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剣の勇者  作者: 坂木陽介
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第五九章 王位の陰謀

か 宿に戻り、各々はそれぞれの時間を過ごした。ちなみに遜はいない。既に夜の街に繰り出した後だった。

 蔵人は上半身裸で、剣を構えながら目を閉じてじっとしている。

 ただ、服を脱いだ当初はエイシャが赤面して驚いた。

「きゃあ!クロード、いきなり服を脱いで、どうするつもりですの?」

 蔵人はきょとんとして、

「いや、あの……剣を構えて、半分瞑想の形で精神を鍛えるんだけど……上半身は汗だくになるから、服を脱いだんだ――――って、そうか。女性の前で何も言わず服を脱ぐのは、問題あったか」

 申し訳なさそうな顔をした蔵人が、冷静になって謝罪の言葉を述べるより、エイシャの抗議の声が畳み掛けるのが早かった。

「全くですわ!破廉恥というものです!普段女性への気遣いを忘れない蔵人に、変な趣味でもあったのかと誤解しました!

 露出狂ではないようですけど、今後は目の前で何も言わずに服を脱ぎ出すなんて真似、しないでください。沐浴の時は許しますけど、服を着替えたり、服を脱ぐ時は、一言欲しいですわ」

 まくし立てられ、面食らった蔵人だが、素直に謝った。

「ごめん、エイシャ。そうだね、服を脱ぐと想定しない場面で脱ぐ時は、一言聞いてから話すよ」

 頭を下げて謝罪した蔵人に、エイシャは立ったまま目を逸らして応えた。

「わ、わかってくだされば構いません。あの粗野なスンと比べて、遥かに紳士的ですし……

 まあでも、蔵人の身体、引き締まって美的感覚を覚えるほどですわ。流石、我らが勇者様です。それくらいでないと、私たちを統率するには値しませんわ」

 蔵人に顔を向け直したエイシャは、蔵人の上半身の体つきを称賛した。蔵人は己の腹や腕周りの筋肉を見て、不思議そうに尋ね返した。

「そうかな?エイシャの体は直に見れないけど、神聖魔法の加護があるとはいえ、俺と正面切って渡り合えるんだから、誇っていいと思うけどな。引き締まった綺麗な身体の女神として、絵や彫刻に残してもいいくらいだと思うよ」

 エイシャは再び赤面して、蔵人に背を向けて言った。

「女神は、イアグ神様以外にはいらっしゃいません!その、一僧侶を女神だなんて……

 私は壁を向いて瞑想しています。クロードとサムは、お好きになさっていてください」

 エイシャは、自身が女神に喩えられた事に、内心穏やかならざるものがあった。しかしおくびにも出さず、やや荒い深呼吸をしながらベッド上に座り、瞑想を始めた。

 蔵人は、四人部屋に唯一設置されている小机に向かう友に、エイシャの態度について尋ねた。

「俺、変な事言った?僧侶を褒めるのに、女神なんて言っちゃまずかったかな?」

 サムは、蔵人の言葉を否定した。

「いや、女性にとって、女神だなんて言われるのは、最上級の褒め言葉だと思うよ」

 サムは内心の分析全てを言葉にはしなかった。蔵人はサムの言う事を受け止め、剣の修行に入った。



 サムは半刻ほど、二冊の書籍に目を通していたが、

「なるほど、そういう事か」

と、声を上げた。無意識に上がった声に、己の世界に没入していた蔵人とエイシャは目を開き、サムに同時に尋ねた。

「何か――――」

 言葉が完全に重なり、蔵人もエイシャも言い淀んだ。散々譲り合いを繰り返した後、蔵人がサムに尋ねた。

「何かわかったのか?」

 蔵人の問いかけに、サムは顔を上げて言った。

「うん、この国の現状、政治情勢は、おおむね推測できた」

 エイシャは自慢の金髪を留め、ベッドから立ち上がって近づいてきた。

 蔵人はエイシャを見て、

「かわいい髪留めだね」

 そう感想を漏らした。エイシャは再び顔を真っ赤にし、

「もう!クロードのバカ!」

 そう叫びながら裏拳で、上半身が裸の蔵人の胸を叩いた。神聖魔法の加護こそなかったが、エイシャの拳は蔵人の鳩尾に会心の一撃を放った。微かに飛び上がりながら、蔵人はベッド上に倒れた。

