――――維持する――!

 進軍!――開け!」

 周は都市の守備兵に呼びかけつつ、近隣の都市を奪還すべく発進した。門の鉄扉が開かれると、周を先頭に邑騎兵が、それに続いて歩兵、輜重隊が、最後に蔵人が長となった騎士団が続く。全長数百歩となる、長い隊列だった。

 都市を出て、畑の続く道を通り、やがて左方に林が茂る地点まで来た。その時だった。

「敵襲!」

 邑の兵士の叫びが響いた。輜重隊目掛けて、死者が一〇余り林から飛び出してきた。

 報せが周に伝えるより、自分に伝わるのが早い。そう判断した蔵人は、味方二〇騎に声を張り上げ呼びかけた。

「死者とはいえ、頭を落とせば動きは止まる!我らの強さを示そうぞ!」

「おう!」

 蔵人の号令一下、騎士団は死者の群れへ突撃した。

 馬は進路上に、子兎一匹寝ているだけで走りを止める生き物である。そのため、馬を死者に体当たりさせる事はできない。死者の横を、騎馬兵の剣や槍が届く間合いで、通り過ぎねばならない。

 まずは先頭を駆ける蔵人が、死者の横すれすれを通り過ぎた。勿論の事、すれ違いざまに剣で死者の首を刎ねた。

 続く者たちも、器用に馬を御し、死者の首を刎ねていく。これくらいの事ができねば、騎士は務まらない。

 敵襲の報からあっという間に、蔵人たちによって死者の群れは一掃された。そしてしばし間を置き、周司令官が直属兵を率いて駆けつけてきた。

「報告!死者は?」

 周の大声に、輜重隊長が驚きを隠せず告げた。

「死者は、曙王国騎士――。被害――――ない」

 隊長の報告に、周は騎士団の面々を見回した。自信に満ちた目で騎上に佇む面々は、笑顔さえ見せていた。周は、

「蔵人、蔵人――?」

 蔵人を呼んだため、蔵人は馬を歩かせ、周司令官の前に出た。馬をただ走らせるよりも、歩かせるのが遥かに難しい。しかし蔵人は、どんな馬でも操れる器用さを持ち合わせていた。