「……はっ……かはっ……」

 蔵人は呼吸が一時的に妨げられ、ベッド上で仰向けのまま、息をしようと徒労を重ねた。

「エイシャ、治癒魔法」

 サムの指摘に、エイシャは我に返って蔵人の鳩尾に手をかざした。一瞬だけ僅かな発光があったかと思うと、蔵人の息苦しさは消えていた。

「あ、ありがとう、エイシャ。あ〜、効いた。目茶苦茶な打撃力だな」

 半袖の短衣から、細く白いエイシャの腕がのぞいている。皮膚の下には、一片の脂肪すらないだろうと、蔵人は推察していた。

 蔵人がエイシャの技量に関心していると、サムが冷静に言った。

「いやぁ、エイシャの技量が凄いのは確かだけど、エイシャが殴ってエイシャが治療したんだから、差し引きで元の状態に戻っただけだよね?」

「――――確かに」

 蔵人はベッドから起き上がりながら、友の言葉に納得した。

 エイシャは気まずさから、必死に言葉を探したが、結局は素直に謝る他なかった。

「そ、その……ごめんなさい、蔵人。余計な事をして、あなたを害してしまいました」

 金髪が揺れ、エイシャは頭を下げた。

 蔵人は、特に根に持っていなかったが、一つだけ気にかかった。

「いや、まあ、無事に済んだから、俺から言う事はないよ。ただ、何が気に障ったのかだけ教えてくれると、今後同じ事は言わないようにするから、教えてほしいな」

 エイシャはまたも赤面して、蔵人から目を逸らした。そして、小声で言った。

「そ、その……髪留めを褒められたり、綺麗だなんて言われたり……まるで、口説かれ――――」

 最後の言葉が細々としていて、蔵人の耳に入らなかった。

「エイシャ?」

 改めて聞こうとした友を、サムは止めた。

「まあ、女性には女性の悩みがあるさ。それより、二人とも、わかった事を話すよ」

 蔵人が椅子に座るサムの右に立つと、エイシャは左に立った。サムの話はこの国の先王の時代についてから始まった。



「事の起こりは、先王の代から始まる。名君と名高い国王だったけど、世継ぎに恵まれなかった。王が若い頃は問題なかったけど、老齢になってきてから、宮廷内で陰謀が渦巻くようになった。

 流石に王名表と年表からだけでは、どんな陰謀が起きたかはわからない。ただ、王の息女が立て続けに亡くなっているから、陰謀があった、あるいは少なくとも、その事実を理由に宮廷内で政治的な駆け引きが起きてきたのは確かだ。実際、大臣の任命と罷免、正室と側室の対立や私兵の動員が記録されているからね。

 また、一度だけ王に嫡男が生まれていたのも問題だったみたいだ。それも、正室ではなく、側室からね。幼少期に亡くなっているのを蒸し返したらしい行動も起こっている。

 そして、王が亡くなってからは、宮廷内の陰謀は最高潮に達する。一応、この王名表と年表を作り、先王の息子を擁立した派閥が、王国を牛耳る事には成功したけど、不安定なのは変わらずだ。今は少年の母親が摂政として君臨しているよ。

 ほら、この年表。幼年の少年が即位して、王朝が続いているとなっているけど、その後は王位を僭称する派閥との戦争が何度も起こっている。今年に入ってからも一戦したみたいだ。