 周の面前まで来て、蔵人は報告した。

「騎士団の被害、なし」

 周は騎士団の面々を改めて見回し、騎士団全員に訴えた。

「我が軍の背――、続けて守って――!」

 周の言葉の大意を呑み込んだ騎士たちは、

「おぉー!」

 喚声をもって応えた。

 蔵人は、誇らしい感情と共に、理性の面では周を敬服の眼差しで見ていた。言葉がかろうじて通じる相手たちを、ここまで鼓舞できるものなのかと。

 しかし本人に自覚がないだけで、蔵人も指揮官としての才能は充分発揮していた。数え年一七で、自分の歳の倍にもなる騎士団の面々を統率しているのだ。

 その事を正確に捉えているのは、サムだけだった。サムは死体を踏ませずに馬を御する自信がないため、遠くの馬上から一部始終を観察していた。



 三日が経った。

 野営を、寝食を共にしていくうちに、少しずつ曙王国兵と邑兵の心理的距離も縮まった。互いに、言語習得や身振り手振りで、意思疎通も図れるようになった。

 蔵人とサムは本営にも出入りが許され、作戦会議にも参加した。

 三日目の晩、野営地の本営にて、周が言った。

「明日はいよいよ、――都市――着く。しかし、これだけの軍――――かつて敵――――。そこで結城蔵人は、騎士団を率いて先発。我らの到着――緊張を解いて――――」

 蔵人に大任が託された。先に騎士団を率いて都市に向かい、旧曙王国民を説得しろという。

「できるな、結城?」

 周の鋭い視線が、蔵人に向けられた。蔵人は緊張の余り、返事が遅れた。すると作戦会議の参加者たちから、

「――無理――」

「――――無謀――」

 明らかな反対意見が続出した。しかし周はそうした声にも動じず、じっと蔵人を見ているままだった。

 反対の声がひとしきり出終わると、蔵人は邑の言葉で、

「承知」

と答えた。しかし命令に、期待に応えられるか、それはわからない。

 反対意見を言う者が続出する中で、作戦会議は周の権限で散会した。蔵人は緊張が解けないまま、本営の天幕を後にした。

「大丈夫、蔵人?」

 横を歩くサムが、心配そうに蔵人を見上げた。蔵人は動きも固く、

「なんとか、ね。俺に説得役か……参るな。正直、心臓が無理だと言っているみたいだ」

 胸を押さえながら大きく息を吐いた。夜、安眠できるかもわからないくらい緊張していた。

 しかし結果から言えば、蔵人は自分の天幕で安眠できた。そして緊張の朝を迎えたのだった。



 蔵人が緊張して本営から出ていくと、不平を言いながら周の部下たちも各々の天幕に戻った。

 周の他に、高官で唯一残ったのは、副長であった。副長は周に尋ねた。

「よろしいのですか?あの若者に、我が軍の命運を託すような事をして?」

 周は背後に立つ副長に、背を向けたまま逆に問いかけた。

「お前にもわからなかったか?あの結城蔵人の可能性は?」

 副長は眉をひそめ、

「将来有望な若者ではあります。しかし、数百の人口を有する都市の説得となると、博打にしかならないような……」

 言葉尻を濁した副長に、周は振り返って言った。

「本当にわからなかったのか?あの若者の中には、大勢の平明王がいる事が」

 平明王の名は、邑諸都市にも知れ渡っている。祖父の失政で始まった戦争を優勢に進め、国内においては国を富ませ、善政を敷く理想的君主、それが平明王だと。

 そんな平明王が大勢いるとはどういう事か、副長は理解が追いつかなかった。

「一体、どういう事ですか?」

 周は困惑する副長に言った。

「言葉通りだ。あの結城蔵人は、ただの剣術の達人ではない。もしも充分な軍さえあれば、この曙小大陸を統一し、死ぬまで善政を敷く事のできる傑物だ。はっきり言って、成長すれば俺も平明王も、初代曙統一王朝国王、開明王すら及ばぬ、偉大なる英雄だ」

 副長は開いた口が塞がらない様子で、

「そんな、まさか……」

と、わずかな言葉を出すのがやっとだった。そんな副長の肩に、周は手を置き、

「いずれわかる。先日、わざと馴れ馴れしくしてみたが、こんな中年の敵国の人間に絡まれても、奴は戸惑いこそすれ、嫌がりはしなかった。その様子に感化された曙王国兵が、おれたちの兵と酒を酌み交わしたんだ。齢一七の身で、あいつは二〇余りの騎士を完全に配下にしている。

 きっと、あいつが大成する機会に恵まれれば、おれたちはこの大陸から厄介払い、ないしは臣従する事になる」

 それだけ喋ると、周は天幕の奥に引っ込んだ。副長はしばし呆然とした後、自分の天幕にそそくさと戻った。



 翌早朝、蔵人たちは邑の兵士が朝食の後片付けをしている最中、完全装備で騎乗していた。蔵人とサムの二人は、本営の天幕まで馬で進み、周司令官に出立の旨を伝えた。

 馬のいななきを聞いて、天幕から周が出てきた。蔵人とサムは下馬しようとしたが、

「構わん、そのまま――」

 周の制止で騎乗したまま告げた。

「我ら、先発、都市を、説得する」

 たどたどしく告げた蔵人に対し、サムは、

「都市を――民を説得し、――味方に――――善処――」

 滑らかな邑の言語で挨拶した。周は短く、

「うむ、頼むぞ」

とだけ言葉を発した。それを聞いた蔵人とサムは、騎士たちの元に戻った。蔵人は、既に皆馬上の人となっている皆に猛々しく告げた。

「我らはこれより、先発し、都市の民と兵士を説得する。難しい任務だが、曙王国と邑諸都市連合という対立が、無意味である事は周知の事実。皆の力を借りて、この任、やり遂げたい」

「おぉー!」

 陣営内に喚声が響いた。蔵人たち二〇余りの騎士たちは、陣営の出口から、馬に鞭入れ駆け出していった。

 一刻から二刻ほど、蔵人たちは馬を走らせた。杖を背に負うサムは、全速で走る馬を御すのが大変そうである。それでも、隊列に遅れる事なく、蔵人の横につけていた。

 街道の彼方に、都市が見えてきた。城壁と、閉ざされた門は遠方からでも視認できた。周囲は山がちな地形である。耕作も為されているが、牧畜が主の土地だった。

 城門の目前まで来て、蔵人たちは馬を止めさせた。馬の鳴き声を聞きつけ、城壁上から、曙王国兵が顔を見せた。

「貴様たち、どこに所属している者たちだ?」

 兵の問いかけに、蔵人は雄々しく答えた。

「我は結城蔵人。王都にて仕えていた、王国一の剣士なり。王都は落城し、騎士団副団長指揮下の軍も痛手を負い、残余の兵を率いてここまで参った次第である。

 尚、途上で邑諸都市連合の軍と同盟し、行動を共にしている。あと三刻もすれば彼ら八〇〇の軍も姿を現すだろう。

 貴君らも承知と思うが、死者が蘇り、この大陸全土が混乱の極みに達している。邑諸都市連合も、五都市を落とされている。曙王国も王都落城で国王は死者の群れに自ら切り込み、見事な最期を遂げられた。どうか、曙王国だから、邑の諸都市だからというわだかまりを捨て、共に死者を倒すべく行動してもらえぬか?」

 蔵人の演説に、城壁上の兵士は、

「ち、ちょっと待ってろ!軍団長!軍団長はおられるか?」

 兵士は奥へ引っ込み、蔵人たちは柔らかな日光の下、待たされる事となった。

 やがて、軍団長が城壁に顔を見せた。

 曙王国軍は、歩兵から成る軍団と、騎兵からなる騎士団とで、指揮系統が異なる。この都市には歩兵一個軍団が駐留し、警備・防衛を担っていた。

 軍団長は城壁の上から声を響かせた。

「協力はできぬ!この都市の前を、何事もなく通るのは見逃そう!しかし、いかに王都落城が事実であろうと、長年の宿敵、邑との同盟はならぬ!」

 蔵人は唸り、軍団長を見上げて黙った。反論に窮したのである。しかし、サムが助け舟を出した。サムは蔵人の隣に馬を進め、耳打ちする形で助言した。

 蔵人は頷き、軍団長への反論を試みた。

「貴君らが籠城し、死者の乱への不介入を掲げるなら、それもよかろう。だが!その後はどうなる?もし生者が絶滅すれば、この大陸の中で、貴君らは陸の孤島に住む事になる。他方、もし死者が一掃されたら?その時は曙王国も邑の諸都市も再建されるだろうが、貴君らはどちらも助けなかったとして、双方から恨みを買う!

 改めて、貴君らに問う!汝らは、我らに協力するか、傍観するか?」

 答えに窮したのは、今度は軍団長だった。蔵人の演説に圧され、一歩後ずさるのが蔵人たちにもわかった。

「軍団長!」

「どうなさいます?」

 城壁上の兵士が、軍団長に詰め寄った。歯ぎしりしつつ、軍団長は迷った。しかし最後には、

「わかった!協力しよう!」

 その声が辺りに響いた。この演説には、蔵人が率いてきた騎士たちが感動していた。蔵人は、今や説得力という新たな武器を獲得しつつあった。



 三刻して、周率いる軍も到着した。周と軍団長が城門前で話し合い、次の事が決まった。話し合いには、蔵人とサム、数人の曙王国兵、邑兵も立ち会った。

 都市は狭いため、都市内に軍を入れる事はできない。代わりに兵糧と、都市に駐留する軍団の半数の兵を提供する事となった。そして、元曙王国軍の兵を率いるのは、蔵人に決まった。

「私が、曙兵の指揮を?」

 話し合いの中、蔵人は憮然として、開いた口が塞がらなかった。今まで率いた騎士は二〇騎余り。しかし一個軍団の半数となれば、統率する兵は一〇〇を超える。文字通り、桁が違う。

 当初、蔵人は固辞した。

「私のような若輩者に、軍団の半数の兵の統率など……」

 蔵人の言葉に、周は言った。

「お前には、――器がある」

 白髪混じりの軍団長も納得している様子だった。

「先の弁論、見事であった。お主以外に、騎士も歩兵も統率する事は困難であろう」

 一二〇名の兵ともなれば、周が率いる軍の一割にもなる。それだけ多数の兵を統率する自信はなかった。

 しかし、サムが小声で耳打ちし、蔵人の態度は変わった。

「もしかして、自信なくて、怖がっているの?」

 サムに焚き付けられ、蔵人は渋々ながらも、剣を掲げて宣言した。

「我、結城蔵人は、この剣に懸けて、一二〇名の兵を率いる事を誓う」

 そう宣言した後に、軍団長の背後に控える兵たちに呼びかけた。

「曙王国の兵士たちよ、我はそなたらの半分ほどの歳でしかない。不満はあろう。不平はあろう。しかし我は次の事は疑いないと考えている。たとえ我が率いようと、そなたらは戦場で一騎当千の働きを成す事を!死者が相手であろうと、他のどんな兵士よりも、勇敢に戦うであろうと。そなたらは、我が指揮を受け入れるか?」

 蔵人の演説に、

「おぉー!」

 一〇〇名の歩兵からは喚声が返ってきた。

 皆の注意が蔵人と曙兵に向いている最中、サムは周のごく小さな呟きを聞き取った。

「こいつは、まさに天才だ。この先、英雄になる」

 サムは一瞬だけ周を見て、すぐに蔵人に向き直った。天才、英雄――――それはごく一握りの者にのみ付けられる呼称である。

 だがそうした呼称さえ、蔵人には不足なのではないかと、サムは考えた。大英雄、軍神、勇者――――そんな単語が、サムの脳裏に浮かんでは消えていった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後まで御読みくださりありがとうございます。

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