 事実上、この国は分裂していると言っていい。王都からボスラ一帯を押さえる派閥、北の川沿いを押さえる派閥、東の山脈付近に潜む派閥の三つがある。

 戦闘が決定的な結果にならないから、皆我慢比べしている状況だね。」

 サムの説明に、エイシャは驚嘆の眼差しを向けた。

「よく年表だけで、対外的事情までわかりますわね?今の政権が仮のものなら、尚更、戦闘結果は嘘を並べていそうですのに」

 サムは肩をすくめて答えた。

「だって、どこどこの戦いで勝利、なんて書いてあっても、翌年には同じような場所で、同じような戦いが起こっているんだもの。これじゃそのうち、ラジャム王国は分裂したままそれぞれが国王を立てる事になるよ。王国滅亡、いや分裂の過渡期に、僕らは来ちゃったみたいだね」

 黙っていた蔵人は、別の角度からの質問を友に向けた。

「サム、魔王がこんな騒乱を黙って見ているとは考えにくい。魔力の力線の様子を探っておくべきだろう」

「もうやったよ。そして、北の川沿い、ナドリメアとの国境に居座る連中に、死の魔力が伝っている」

 蔵人は天を仰ぎ、そしてため息をついた。

「このままだと、王国の厄介事に首を突っ込まない限り、ナドリメアには行けないな」

 エイシャはにべもなく言った。

「いっそ、神聖魔法で姿をくらまして、馬で駆け抜けてはどうですの?」

 一理ある提案だった。しかし、蔵人とサムは別々に反対意見を述べた。

「俺の死者掃滅の旅の目的から、外れるのがな」

「死の魔法使いがいるなら、倒せば魔王の力を少しでも削ぐ事になるんだけど」

 三名は悩み、悩み抜いたが、最善手が見つからなかった。



 結局、遜を除く三名は、明確な方針を打ち出せずに眠りに就いた。もどかしさから、蔵人は何度も寝返りを打っていたが、やがては夢中の深淵へと落ちていった。

 夢中で、蔵人に呼びかける声があった。

「勇者――――結城――――」

 蔵人は暗闇の中で返事をした。

「誰だ?誰が俺を呼ぶ?」

 声の主が答える。

「我は――――大精霊」

 大精霊?と、思わず疑念を抱いたが、口調を変えてさらに問いかけた。

「大精霊よ、あなたは何を司る存在ですか?四大大陸それぞれに、四大精霊が存在する事は、友から伺ってます。あなたが本当に大精霊なら、何を司っているのか、仰っていただきたい」

 自分の夢に大精霊が現れるなど、想像の外だった。しかし、本当に大精霊であったなら、この機会を無駄にはできない。蔵人は慎重に、相手を見極めるべく、質問をした。

「この土地も、かつての四大魔法使いが治めた大陸の一つでしょう?ならば、あなたもかつては人間だったはず」

 大精霊は言った。

「用心深いのは良い―――。しかし、我を死の魔法使いと疑われるのは――――。我はオレン。かつてこの大陸を治めし大精霊なり」

 蔵人は、相手の言葉を吟味し、徐々に警戒を解きつつあった。しかし、ある一点だけ、解せないものがあった。

「確かに魔王ではなく、大精霊なのでしょう。しかし、ある一点だけ、魔王でなければ使わぬ言葉があった」

「ほう、何かな?」

 大精霊は逆に問いかけてきた。蔵人は直に疑問をぶつけた。

「我を勇者と呼ぶのは、魔王を除けば、人間か、大地の大精霊エーグのみ。なのに、あなたは我を勇者と呼んだ。それが解せない!」

 しばらく応答が途絶えた。蔵人は警戒を強めて沈黙していたが、次に聞こえてきたのは、魔王とは似ても似つかぬ笑い声だった。

「よくぞ、よくぞその点を見逃さなかった。ガハハハ、自身勇敢にして、他者をも勇気づける存在、故に勇者との評判は間違いない上に、交渉術も身に着けたらしいな」

 この豪放磊落な物言いは魔王ではない。蔵人には直観するものがあった。蔵人の超人的嗅覚、第六感のようなものが告げていた。

 声は改めて名乗った。

「よくぞあれだけの問答で見透かしたものだ。これは勇者に、弁舌、交渉術の素質も加えて見なければならないな」

 魔王ではないとの確信を、蔵人は持った。魔王なら、ここからこちらの弱みを探り、つけ入り、手下に変えてしまうだろう。用心深い態度を称賛し、一笑するのは魔王の行為ではない。

 大精霊は改めて名乗った。

「我は大精霊オレンなり。そなたらが今いるオレニア大陸に根を張る、大精霊なり。いずれ我の所に来てもらいたく、こうして勇者殿にお願いに参った次第だ」

 その後、蔵人は夢の中で、水の大精霊と共感し合い、言葉を託された。



 翌朝、一番に目を覚ましたのは蔵人だった。と言っても、格別早く起床したわけではない。寝台の上で、上体だけ起こして寝ぼけ眼でじっとしていると、修道院暮らしで朝の早いエイシャが起きた。

「んーっ、あら?蔵人、早いんですわね」

 エイシャがそう声をかけると、蔵人はふらふらしながら寝台から降り、エイシャが寝ている寝台に近づいてきた。エイシャは上半身を起こしていただけだが、偉丈夫の蔵人が虚ろな目で近づいてきて、

「な、なんですの、蔵人?」

 そう言って、軽く恐怖した。蔵人はエイシャの寝台傍にしばし佇み、その後エイシャに倒れ込むように寄りかかった。

 蔵人の上半身を受け止めると、その重さと、疲労感を帯びた調子に、エイシャは二重に驚いた。

「な、なんですの?く、蔵人?しっかりしてください!」

 重いには重いが、外を出歩く時は全身に鎖帷子を身に着けているエイシャである。決して支えられない重さではなかった。

 驚いたのは、神聖魔法による詳細な分析をせずとも、蔵人の気配が希薄になるほど困憊が感じられた事である。

 蔵人は、それでも、女性への気遣いを忘れなかった。

「ごめん……いきなり。ちょっと……疲れた。この……状態も……嫌だよな?」

 蔵人の謝罪をエイシャは受け入れなかった。

「何を言うんですか!私たちは仲間です。仲間が深刻な疲労に襲われたなら、それを癒すのが僧侶の私の責務ですわ!」

 エイシャは自身に倒れかかる蔵人を、どうにか自分の寝台に横たわらせた。そして一方の手で聖典を開き、他方の手で仰向けの蔵人の胸に手を当て、頌歌を唱えた。

「偉大なるもの。我らが測れぬほど大きなもの。その名はイアグ神。時に怒りとなって大地を裂き、山から火を吹かせる。時に恵みとなって、水を湧かせ、木々を立たせ、作物を実らせる。

 あなた様がお力を、我を通して与え給え。あなた様がお恵みを、我を通して与え給え。万物に慈愛を注ぐイアグ神の、卑しき信徒一人が願い給う。

 イアグ神よ、この者に幸いを」

 蔵人に当てられた手が微かに光り、蔵人の全身を包むように広がった。その過程で、荒い息づかいで困憊していた蔵人は、落ち着いて呼吸ができるようになった。

 蔵人は力いっぱい腕を動かしたつもりだったが、エイシャの前に手を差し出すのが精一杯だった。そして目を見開き、礼を述べようとした。

「あ、ありがとう……エイシャ……」

 エイシャは蔵人の手を己の両手で包み、言った。

「今は休んでください。手を握っていますわ。少しは安心できるでしょう?」

 蔵人は力なく笑い、目を閉じて再び眠りの世界に落ちていった。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは関係ありません。


最後までお読みくださりありがとうございます。

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